やられたら、やり返す
さて、ローレンツ・モルデランはちょっとした事で激情してしまう小物キャラだったが、その配下のユリウスグループはある意味優秀だった。故に翌日からじわーっと陰湿な攻撃が始まったのだ。まずは定番の持ち物の紛失である。うわ~っ、高校生のくせしてやる事が中学生と変わんねぇ~。もしかして、この学校に下足の履き替えなんかがあったら画鋲が仕込まれたんだろうか?自前の机があったら『死ねっ!』とか書かれたのかな。はははっ、この学校が単位制で良かったよ。
さて、持ち物と言ってもこの学校は受ける授業によってあちこちに移動するので私物なんかは大抵持ち歩く。故に狙われたのは薬草学で僕が育てる事になった苗木だった。ついでに備品のスコップとかも消えていた。うわっ、本当にしょぼいな。さっきはユリウスグループを中学生レベルと言ったが、実は小学生レベルなのかも知れない。
「あらら、早速洗礼を受けちゃったのね。」
他の生徒の薬草の鉢が置いてある場所でどうしたものかと思案していた僕に、クラス委員長であるローリー・ベルリネッタが声を掛けて来た。
「えーと、苗木ってまだ残っていましたよね?でもスコップは紛失届けとか出さなきゃ駄目なのかな?」
「あーっ、だめ駄目。そんな真っ当な対応をしても相手を喜ばすだけだから。ここはショックを受けて落ち込んでいる演技をしなきゃ駄目よ。」
「演技?」
「そう、演技。ここでこんなイジメには屈しないぞなんて態度を見せたらますますエスカレートするだけだから。相手が尻尾を出すまでは泳がせておくの。後、スコップの件はロッテンワイヤー先生に報告してね。多分すごく怒られるけど、それも先生の演技だから。」
「先生の?なんでまた。」
「鼠を捕まえる為よ。あなたが先生に怒られた事を知れば、相手は大喜びでまた動き出すでしょう?そこを網を張った先生が一網打尽にするの。まぁ、掴まるのはユリウスグループの使いっ走りでしょうけどね。」
「へぇ~、ロッテンワイヤー先生はジャックグループ側なんだ。」
「いいえ、先生は中立よ。ただ、いけない事はいけない事と叱ってくださるだけ。だからと言って何でもかんでも先生を頼っては駄目よ。自分で解決できる事は自分でやらないと本当に怒られるから覚悟してね。」
「はははっ、それはそれは。優しくも厳格な先生なんですね。」
「そうね、でもだからこそ信頼できる先生だわ。まぁ、その為か色々なところから煙たがられていらっしゃるけど。」
「う~んっ、信念を押し通すのって大変だからねぇ。」
「まぁね。でも先生はちゃんと折り合いもつけているらしいの。時には妥協も必要だという事を判っていらっしゃるわ。だから逆に廻りも先生に強く言えないのよね。」
「おおっ、我を通すだけでなくちゃんと引くところは引くんだ。言いように拠っては世渡り上手と揶揄されそうだ。」
「確かにそんな事を言う人もいるわ。でも、敢えて我が身を悪役に仕立てて事を丸く収めるのは並大抵の事ではないのよ。ああっ、私もあんな大人になりたいなぁ。」
「ふう~んっ、ローリーにそこまで思わせるとはすごい先生なんだね。」
「ふふふっ、まあね。でもそんな事を言っていられるのも今の内だけよ。ロッテンワイヤー先生は本当にすごいんだから、別の意味で。でもこれは後のお楽しみよ。さっ、授業が始まるわ。教室に行きましょう。」
そう言うとローリーはすたすたと歩きだした。僕も急いで後に続く。でもローリーが最後に言ったお楽しみってなんだ?もしかしてロッテンワイヤー先生ってぼんっきゅっぼんのナイスバディなの?あらら、それは確かに楽しみだ。
