飛行船で海までGo!
さて、お土産で子供たちの女王となったローザに対して、ロゼッタは別のアプローチで対抗した。そう、それは飛行船だ。
僕と孤児院の子供たちは今、ストローン家の自家用飛行船『スピリッツ・オブ・ワンダー号』の中にいる。目的地は海だ。因みに院長先生とシスター・モニカはお留守番だ。別に近所のおばちゃんに頼んでも良かったのだけど、どうやらふたりとも地面から足が離れるのは遠慮したかったらしい。まっ、これはしょうがないよな。僕だって昔のトラウマで今でも水の中には潜りたくないし。うんっ、人それぞれだ。
ウエストキャナルは内陸にある為、孤児院の子供たちはひとりとして海を見た事が無い。僕だってないよ。その話を聞いてローザが飛行船で海へ行く事を提案してくれたのだ。当然子供たちは大喜びである。海と飛行船、大抵の金持ちだってこんな組み合わせはまず味わえないだろう。さすがはローザ。旧シベリウス王家に繋がるやんごとなきお姫様だけの事はある。
そんなおのぼりさん然とした子供たちを乗せて飛行船は一路東へと向かっている。眼下には広大な緑地が広がっており、子供たちは初めてみる天空からの風景に声も無い。お互いぎゅっと手を握り締めて雄大な景色に見入っていた。
そんな子供たちを、今回は子供たち担当になった甲板員のベゼルがからかう。
「あーっ、窓のガラスには手を触れないように。滅多に割れる事は無いけど絶対はないから。特にこの前の風で目に見えないヒビが入っているかもしれないからな。もしも割れたらあっという間に吸い出されるからその時は諦めろ。」
ベゼルの脅しに子供たちは一斉に窓から離れた。
「ベゼル、みんなをからかうのは止めて頂戴。折角の空旅を台無しにしないで。」
ベゼルの脅しにロゼッタが注意をする。
「はははっ、ちょっと脅しがきつ過ぎましたか?でも危険なのは本当です。みんなも船の備品をいたずらしちゃ駄目だぞ。特にあの非常ハッチは触っちゃ駄目だ。」
そう言ってベゼルは赤く縁取られた扉を指す。そんなベゼルの言葉にハッチの近くにいた子はびっくりしてそこから離れた。
「うん、それでいい。でもちゃんと決まりを守れば怖い事なんかないんだ。ここは空の上。その事を常に忘れずにいればそれでいい。ほら、みてごらん。雲の中に入るよ。」
ベゼルの言葉にみんなは窓の外を見る。そこには大きな雲の底が迫っていた。どうやら飛行船はその雲を突っ切るつもりらしく、ぐんぐん高度を上げて進んでいる。
「わーっ、真っ白になっちゃった!」
「すげーっ!霧みたいだ。なんにも見えないよ。」
「あれぇ、なんだか暗くなってきたぞ!」
「あっ、窓に水滴が付いてきた!雨が降っているの?」
「だっ、大丈夫なの?濡れたら重くなって落ちない?」
子供たちは先ほどまでの躊躇いを忘れて目の前の気象現象に驚いている。そんな子供たちにベゼルが説明してくる。
「雲にも色々種類があるんだ。夏の雲では積乱雲が有名だけど、この雲は違うから安心していいよ。」
「積乱雲?」
「俺知ってる!もくもくしたやつだ!夕立を降らせるやつだ!」
「おっ、すごいな!勉強してるじゃないか。でも、すごいのはこれからだぜ。ほらっ、雲の上に出るぞっ!」
ベゼルが指差すと窓の外が明るくなり、周りの雲が渦を巻いて飛行船の後ろに消えていくのが見えた。そして突然飛行船は雲の上に出る。そして眼下には太陽の光に照らされた白い絨毯が広がった。
「うわーっ、きれい!」
「もこもこだぁ!」
「だろう?俺はあの雲の上を滑った事もあるんだぜ!」
「えーっ!」
子供たちはベゼルの言葉に驚く。そりゃそうだ、いくら雲が見た目は雪みたいとはいえ、子供たちだって雲が雪と違う事は知っている。でも一部の素直な子は疑問をそのままぶつけたよ。
「滑る?そりみたいに?」
「おうっ、雪みたいにさらさらじゃないけどな。」
「ずこーい!ねぇ雲ってやっぱり綿菓子みたいに甘いの?」
そんな事はありえないと思ってはいても、小さい子は確かめずにはいられない事なのだろう。だからベゼルのとんでもない発言に子供たちの空想は一気に爆発した。しかし、さすがはお子ちゃまたちだ。まずは喰いもんなんだな。
「いや、残念ながら味はなかったな。と言うか、寒くて凍えそうだったよ。」
「あーっ、やっぱり・・。」
ベゼルの現実的な説明に子供たちはがっかりしたようだ。ベゼルさん、あんまり子供たちの気持ちを上げ下げしないで下さい。拗ねた青少年になったら困るんですけど。
しかし、雲の上を滑るとは尋常じゃないな。なんでまたそんな事をしたんだ?もしかして罰ゲームだったのか?
