王立魔法学校高等部の優等生
さて、朝である。残念ながら僕の置かれた状況は夢ではなかった。僕は下宿先のベッドの上ではなく、ドクトレイブの森で目覚めた。
「おっ、起きたな。どうだ、少しは落ち着いたか?」
「あっ、はい。大丈夫です。」
目覚めた僕にジャックが声を掛けてきた。どうやら昨晩の僕の落ち込み様を気にしてくれているようだ。
「昨晩は驚いたよ。いきなり叫んだかと思ったら、ぶつぶつ呟き始めるんだからな。ダンジョンの魔力にでも当てられたかと思ったぜ。」
「はぁ、すいません。ちょっと今後の事に不安を感じてしまって。」
「みたいだね。まぁ、その事に関しては後で話し合おう。それよりも朝飯だ。食べたらすぐに出発するからな。」
そう言ってジャックは焼きたてのパンを2枚と水筒を僕へ渡してくれた。
「ありがとうございます。頂きます。」
「街道に出るまでは、まだ4時間ほど歩く事になる。しっかり食べておいてくれ。」
「はい。」
「あら、起きたのね。おはよう。もう大丈夫?」
僕がパンを食べていると、レイチェルたちがやってきて声を掛けてくる。
「あっ、はい。ご心配をお掛けしました。」
「うんっ、びっくりしたわ。フラッシュバックでも起こしたのかと思った。」
「えっ、なに?昨日なんかあったの?」
レイチェルの言葉にローザが何の事かと首を突っ込んでくる。
「ローザったら・・、あんなに大きな声に気付かなかったの?」
「えっ、声?なに?襲撃でもあったの?」
うんっ、さすがはローザだ。いいボケっぷりだぜ。でもすかさずレオンが突っ込んだよ。
「はははっ、ローザはロベルトの背中でぐっすりだったからな。安心しきっていたんだろう。」
「はぁ、そうね。交代して貰おうと起こしても、ロベルトから離れようとしないんだもの。」
「えっ、そっ、そんな事ないわよっ!あっ、あれよ!ロベルトは私の抱き枕だからっ!枕は快適な睡眠を得る為には大切なのよっ!」
「はははっ、そうか。うん、確かに大切だな。」
おやおや、僕の事をきっかけにまたまたみんながローザの事をからかい始めたよ。もしかしてこれがこのパーティのルーチンなのか?と言うか、ローザってロベルトの事に関してはどもりっ放しだな。これで気付かないとはロベルトってやっぱり純情鈍感無自覚キャラなんだね。いや、実は判っていて楽しんでいるのか?
さて、ほかほかで大変おいしい朝食を食べおえ、且つ、僕の昨晩の奇行を肴にしたみんなのお喋りが一段楽したところで出発となった。
ドクトレイブの森は背の高い木々が途切れる事無く大地を埋め尽くしている。でもそのおかげで地面にあまり日の光が届かないのだろう。下草などはあまりなく歩くのに苦労はなかった。それに1時間ほどで、細いながらも踏み固められた小道に出た。後はこの小道を辿っていけば街道に出るそうなので迷子の心配もない。
それでもジャックは時々探査魔力波を相手に判るように発して、僕たちの存在を周りに知らせている。これで用心深い魔物は近寄ってこないし、ジャックの魔力を見誤った馬鹿な魔物はその存在を曝け出す事になる。そもそも相手の魔力を推し量れないような魔物は小物だ。僕ひとりでは対応できないけど、剣士がふたりもいるこのパーティの実力を持ってすればAランクの魔物だって避けて通るはずである。
だからみんなもそんなに緊張していない。気は緩めていないが、ダンジョン内を歩いていた時に比べればピクニックで森を散策しているような感じだ。そこで僕は隣を歩くレイチェルに色々聞いてみた。
「みなさんは王立イーストリバー魔法学校の2年生だそうですね。」
「ええ、ジャックに聞いたのね。私とローザとロゼッタは魔法学科。ロベルトとレオンは剣士学科なの。」
「あれ?ジャックも魔法学科ですよね。」
「ええ、そうなんだけど彼は2ランク上の総合魔法学科なの。」
「総合魔法学科?何が違うんですか?」
「有体に言えば超エリートね。イーストリバー魔法学校は普通に入学するだけでも大変だけど、総合魔法学科はそんな生徒たちの中でも特に選抜された優秀な者たちだけを集めた学科なの。」