その後、ローリーの助言に従い僕はロッテンワイヤー先生にスコップの紛失を報告する。残念ながらロッテンワイヤー先生は、ぼんっきゅっぼんではなかった。ちょっとやせ気味の如何にも厳格そうな初老の女性だった。そんな先生に僕は犯人はユリウスグループと思わせる含みを持たせて報告した。
でも結果としてそれがまずかった。本当にこれでもかという程怒られたよ。しかも他の生徒たちの前でだ。事前にローリーから理由を聞いていなかったら僕は本当に悔しくて泣き出したかも知れない。それくらいロッテンワイヤー先生の叱咤は激烈だった。
「アルベール・ドレステン。あなたの報告には些か曖昧な点があります。その上で特定の者を推測だけで犯人と推し量るとはいただけません。よもやとは思いますが、自作自演ではないでしょうね?」
「そんな・・、そんな事をして僕になんの得があると言うんですか?」
「お黙りなさいっ!言い訳など聞きたくありません。そもそも、損得などと言う言葉が出てくること事態が汚らわしいっ!これだから孤児院出の子は信用ならないのです。自分の出目を利用し周りから哀れんで貰おうなど、クズのやることです!」
「先生、僕はそんな事は思ってもいません!ただ、本当の事をご報告しただけです!」
「アルベール・ドレステン。あなたの浅はかな思いなど手に取るように判るのです。罰として南の庭園の雑草を取る事を命じます。期間は3日間。3日間後にまだ取り残しがあった場合は更なる罰を命じます。判りましたね!」
「・・、はい。先生。」
ロッテンワイヤー先生は僕の反論などに耳も貸さずに今回の件が僕の自演だと決め付けて叱責する。あれぇ~?もしかして、先生って本当に僕が自分でわざとやったと思ってるのか?しかもなんか僕の出目まで出して僕を貶めようとしているし・・。
だけど僕はここで気持ちを切り替える。ローリーも言っていたしな。演技は観る者に演技と見破られたら意味がないのだ。だから、これくらい真剣にやらないと本当のクズたちを喜ばせられないんだ。あいつら本当に心を病んでいる。人間の皮を被った豚とはあいつらの為にある言葉なのかも知れない。いや、その例えは豚に対して失礼か?
さて、そんな先生の言葉にはちゃんと罠が仕掛けられていた。それは場所と期間だ。3日後に南の庭園に雑草が残っていた場合、僕は更なる罰を先生から受ける事になる。この事はユリウスグループにとってはまたとないチャンスとなるはずだ。なんせ、労せずして僕に更なる打撃を与えられるんだからね。だから、彼らは3日後の夜にどこからか雑草を持ってきて庭園に植えれば、難なく僕に嫌がらせが出来るのだ。そして内心わくわくしながら次の日を待つのだろう。
でもロッテンワイヤー先生としては、その時庭園を見張っていれば、向こうから今回の件の真犯人が来てくれるという寸法である。う~んっ、手馴れているなぁ。餌を撒いてハイエナたちを誘き寄せるのか・・。効率的だ、僕も見習おう。
でもこのやり方は僕にもかなりの痛手を要求した。え~んっ、先生の叱責はわざと煽っていると判っていてもかなり悔しいよ~っ!僕は無実なのにぃ~。悪いのはあいつらなのになんで僕がこんな目にあわなくちゃなんないのさぁ~。
うんっ、ふざけるのはこれくらいにしておこう。この程度の謂れのない屈辱など社会に出れば何処にでも転がっているからね。でも、やっぱりきついな。便所で泣いてもいいですか?