そんな僕の疑問を感じとったのかロゼッタが事の次第を教えてくれる。
「雲って結構魔力を蓄積しているらしいのよ。その研究の為にベゼルたちは時々センサー代わりに雲に降りて行くの。彼が言っていたのは雲境の魔力反発を調べる研究の事ね。確かにあれって見た目は雲の上を滑っているように見えるわ。」
「へぇ~、それは初耳です。いや、授業で習ったかも。でもどうやるんです?」
「この飛行船は動力や浮力体に魔力を使っているから近付いて直接測ると誤差がでるらしいの。それでひとり乗りのゴンドラをロープで下げるんだけど、データ通信装置やケーブルも魔力の影響を受けるから誰かゴンドラに乗って装置を微調整する必要があるんですって。彼が言っているのはその事ね。」
「ほうっ、それはすごい。どのくらい下げるんです?」
「んーっ、千メートルくらい?」
げげっ!千メートル?そりゃ怖いわ。よくロープが持つな。僕は遠慮するよ。
僕は飛行船が到着した日にベゼルがするすると200メートルくらいの高度からロープを伝って降りてきたのを思い出す。成程、千メートル吊るされる事に比べたら200メートルなんかどうという事はないのか。いや、それって感覚が麻痺しているだけなんじゃないのか?
「でも聞いた話では、最初はベゼルったら泣き叫んで装置の調整どころじゃなかったらしいわ。ゴンドラって風が無くても結構揺れるらしいのよ。」
成程、やっぱり経験が人を育てるんだな。でも鈍感になり過ぎると危ないんじゃないかなぁ。
僕とロゼッタがそんなお喋りをしていると、ベゼルの子供たちへの講話が終わったらしい。何故か子供たちはベゼルの前で一列になって直立しているよ。
「よしっ、それでは空の上における注意事項は大体判ったな。これにより君たちはこの飛行船の準乗組員試験へ挑戦する資格を得た。故にこれから船内探検に出発する。知識は座学より実践だ。但し飛行船内部は危険がいっぱいだぞ!臆病者は飛行船の乗組員を名乗る事は出来ない。どのような困難が待ち受けていようとも前に進む勇気のある者だけが探検へ出る資格があるのだ。その気概があるものは一歩前へ出よ!」
おっと、ベゼルは子供たち相手に鬼軍曹ごっこを始めたよ。子供たちはベゼルの脅し文句に少し躊躇していたが、結局怖さより好奇心が勝ったようだ。ひとりが前に出ると全員がそれに続いた。
「よしっ、それでこそ勇者だ。だが君たちはまだ新米だ。探検中は俺の言う事は絶対守るように。判ったか!」
「はいっ!」
ひゅ~っ!子供たちもやる気満々だね。でもベゼルも子供たちをのせるのが上手いなぁ。
「それでは出発だ!気合をいれろっ!」
「おーっ!」
ベゼルの号令に子供たちは拳を振り上げる。そしてベゼルに続いて飛行船の気泡内へ入る階段を昇っていった。僕たちはそんな子供たちへ手を振って送り出す。
「気をつけるんですよ。隊長さんの言う事をちゃんと聞きゃなければいけませんからね。」
「は~い!」
シスター・ミッシェルとシスター・レベッカが念には念をと注意するが、まぁ子供たちには馬の耳に念仏だろう。一応元気に返事はしていたが、これから始まる冒険にわくわくが止まらないみたいだ。
そんな子供たちを送り出すとシスターたちも椅子に腰掛けフリータイムを満喫し始める。シスターたちも今日はいつもの制服ではなく私服である。しかも院長先生の目がないから、これでもかと言う程ラフな服装だ。まぁ、目的地が海だから制服よりはこっちの方が馴染むはずだけど、シスターたちってこんな服も持っていたんだな。一体いつ着ていたんだ?孤児院では見た事がないぞ?
