再会は飛行船に乗って
さて色々と孤児院の雑務に忙殺される日々を送っている僕ではあるが、とうとうこの日がやって来た。そう、今日はジャックたちがストローン家の自家用飛行船でウエストキャナルへやって来る日だ!
まぁ、予定ではそうなっているけど予定通りに着くとは限らない。なんせイーストリバーとは千キロも離れているからね。でもストローン家の自家用飛行船の操縦士たちは優秀だった。どんぴしゃ8月1日の正午にその巨体を孤児院の上に停船させたよ。
その巨体を目の当たりにして子供たちはおろかシスターたちまで口をあんぐりと開けて声も出ない。そらそうだよね、飛行船なんて滅多に見れないもん。子供たちの中には初めて見たやつも多いんじゃないかな。
各言う僕もこんなに間近で見たのは初めてだ。いや~、それにしてもでかいねぇ。全長は差し渡し200メートルはあるんじゃないのか?胴体部分の直径だって25メートルはあるだろう。いや、もうちょっとあるか?しかも双胴船だ。つまり25メートルの胴体がふたつくっ付いている大型船である。胴体があまりにもでかいから、その胴体の下にちょこんと付いているゴンドラ部分がやけに小さく見えるよ。
そんな飛行船だが、上空に留まったまま中々降りてこない。と思ったら先端部分からロープが投げ落ちてきた。しかもそれを伝って人が降りてくるよっ!えーっ、ちょっと!その高さって200メートルはあるよ?どんなアクロバットをするんだよっ!
だけど降りてくる人は慣れているのか忽ち地上まで降りてきた。僕は駆け寄って言葉を掛ける。
「ロゼッタの飛行船の方ですね。僕がアルベールです。何かお手伝いが必要な事はありますか?」
「あっ、どうも。俺・・じゃなかった。私は飛行船『スピリッツ・オブ・ワンダー号』甲板員のベゼルです。ちょっと風の吹く向きが安定しない為、船を係留したいんですけど、この樹にロープを固定してもいいですか?」
僕の問い掛けにベゼルと名乗った少年は逆に質問してきた。
「あっ、構わないはずです。この樹は牧場のものですけど文句は言われないはずです。」
僕の返事にベゼルは頷くと、手馴れた動作でロープを樹に固定した。そして上の飛行船に合図を送る。その合図に合わせ飛行船は静々と高度を下げてくる。そして10分程で地上10メートルくらいまで降りてくると、今度は飛行船の両脇からロープが降って来た。それをベゼルが素早く掴み、がんがん地面に固定してゆく。ベゼルが作業をしている間にも別の人がロープを伝って降りてきて他のロープを固定している。
その後、飛行船はゆっくり降下を始めゴンドラの下面が地面から1メートル程度の所でまたもや停止した。そしてゴンドラのハッチが開き、中からタラップが降ろされる。それをベゼルたちが下で受け取り忽ち設置していった。
うんっ、なんてゆうか見ていて気持ちが良いくらいテキパキした作業だ。相当訓練しているんだろうな。そして安全を確認するかのように上官ぽい服装の人が各部を点検しながら降りてきた。そして地上まで降りるとゴンドラの中に声を掛ける。
「各部オールクリア!下船できます!」
その声をハッチで聞いていた人が中に戻ると、今度はロゼッタが現れとんとんとんという感じでタラップを降りてくる。そして下で待っていた僕へ話し掛けてきた。
「お久しぶり、アルベール。みんなで遊びに来ました。」
「ようこそ、ロゼッタさん。随分すごいので来ましたね。みんな驚いていますよ。」
「丁度お父様の用事がキャンセルになったものだからお借りできたの。」
「そうなんですか。ところで他のみんなは?」
僕はゴンドラのハッチから降りてこようとしないジャックたちを見てロゼッタに質問する。
「ごめんなさい、下船に関してはちょっとした順番があるの。まずは主家である私が降りてお迎えと挨拶した後に他のお客様を降ろす事になっているのよ。」
「あっ、そうなんですか。えーと、膝をつかないとまずいですか?」
「あははははっ、そんな必要はないけど、そう言われると見てみたいわね。」
「それではロゼッタ・ストローン姫様のご来着を孤児院を代表して、不肖アルベール・ドレステン心から歓迎致します。」
