おおっ、素晴らしきかな夏休み!
さて、僕の王立魔法学校への編入を一番喜んでくれたのは当然院長先生である。でもお酒ででろんでろんになりながら報告したもんだから、孤児院の廊下に1時間ほど正座させられてしまった。何故か、ジャックとミハイルまで一緒だ。ジャックはともかくミハイルは大人なのに・・。でも何故か素直に座っているよ。まっ、酔っ払いだからね。自分の置かれている状況を理解していないんだろう。
その後、漸く院長先生からお許しが出て、僕らは井戸から冷たい水を汲み上げ一気にかぶって酔いを冷ました。正気に戻ったミハイルは居心地が悪そうだ。まっ、そらそうだ。子供の飲酒に関して取り締まる法律は無いけど、さすがにでろんでろんになる程飲ませるのは大人の常識としてバツが悪い。でも僕も一応社会人だからね。そこら辺は自己責任だよ。
その後は、シスターたちを交えて僕の今後を話し合った。僕は王立魔法学校の夏季休暇明けの9月に王立イーストリバー魔法学校高等部魔法学科へ特待生として編入する。住む所とかはジャックが手配してくれる事になった。ジャックの実家に居候という話も出たが、ジャックの実家は魔法学校からはちょっと遠い。実際、ジャック自身もいつもは学校の近くの下宿から通っているそうだ。なので僕もそれに倣う事になった。
学費や生活費は毎月魔法ギルドから支給される。学費は直接魔法ギルドから学校に支払われるのでそれに関して僕はノータッチだ。因みに値段を聞いたら月額銀貨2枚だって。う~んっ、高いのか安いのかいまいち判らんな。魔法中学は銅貨1枚だったからなぁ。でも教えて貰える事の水準を考えたら安いんだろうか?
生活費に関しては毎月銀貨4枚を支給というのが特待生制度上の規定らしい。すごいな特待生、僕の工房での給金より多いよ。もしかして王都って物価が高いの?
それとは別に僕のモルモット代として魔法学校から孤児院に毎月銀貨2枚が支払われるとシスターたちに伝える。実はこれは嘘だ。僕が孤児院への仕送りをどうしようか悩んでいたのでジャックがジャックの実家から出してくれるよう話をつけてくれたのだ。勿論タダではない。後でちゃんと返済する事になっている。でも、それを院長先生に伝えちゃうと、多分受け取ってくれないからこのような話をでっち上げたのだ。
院長先生はこの話の裏に感づいたみたいだけど何も言わなかった。そっと僕の頭を抱いてくださり、神のご加護があるようにと祈ってくれた。うん、院長先生。僕、がんばりますから。きっと立派な魔法使いになって見せます。
以上の事が、僕が王立イーストリバー魔法学校高等部魔法学科へ特待生として編入する際に掛かる費用の大まかな金額である。当然これはタダではない。卒業したら返済しなくてはならないのだ。3年間で学費として銀貨2枚x12ケ月x3年で銀貨72枚。生活費として銀貨2枚x12ケ月x3年で銀貨144枚。ジャックの実家への返済も銀貨2枚x12ケ月x3年で銀貨72枚。合計銀貨288枚だ。
魔法学校高等部を卒業して職に就く時の初任給を銀貨8枚としても36ケ月分である。う~んっ、結構な額だ。がんばって返済しなくては。あっ、夏季休暇と学年末休暇のある8月と3月に関しては学費は払わなくていいのか。おっと、そうなると銀貨12枚分は差し引かないとな。後、今年の4月から7月分の8枚も払う必要はないはずだ。それでも銀貨268枚か。どっちにしてもお金を返すのって大変だね。
さて、お金も大切だが勉強も大切だ。だって大金を払って勉強するんだからね。魔法学校高等部へは遊びに行く訳ではない。将来の明るい人生を掴む為に行くのだ。そんな魔法学校高等部魔法学科の修業期間は3年。僕はちょっとズルをして1年の前期は自主学習していた事として4月から7月の間の単位取得は免除して貰えるそうだ。これって一見温情措置のように見えるけど、そうでもない。ちゃんと時間を作って前期の授業も復習しておかないとその先の授業について行けないからね。この免除措置はあくまで書類上の辻褄合わせだ。