「しばらくは子供たちも戻って来ないでしょうから、シスターたちもこちらでお菓子でもいかがですか?」
「ええ、頂きますわ。」
子供たちの監視から開放されたシスターたちをロゼッタがお茶に誘う。そして他の女の子たちも交えてさっそくお喋りタイムだ。でも何故かロベルトも参加しているよ?しかも違和感がないからすごいね。
「しかし、たった4人で孤児院を切り盛りするのは大変じゃありませんか?」
色々な話題の中、話の流れからロベルトがシスターたちに孤児院の状況を聞いている。
「いえ、みな良い子たちですからそれ程ではありません。年長の子たちは率先してお手伝いをしてくれますし、小さい子たちもそれを見習ってできる事は進んでやってくれますから。」
うんっ、シスター・ミッシェルの説明はちょっと誇張はあるけど嘘ではない。中には馴染めずに殻に籠もってしまうやつもいたけど、今いる子供たちは全員自分の置かれた状況を理解して精一杯生きている。
「それはやはり、シスターたちの人徳なんでしょうなぁ。」
「いえ、ひとえにシスター・ティアニアのご人徳です。孤児院の運営資金など、全てシスター・ティアニアの実績があればこそですから。」
「ほうっ、それはそれは。どこにでも隠れた偉人というものはいらっしゃるのですなぁ。」
「そうですね、でもシスター・ティアニアも若い頃は冒険者パーティに加わってブイブイ言わせていたらしいですわ。」
ロベルトの巧妙な誘導にシスターたちの口も軽くなっている。院長先生が昔冒険者パーティで武闘派魔法使いだったのは公然の秘密である。後で喋っちゃった事が院長先生の耳に入っても知らないぞ。
「はははっ、それは何だか怖くて詳しく聞くのを躊躇いますね。でもそんなシスターの下にいらっしゃるお二方もそれなりの武勇伝をお持ちなのでしょうなぁ。」
「いやですよ、ミスター・ニコラス。女性にそのような事は聞かないで下さい。」
ロベルトの誘導にシスター・ミッシェルは少し顔を赤らめて下を向いてしまった。まぁ確かにシスター・ミッシェルも院長先生に劣らず、すごい経歴の持ち主なんだけどね。でもおっかないから僕の口からは言えないな。
「ロベルトとお呼び下さい。何かしらかのシキタリがあるのでしたら我々だけの時だけでも。」
「そ、それはちょっと・・。でも慣れたらそう呼ばさせて頂きます。」
「お見受けしたところ、シスター・レベッカが一番お若いようですが、やはりシスターの経歴でも?」
ロベルトはシスター・ミッシェルは手強いと判断したのかターゲットをシスター・レベッカへ切り替える。
「えっ、ええ。私はあの孤児院にお世話になってまだ2年目です。お恥ずかしい話ですが行き倒れていたところをシスター・ティアニアに助けて頂きました。」
うんっ、これは本当。シスター・レベッカはウエストキャナルから結構離れたシブーヤと言う町から、仲間内の権力闘争に敗れて逃げて来たところを院長先生に拾われたのだ。因みに仲間内というのは愚連隊。有体に言うと町のチンピラ集団だ。その集団でシスター・レベッカはボスの女としてナンバー2として君臨していたらしいけど、ボスが失脚して仲間内から追われたそうだ。もっともその原因を作ったのはシスター・レベッカらしいんだけど。