僕は片膝をついて手を胸に当て、どこの礼法だよといった感じで頭を下げた。
「あら、お上手ね。では私も。お招き頂きありがとうございます、ミスター・アルベール。」
僕のなんちゃって礼節に対して、ロゼッタはスカートをちょっと摘んで腰をちょこんと下げた。そんな僕とロゼッタのお遊びを、ゴンドラ上で見ていたジャックが話し掛けてくる。
「あーっ、もう俺たちも降りて良いかな?」
「ええ、どうぞ。」
ロゼッタの許しが出た事でみんながタラップを降りてくる。一番最後に降りてきたのはどうやら船長らしい。
「お久しぶりです、みなさん。」
タラップを降り終え全員揃ったところで僕はみんなに声を掛ける。そんな僕にみんなが一斉に声を掛けてくれた。
「よっ、久しぶりだな。学校の件は全て手筈が整った。まっ、その件に関しては後で詳しく教えるよ。」
「はい、ジャックさん。ありがとうございます。」
「おう、元気だったか?」
「はい、ロベルトさん。見ての通りです。」
「ちゃんと解決したみたいね。ジャックから聞いたわ。」
「はい、レイチェルさん。王都でお世話になりました。」
「いや~、俺飛行船って初めて乗ったよ。慣れるまでは窓から下を覗けなかったぜ!」
「はははっ、レオンさんでも苦手なものがあるんですか。」
「アっ、アルベール!私にもあれをやりなさいっ!」
他の人たちと違ってひとり見当ハズレな事を言い出したのはローザだ。どうやらロゼッタへの僕の対応が気に入ったらしい。
「はいはい、ローザ・グリムスお嬢さまを当地にお迎えできました事、恐悦至極でございます。何も無いところですがお寛ぎくだされば幸いです。」
僕はローザの要望に応え、またまた形だけの礼節で頭を下げる。ロゼッタにした口上とは違うが、それでもローザは満足したらしい。でも残念ながらローザは僕の礼に対する返答を忘れていた。
「ローザ、返答を忘れていますよ。」
ロゼッタに注意されて漸くローザは自分の無作法に気付く。
「あっ!えーっと、うんっ、苦しゅうない。面をあげよ。」
「ローザ、それはちょっと違うんじゃないかなぁ。」
ローザの頓珍漢な返答にロベルトが突っ込みを入れてきた。
「えっ、そう?えーと・・、何て言えば言いの?ロゼッタ。」
「ありがとうでいいんですよ、要は気持ちが伝わればいいんですから。」
「あっ、そうなの?うんっ、どうもね、アルベール。」
「これはまたフランクな返答だな。」
「だってぇー、わーんっ!難しいわーっ!」
自分で言い出しておきながら難しいと匙を投げるローザにみんなが笑った。そして一通り笑い終わるとジャックが僕に話しかけてきた。
「まっ、こうゆうのは慣れだからな。そうゆう意味ではよく知っていたな、アルベール。」
「魔法中学校で習いましたから。共立の学校では工房だけでなく貴族のお抱え魔法使いに弟子入りする事もあるんで、さらっとではありますが作法の授業があるんです。」
「ほうっ、それは初耳だ。」
「王立学校では、この手の作法って各家の違いがありますから教えませんものね。」
ジャックの言葉にロゼッタが説明してくれる。
「むーっ、私の家ではそんな作法は習っていないわ!」
「それはローザのご両親が諦めているからじゃないの?」
「えーっ。」
「はははっ、まっ、礼節なんてやつは半分以上貴族が優劣を示したいが故に、まだるっこしくなっているだけだからな。ロゼッタが言ったみたいに気持ちが伝わればいいのさ。」
「ほうっ、さすがは旧ユーロピア王国から続く伯爵家の次男坊だな。日々のしきたりにうんざりしている感が良く判るよ。」
「くっ、そう言ってくれるのはジャックだけだぜ!」
ロベルトが目を手で覆い、嘘泣きのポーズでお茶らけるとまたみんなが笑った。そして最後にロゼッタから飛行船の船長を紹介される。
「こちらは当家の飛行船の船長です。船長この方がアルベールですわ。」
「ご紹介に預かりました私が当飛行船の船長を務めるミカエル・ツェッペリンです。千キロジャンバーにお会いできるとは光栄ですな。」
飛行船の船長はそう言って僕に握手を求めてきた。
「アルベール・ドレステンです。千キロは非公式ですけどね。」