「はぁ~、すごいんですね。」
「うん、普通の魔法学科は全学年で500人くらいいるんだけど、現在総合魔法学科は12人しかいないわ。そして彼はそんな12人の中でもトップを競い合っている実力者なの。」
ああっ、確かにジャックはそんな感じだね。ファントム・ミラージュとの戦いでも、敢えて攻撃はみんなに任せジャックは守備に徹していた感じだったけど、あの結界強度は凄かった。でもそれを見切れた僕も結構やるんじゃないのか?いや、あれは絶対転移に関わる臨時ボーナスだな。世の中そんなに甘くはないぜ。
「2ランク上って言ってましたけど、もうひとつランクがあるんですか?」
「ハイクラスね。ウチの学校の魔法学科は成績によってハイクラスとノーマルクラスに分かれるの。だから普通の学校みたいに何人かがひとまとめに組となって学ぶ形式ではなくて、個々が自分に必要と思った授業を自分で選択する単位制になっているのよ。そしてハイとノーマルでは取得する単位量と質が異なる訳。」
僕はエリート校の教育指導方法に面食らう。単位制ってことは、つまり基礎は出来ているという前提で、それ以上のものを集中的に学習してゆく方式だ。これは自ら進んで学習するという事なので、僕が学んだ受動的な学習方法とは違い、授業を受けた結果の学力差は全て自己責任となる。授業中にボケっとしていたりしたら、そのツケは忽ち自分に降りかかって来るのだ。
「はぁ~、大変なんですね。」
「うんっ、そしてハイとノーマルでは実力的には倍の開きがあるかなぁ。」
「そんなに!」
僕はまたまたレイチェルの説明に驚く。だって倍だよ?それってテストの点数で言ったら50点と100点って事だよ?すげ~な、ハイクラス!
「ええ、だからハイクラスは憧れだけれども競争も熾烈よ。ハイクラスは本当の実力主義だから。ついていけない場合は大抵学校を去る事になるわ。」
「ノーマルに降格じゃなくて?」
「んーっ、プライドと人の目がね。」
「あーっ、そうですね。いづらいのか。」
そうか~、ランクを下げてめくらの国の目開きとなるより、きっばり別の生き方を選択するのか・・。競争社会に身を置くのも大変なんだなぁ。
「そんなハイクラスでも、総合魔法学科の足元にも及ばないのだからジャックがどれだけ凄いか判るでしょう?」
えっ、そうなの?総合魔法学科ってどんだけすごいんだ?もしかしてオリンピック級なのか?でもオリンピックってなんだ?
「う~んっ、超エリートと言う訳ですね。」
「まっ、それは魔法の能力だけの話で、普段の彼は至って普通なんだけどね。」
僕の緊張をほぐす為か、レイチェルは茶目っ気たっぷりにウインクしてくる。
「確かに。ジャックって僕の描いていたエリートとは感じが全然違います。」
「みんながみんな、彼みたいではないけどね。総合魔法学科ともなると、やっぱり選民意識みたいのに飲み込まれちゃう人もいるのよ。」
「家柄とかではなくて?」
「うん、それもあるかな。でもジャックは生まれもサラブレッドだからそうゆう意味でもちょっと異質よね。」
「サラブレッド?」
「あら、知らないの?ジャックって大魔法使いアルティナの直系なのよ。」
げっ!アルティナの直系だと!それって魔法業界ではスーパーエリートじゃないかっ!ぐはっ、とんだボンボンだったぜ、ジャック・イエーガー!
あまりの驚きに僕は話の矛先を変える。うんっ、もうジャックの事はいいです。これ以上聞くとなんだか自分が卑屈になりそうで嫌です。なので親近感を覚えるロベルトの事でも聞こう。
「そう言えば、ロベルトさんたちは学科が違うんですね。魔法学校に剣士学科があるなんて始めて聞きました。」
「うん、ウチの剣士学科は巷の剣術学校とはちょっと違うの。所謂勇者系の剣術を学ぶところなのよ。」
「ああっ、魔法系剣術ですか。」
「そう、ライトニング・サンダー!とか言っちゃうやつ。」
おおっ、ライトニング・サンダー!勇者に憧れるガキんちょたちが、勇者ごっこで一度は口にする超有名な技だな!対する魔王の必殺技はデストミック・デス・ハーデスだぜっ!