さて、憎まれ役を演じてくれたロッテンワイヤー先生には感謝しなくてはいけない。でも先生も徹底的にロクデナシ共を潰す気はなかったようだ。3日後の夜に庭園で捕まえた生徒たちに先生が掛けた容疑は便乗犯と言う名だった。つまり、今回先生が僕に課した罰に対して、先の盗難事件とは無関係な生徒がちょっとふざけてイタズラしようと思いたった上での行動という事で事態を収めたのだ。
おおっ、すごいぜロッテンワイヤー先生!さすがは大人の対応だ。これによりユリウスグループの僕に対する嫌がらせは暫く収まるだろうし、そもそもユリウスグループに盗難事件の嫌疑が及ばない。だけど疑惑は残るからユリウスグループとしても今後迂闊な行動は取れなくなるはずだ。まぁ、僕の孤児院出のレッテルは残るが、そこは自分でなんとかせいっと言う事なのだろう。どうせ今回の件がなくても、みんなの心の内にはその影は潜んでいるだろうからね。それが表面に出るか陰でひそひそされるかの違いでしかない。
つまり今回の件に関しては双方一両損の大岡裁きと言った結果で幕を閉じた。でも、大岡裁きってなんなんだろう?故事って時々判らんワードがあるよな。
そして、真犯人が捕まった次の日、ローリーが笑いながら僕に挨拶してきた。
「はぁ~い、孤児院出の可哀想詐欺さん。ご機嫌いかが?」
う~んっ、ふざけているだけなんだろうけどやっぱりカチンとくるな。言葉ってやつはやっぱり凶器だわ。軽々しく使っちゃ駄目なんだね。
「ローリー、君までそんな事を言うのかい?」
「あはははっ、気に触った?でも陰で囁かれるよりマシでしょう?私としても中立を保つ為にはこれくらい言わないと周りの目がウザイのよ。」
「はぁ~、なんとも嫌らしい排他感情だねぇ。」
「自分の身は自分で守る。でも大抵の人はそのチカラが小さいからグループを作るのよ。そしてそんなグループの団結を強めるのが、共通認識。簡単に言えば共通の敵ね。もしくは獲物と言い換えてもいいわ。」
「げぇ~、僕って生贄確定なの?」
「ジャックグループという大きな存在の中にあって、あなたって異質ですもの。みんなとしても弄りやすいんでしょう。精々みんなのガス抜きとして学校の安定に一役買いなさい。」
「ううっ、僕は勉強しに来ただけなのに・・。」
「周りとの軋轢は青春時代の醍醐味よ。大人になったら守るものが多過ぎて素直に感情を吐き出せなくなるわ。ちくちく痛いだろうけど我慢なさいな。」
「ううっ、ローリーの言葉がちくちく痛いよ・・。」
「あはははっ、ではそんな満身創痍なアルベール君にご褒美です。」
そう言ってローリーは数冊のノートを僕に手渡した。
「これは?」
「1学期に私が受けた授業のノートよ。これを読んで勉強しなさい。もたもたしていると本当に落ちこぼれちゃうわよ。」
「ううっ、嬉しいけどこんなにあるのかぁ。覚えきれるかなぁ。」
「成せばなるっ!やらなきゃ明るい明日はやってこないわ。あなたはここに勉強しに来たんでしょう?」
「はぁ~、がんばります・・。」
僕は今回の件が何とか収まった為、本来の目的を思い出す。そうだね、僕はここに勉強しに来たんだ。それを忘れちゃ駄目だよな。
だけど、ユリウスグループのイジメはその後もねちねちと続いた。僕はそれを毎回こつこつと跳ね返す。だけどそれがまずかったらしい。前回の事に懲りて僕が先生やジャックたちを頼らずに対処した為、ローレンツ・モルデランはグループ内で些か面子を潰したらしい。その為、とうとう奥の手を繰り出してきた。そう、なんとユリウス・ハーウェイの懐刀。メイファン・カルティアを僕にぶつけて来たのだ!
げーっ、もうこれってイジメとか言う範疇じゃなくない?なんで剣士が僕に突っかかってくるんだよっ!僕は魔法使いなんだぞ!なら魔法でかかって来いよっ!いや、できればそっとしておいて下さい。僕、メンタル弱いんで・・。