「はははっ、そうでしたな。では、後でお時間が取れるようでしたら他のクルーにも紹介させて下さい。」
「あっ、はい。お願いします。」
船長はさらりと言ったがこれは多分保安上の対応だろう。船員全員に僕の顔を覚えさせる為の方便だ。
さて、船長を最後に一通り挨拶が終わると、僕はみんなをシスターたちへ紹介する為に話を切り替える。
「では、みなさん。次は孤児院のみんなを紹介させて下さい。」
そう言って僕は、孤児院の建物の前で待っているシスターたちの元へみんなを案内した。
「こちらが当アミダニアン孤児院の院長先生です。院長先生、この方たちが僕が王都でお世話になった方たちです。」
「初めまして、みなさんようこそいらっしゃいました。私が当アミダニアン孤児院の院長を務めているメリル・ティアニアです。そしてこちらがシスター・レベッカ・スカーレット。その隣がシスター・モニカ・プルアッシュとシスター・ミッシェル・デイトナです。」
院長先生の紹介に合わせシスターたちがみんなにお辞儀をした。
「お久しぶりです、シスター・ティアニア。物々しいもので乗り付けて申し訳ありません。」
みんなを代表してジャックが院長先生に挨拶する。そしてパーティのメンバーをひとりづつ紹介した。そして院長先生はひとりひとりにお礼を言う。特にレイチェルには丁寧にお礼を言ってくれた。
「王都ではアルベールが大変お世話になったそうですね。ありがとうございます。」
「いえ、たまたまです。私の家の家業がアルベールの仕事と合致していただけです。」
「そうですか、さっ、みなさん、立ち話もなんですので建物にお入り下さい。大したおもてなしは出来ませんが、子供たちがもいだ桃があります。」
「ほうっ、桃とな!うんっ、ウエストキャナルは果物の産地でしたな!これはご馳走にならねばならないな!」
院長先生の誘いにロベルトが嬉しそうに乗ってくる。
「ささっ、古い建物ですが子供たちのおかげで掃除は行き届いています。どうぞお入り下さい。」
院長先生に誘われて僕たちは建物の方へ歩きだした。その時、ロゼッタがちびっ子たちを見て船長に話しかける。
「ところで船長。子供たちに船内を見せてもいいかしら?」
ロゼッタの言葉にシスターたちの後ろに控えていた子供たちの目がらんらんと輝いた。しかし、船長の返事は芳しくない。
「申し訳ありませんが、今日は風の向きが安定していません。ですので乗船は後日としたいのですが。」
船長の言葉にちびっ子たちは一斉にがっかりする。
「あら、そう?それは残念ね。まぁ、半月はこちらにいるからお楽しみはまた今度としましょう。」
ロゼッタの言葉にちびっ子たちは希望が繋がったとまた笑顔になる。うんまぁ、現金と言えば現金だがそんなもんだろう。実は僕だって乗ってみたくてそわそわしてたりするしな。
「それでは私たちはウエストキャナルの係留場へ戻ります。何かある場合はそちらへご連絡下さい。」
船長はロゼッタに断って飛行船を移動させる為に戻るらしい。そう、僕らのウエストキャナルにも飛行船の専用係留場はあるのだ。ただ孤児院とは町を挟んで反対側にあるからちびっ子たちは、まずこんなに近くで飛行船を見る事がないのである。
「はい、判りました。夜はアントノフの屋敷にいますので、そちらも何かある場合はそちらへ連絡して下さい。」
「はい、かしこまりました。それでは失礼します。」
僕は船長を見送りながらロゼッタに聞く。
「アントノフさんってアントノフ商会のアントノフさんですか?」
「ええ、彼は旧シベリウス王国の貴族です。今は魔法具の取引などを手がけているからアルベールも名前くらいは知っているでしょう?」
うんっ、知っているも何も、ここウエストキャナルではガードナー魔法工房の支部よりも規模がでかい商社だよ。町の真ん中にでかい屋敷が建ってるよ。う~んっ、さすがは元お姫様だな。知り合いの質が桁違いだ。
しかし、孤児院のちびっ子たちにはそんな事など関係ない。ちびっ子たちの一番の人気者はローザだった。何故って?そりゃ、山ほどのお菓子を持ってきたからさ!さすがはローザ。お金の使いどころを心得ているよ。