「あーっ、必殺技の名前を叫びながら戦うのってちょっとハズイですよね。」
「うふふふっ、まぁそれに関しては魔法使いも同様だけどね。」
「あれ?そう言えばそうか。あはははっ、言われてみればそうですね。」
うんっ、基本魔法を発動させる時って呪文を唱和するからな。傍から見たらあれもイタい行為かもしれない。だから高位者は無詠唱で魔法を発動するのか。
「ロベルトは才能はあるらしいんだけど、鍛錬と勉強が嫌いらしくて成績にむらがあるのよねぇ。その点レオンは成績優秀。入学以来トップを守り続けているわ。」
おっと、ロベルトは予想した通りだったけど、レオンはこれまた秀才系かよっ!さすがは有名魔法学校の生徒だぜ。ちゃんと実力が伴っているんだな。
「あははっ、なんかロベルトさんには親しみを感じるなぁ。」
「そう?まぁ、あれでも剣術の実技に関しては学年ではトップみたいだけど。」
「前言は撤回します。」
何だよロベルト。僕たちは仲間だったんじゃないのかよ!お前なんか僕のパーティから追放だっ!
「ふふふっ、そうは言ってもウチの学校ってみんな実力は伯仲しているからね。ちょっとした事で順位は変動するから気は抜けないのよ。」
「ほうっ、となるとレイチェルさんも実はトップとか?」
僕は言葉にちょっとカマを掛けて見る。
「んーっ、まぁそこそこね。でもノーマルクラスのトップはロゼッタよ。私は火力系に特化しているけど、彼女はオールマイティだから。」
「へぇーっ、それはすごいな。魔法って大抵自分にあった特性を伸ばすもんでしょう。」
「ええ、だから彼女はずごいわね。しかも全部が平均以上だもの。ちょっと彼女には敵わないな。」
うんっ、オールマイティ系って器用貧乏って言われる事もあるけれど、全部が平均点以上ってのは下手な特化型なんかより全然すごいよな。
「因みにローザは?」
「あはははっ、気になる?彼女こそ王道の魔法使いね。広域系の魔法を操らせたら先生たちですら抑えられないもの。」
「おおっ、広域系魔法!魔法使い足る者、夢見て止まない至高の魔法ですか!」
「でも彼女ってちょっと魔力容量が少ないのよ。だから所謂一発屋なの。でもその事に触れては駄目よ。彼女も気にしているから。」
「あっ、そうなんですか。気をつけます。」
そうか~、魔力容量って魔法使いが一番気にする事だもんなぁ。特に高位の魔法を扱えるやつには大問題だ。でも対応する方法はいくらでもあるけどね。みんなで足りない部分を補い助けあう。それがパーティってもんだからな。
「ところであなたは、これからどうするんつもりなの?」
一通りみんなの事を話したからだろうか、今度は僕の事をレイチェルが聞いてきた。
「あーっと、取り合えず町まで連れて行って貰ったら、何とかお金を工面して帰るつもりです。」
「どなたか伝手があるの?」
「いえ、まったく・・。でもまぁ、魔法ギルドに頼み込んで日雇いでも紹介して貰いますよ。」
うんっ、まずは先立つものがないとな。しかし、千キロか・・。くそっ、転移魔法陣めっ!行きだけじゃなくちゃんと帰りもフォローしろよっ!
僕は心の中でウエストキャナルで踏んづけた転移魔法陣に文句を言う。まぁ、言ったからってどうなるものではないのだけど、誰だって今の僕の立場になれば、文句のひとつも言いたくなるだろう。でも、レイチェルはもっと現実的な事を提案してくれた。
「ふぅ~ん、そうなんだ・・、ならウチで働きますか?」
「へっ?」
「私の実家は魔法工房を経営しているから、私が頼めば雇ってくれると思います。」
「はぁ?」
「まぁ、あなたが嫌じゃなければですけど。」
レイチェルの提案を僕は一瞬理解できない。えっ?レイチェルって魔法工房の娘さんなの?
「へぇー、レイチェルの実家って工房なんだ。」
「ええ、ガードナー魔法工房って知りません?」
「はぁ~?」
ガードナー魔法工房っ!それってこの国でも5指に入る大魔法工房じゃないかっ!いや、もうその規模たるや工房なんかじゃないよ!ウエストキャナルにだって支店があるもんっ!中卒魔法使いたちの奉公したい工房ナンバーワンだよ!僕の卒業した魔法中学辺りじゃ求人票すら来ない超優良企業じゃんっ!
「レイチェル様っ!ありがとうございます!あなたは女神さまですかっ!」
こうして僕は寝床と仕事を女神さまの加護により手にした。ひゃっほーっ!やっばり神さまは女神に限るぜっ!