その後、追いかけてきたチンピラ連中を院長先生の指示でシスター・ミッシェルが懲らしめて以来、シスター・レベッカは孤児院に居着いてしまった。僕がまだ中学2年だった頃の話である。
因みに孤児院に院長先生と残ったシスター・モニカには他の3人みたいな逸話はない。至って真っ当な人生を送ってきた普通の女性である。でも院長先生の下に身を寄せたのは、ちょっと悲しい出来事があったからなんだけど、それは話したくない。別に隠すような事ではないけど、人の過去など知らなくてもいい事は結構あるのだ。
さて、そんなお喋りをしていると飛行船がゆっくり進路を変えたのにロベルトが気付く。
「あれ、進路を変えましたね。何かあったのかな。」
「もしや、子供たちがな何かしたのかしら・・。」
ロベルトの言葉にシスターたちが敏感に反応する。
「船長に確認してみますわ。」
シスターたちの不安を払拭する為、ロゼッタが通話管で操縦室と連絡をとった。そして二言三言会話をする。
「大丈夫です、子供たちは今操縦室にいるそうですわ。試験と称して操船の実地訓練をしているところだそうです。少し揺れるかも知れませんが気にしないようにとの事でした。」
「まぁ、こんなに大きな船をあの子たちが?」
ロゼッタの言葉にシスター・ミッシェルが仰天している。僕もびっくりだよ。なんだ、船内探検ってそんな特典があったのか。なんか羨ましい・・。
「元々飛行船の舵は、そんなに敏感に反応するものではないですから心配しなくても大丈夫ですよ。小さい頃は私も操舵させて貰いました。あんまり反応が遅いのですぐ飽きましたけど。」
うんっ、これだけ図体がでかいとツバメのように飛べないのは素人の僕でも判る。でも子供たちは操船させて貰っているのか・・、くそっ、僕も付いて行くんだったな。帰りには船長に頼んで僕もぜひやらせて貰おう。
その後、飛行船は右や左に蛇行しながら進んだ。まぁ、動きがゆっくりなので窓から下の景色を見ていないと判らないくらいの変化ではあったが、多分操縦室では今、子供たちが真剣な眼差しで手に汗をかきながら操舵輪を握っているはずだ。これは子供たちには超が付くくらい飛びっきりな経験だろう。だって飛行船だぜ?僕だってやってみたいよっ!
その後、暫くすると子供たちが戻ってくる。みな、かなり興奮していた。口々に誰の操船が一番上手かったかと話し合っている。そんな子供たちを船内探検隊の隊長たるベゼルが嗜める。
「こら、まだ探検は終わっていないぞ!ちょっとくらい操船が上手くても最後をちゃんと締めくらないやつは飛行船の乗組員失格だ!気を引き締めろっ!」
「はいっ!」
おおっと、子供たちの返事もキリっとしてるよ。さすがは鬼軍曹。指導が上手いね。
「それでは以上を持って君たちは当飛行船の準乗組員に合格したものとする。おめでとう!」
「やったー!」
ベゼルの言葉に子供たちは大喜びである。でもそれって僕的にはちょっとまずいなぁ。年長である僕の威厳が薄れるじゃないか。もしも飛行船内で何かあった時、僕って子供たちの指示に従わなきゃならないのか?まずい、それは絶対まずいよ!ちょっとベゼル、僕にも補習して下さい。あっ、年長者特典として士官クラスでお願いします。でないと子供たちを『先任』と呼ばなきゃならなくなるからね。