後、魔法学校は学校だから年度末には進級試験もある。これに合格しないと留年だ。特に僕は特待生なので、これに合格しないと退学だそうだ。うんっ、ますます厳しいね。浮かれて遊んなんかいられない訳だ。いや、それでも遊んじゃうのが学生なんだろうけど・・。
そんな訳で院長先生への報告も終わり、僕は下宿先を引き払い魔法学校の始まる新学期までの間、孤児院へ居候する事にした。おおっ、懐かしき孤児院!僕は帰ってきたよ!でも居候なので立場は低いです。シスターたちのお手伝いが待っているよ。あれ~、ちゃんと仕送りしたんだけどな。院長先生はやっぱり厳しいや。
そして翌日。僕は今ジャックたちを見送る為に孤児院の裏手にある国安の秘密基地にいる。なんでもジャックは総合魔法学科の主席として前期の終業式に出席しなくてはならないらしい。しかし、昨日あれだけ酒を飲んでいて大丈夫なのかね。僕は勘弁だよ。お酒の酔いと違って転移魔法酔いは全然楽しくないからね。
「それじゃ、アルベール。達者でな。とは言っても用事が片付いたらまたすぐ来ると思う。その時はロベルトたちも誘うつもりだ。またあの店でみんなで飲もう。」
う~んっ、ジャックって酒に関して酷い目に会った事が無いのかね?さすがは特権階級だ。飲む機会が多いんだろうな。あっ、もしかして魔法でなんか出来るのか?それってちょっとズルくね?
「はい、お待ちしています。編入の件、よろしくお願いします。」
「ああ、任せてくれ。一番安い部屋を見つけておいてやる。」
「あはははっ、お願いします。」
そう言って、ジャックは王都へ戻って行った。何故かミハイルも一緒に戻るそうだ。聞くところによると別件で担当している事案の報告をしなくちゃならないんだと。宮仕えも大変だね。
そんなこんなで僕は今、工房での仕事を辞めて孤児院に居候している。でも次の就職先というか進路は決まっているので9月までの1ケ月半はフリータイムである。決して無職ではない。次のステージまでの準備期間である。確かに毎日が日曜日だけどそれも蓄えがあればこそだ。うんっ、お金って大切だね。
そして僕は今日も朝から孤児院の設備の補修作業に汗を流す。孤児院って子供ばかりだからとにかく物が壊れるのだ。まぁ、それは建物自体が古いせいもあるけど、やんちゃな子供たちの攻撃に日々あっているのだから当然と言えば当然か。
勿論シスターたちはそんな箇所を随時直すのだが、それでも女手では中々手の出せない箇所もある。そんな箇所のひとつである屋根の補修を僕は今日行なう事にした。
「アルーベール、大丈夫ですか?」
「はい、院長先生。大丈夫ですよ。これくらいどうという事はありません。」
梯子を昇って屋根の上に立った僕に院長先生が心配そうに声を掛けてくれる。僕はそんな院長先生に大丈夫だと返事をした。まっ、実際は足場も悪く、屋根板も所々傷んでいるので気が抜けないのだがそんな事は言えない。そんな事を言ったら院長先生は降りるよう言うに決まっているからだ。
まぁ、確かに僕がこれからやろうとしている作業は本当なら建物全体に足場を作って大々的にやらねばならない危険な作業だ。でもそうするにはお金が掛かる。いずれはそうしなければならないのだけど、今は取り合えず雨漏りする箇所だけを応急処置する事にしたのだ。これで後3年は時間が稼げるはずである。その間にお金を貯めて本格的に孤児院を改修して貰おう。
ん~っ、でもさすがにここは高いな。いつも見慣れていた風景ではあるけど、視点が変わると感じ方も変わるらしい。マウントチャイニアもなんだかいつもより大きく見えるよ。
さて、景色を眺めてばかりでは雨漏りは直らない。僕は当たりを付けて置いた場所に移り状況を確認する。
「あらら、こりゃ駄目だ。腐りまくっているよ。う~んっ、鳥の糞で傷んだのかなぁ。」
屋根板がべこべこになっている場所には、鳥の糞が沢山こびり付いていた。これに雨水が吸い込まれて屋根板を浸食したのかも知れない。でも幸いな事に屋根の構造材までは傷んでいないようだった。これなら屋根板を張り替えるだけで雨漏りは収まるだろう。
僕は傷んだ箇所の寸法を測り、一旦下に降りて材料を加工する。ちびっ子は興味身心に見ているが、邪魔をしてはいけないと、シスターにきつく言われているので遠巻きに見ているだけだ。そんなちびっ子らに僕はあいつらにも出来そうな仕事を言いつける。
いつもならぶうぶう言ってサボろうとするやつも今回に関しては大喜びで従った。まっ、いつもと違う事をやるのは面白いだろうからな。結局、ちびっ子たちにとってはこれもまた遊びだ。しかし、遊びだからと言って失敗されてはこっちが困る。折角直したのに加工精度が悪くてまた雨漏りしたのでは意味がない。
「こらっ、ミール。切断面が波打っているじゃないか。そんなんじゃ使えないぞ。カンナを使って平らに削れ。」
僕は孤児院では一番大きい男の子が切った平板の側面を、平らなところに当てて隙間がある事を指摘する。
「うーっ、だってこのノコギリが良く切れないんだよ。」
「そうゆう時は、こっちの目の細かいヤスリでノコギリの刃を研ぐんだ。こっちの面はこちらから。こっちは研いじゃ駄目だぞ。」
「えーっ、面倒だなぁ。」
「道具は使いっぱなしじゃ性能が落ちるんだ。手入れを怠けると就職した時に親方にどやされるぞ。」
「う~んっ、参ったなぁ。」
そう言いつつもミールは僕に教えられたようにノコギリの手入れを始める。本当は刃を駄目にしてしまう危険があるので素人にはさせたくない作業なのだが、孤児院にあるノコギリはそんなに高いものではない。練習のつもりでやって貰おう。
「アルベールお兄ちゃん!これくらいでいい?」
ミールが仕上げた板に防腐剤を塗っていた子が僕に出来具合を聞いてくる。
「うん、いいね。そんな感じで後2回塗るんだ。あっ、乾いてからだからな。」
「うんっ、判った!」
さて、ちびっ子たちに下準備をさせている間に僕は腐った屋根板を剥がす。効率を考えるともうひとりサポートがいた方が早く作業が進むのだけど、さすがに子供たちを屋根に登らせるのははばかられる。なのでちまちまと独りで作業を進めた。
「あーっ、この板も取り替えた方がいいかなぁ。でもそうすると剥がす面積が増えるしなぁ。」
僕は剥がせば剥がすほど出てくる修理箇所に頭を悩ませる。本来なら大々的に直さなくてはいけない工事なのだから、どこかで限を付けなければならないのだが、本職でない僕にはその見極めが出来ない。
「仕方がない。ここまでにしておこう。こっちは防腐剤を塗り直しておけば持つだろう。」
さすがは素人工事である。でも丁寧にやれば当初の目的である雨漏りは直るはずだ。
その後は、あちこち苦労しながらも何とか屋根の修理を終えた。僕はちびっ子たちと屋根を見上げて一時の達成感に浸る。
「なんか修理したとこだけ色が違うよ?」
「いいんだ、その方が修理した箇所が判りやすいんだ。」
僕はちびっ子たちからの指摘を屁理屈で言い返す。いいんだよ!ペンキの色合わせなんかプロだって難しいんだぞっ!ましてや有り合わせの材料で直したんだからクオリティーには目を潰れ!
「そう言えばお兄ちゃんって、魔法使いなんだから魔法で直せなかったの?」
「うっ。」
ちびっ子の質問に僕は口ごもる。いつ来るかと思っていた質問がとうとうちびっ子の口から言われてしまったのだ。
「なんでも魔法に頼っては駄目なんだよ。魔法を使わないで出来る事はなるべく魔法無しでやるべきなんだ。お前たちも魔法学校に上がれば教えて貰えるさ。」
「ふ~ん、そうなんだ。」
くっ、全然信じていないな、こいつ。まぁ、今のは出まかせだけどさ。魔法使いだって出来る事と出来ない事があるんだよ!そこんとこ判ってね。
「さっ、片付けを始めるぞ。仕事は片付けが終わるまでが仕事なんだ。」
「は~い。」
うんっ、何とか僕の威厳は保たれたか?でも底辺魔法使いも大変だぜ。何でも魔法で解決できるっていう誤った風潮はどうにかして貰いたいぜ!そんなのが出来るのは上級魔法使いだけなんだからさっ!




