10・ドラゴン退治
黄色の鱗に覆われたドラゴンだ。
元の世界に例えるなら、西洋風の『竜』の形で、見るものを威圧させる。
そいつが空の向こうから飛んできて、俺達の前に着地したのである。
「もうお終いだ……」
「これは……サンダードラゴン!」
「こ、殺される……こんなところで、ドラゴンに遭遇するとは!」
さっきまで威勢のよかった男達。
そいつ等が目に涙を浮かべたり、小便を垂れ流したり——目の前のドラゴンに驚いている。
「本当にファンタジーの世界観だな……」
頭を掻く。
「は、早く逃げましょう!」
俺の服の裾を、後ろから女の子が引っ張った。
「なんで?」
「なんで……って! ドラゴンですよ! 出現しただけで街一つが壊滅すると言われる」
「ほお、予想していたけどやっぱりドラゴンっていうヤツは強いのか」
「当たり前じゃないですか! 先ほど使った魔法を見るに、さぞご高名な魔法使いだと思いますが……それでも、単独でドラゴンに勝てるわけがありません」
ソロ討伐ほぼ不可能、っていうくらいの難易度か。
「グォォオオオオオ!」
サンダードラゴンとやらは、口を大きく開けて吠えている。
普通なら恐怖を感じる場面かもしれないが、俺は全く危機感を抱いていなかった。
俺は女の子の手を振り解き、
「君は二つ間違っている」
「どういうことですか?」
「まず一つは俺がドラゴンに勝てない、っていう部分。もう一つは——」
ドラゴンの方へ一歩踏み出し、手の平を向ける。
「——俺が魔法使い、っていう部分だ」
手の平から雷の矢が放たれる。
ヴォルトキネシス。
雷・電気を操る超能力である。
放たれた雷の矢は、そのまま一直線にドラゴンに伸びていき——。
ドラゴンの体に大きな風穴を開けた。
「グ、グォォオオオオオオオォォォ!」
一際大きい声。
ドラゴンは体をくねらせ、そのまま地面へと倒れてしまう。
「弱っ!」
思わず声を出してしまう。
なんだ、とんだ拍子抜けだ。
もっと楽しませてくれると思ったんだがな。
まさか一発とは。
「あ、あ、あなたは何者ですか!」
女の子の方をもう一度振り向くと、足腰が立たなくなっているのか座り込んでいた。
よく見ると、地面が濡れている?
もしかしてこいつ……。
「おいおい、女の子が漏らすなよ。そんなに驚いたか?」
「あ、あ、当たり前です! 死も覚悟していましたよ!」
美少女が漏らしている姿なんて初めて見たな……。
俺は女の子の手を取って、立ち上がらせる。
「——パイロキネシス」
「あ、あれ? 乾いてきました」
「ああ、乾かしてやったんだよ」
「も、もしかして魔法ですか? ありがとうございます!」
「いや……だから」
溜息を吐く。
もう、いい。いちいち魔法じゃないと訂正するのも疲れてきた。
内股になっている女の子から視線を外し、
「あれ? さっきの男達は?」
キョロキョロと辺りを見渡しても、男達がいる気配がない。
「ああ……多分、ドラゴンが現れた瞬間に逃げたんでしょう。普通の人はそういう反応しますから」
「あいつ等……」
まあ別にいい。
アンチ・サイが有効だ、と分かっただけでもあいつ等は役に立った。
「それで……そろそろ君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「あっ! そうですね。申し遅れました」
ペコッ、と女の子は頭を下げ、
「エコー。私はエコー・ルトライデと申します!」
「あっ、そっか。じゃあな」
「この度は助けていただき……って!」
女の子……エコーに背を向け、走りだそうとすると肩を持って止められた。
「ちょっと待ってください! ここは自己紹介とかして、親交を深めるパターンに入っているでしょう!」
「どうして俺が? そんな面倒臭いことより、俺はやらなきゃいけないことがあるんだ」
「面倒臭い! 折角、私を助けたんですよ? 私の命の恩人なのですから……そ、その、体とか……」
「ああ?」
エコーが体をもじもじとする。
エコーの言いたいことは分かる。
実際、エコーは身長が低く幼い顔付きはしているものの、胸が大きく十分魅力的であった。
だが……俺、元の世界でも童貞だったしな。
気にはしていなかったが、やっぱり初めてっていうヤツはちゃんとした恋愛をしてからにしたいものだ。
「別にいいよ。感謝しなくてもいい。じゃあ……俺はグーベルグに行かないといけないから」
「なんでそんなに冷たいんですか! ……ってグーベルグ?」
エコーが『グーベルグ』という単語に反応する。
「じゃあ私、お役に立てますよ! 私、グーベルグに住んでますから」
「グーベルグに?」
冒険者とかなら分かるが、どうしてグーベルグに住んでなお街の外に出ているんだろうか?
なんて質問をしないのだ。
話が長くなりそうだからね。
「そっか。じゃあまた会うかもしれないな。ここで……」
「私がグーベルグまで案内しますよ!」
「道なりに進めば着くって教えてもらったんだが?」
「で、でも! 途中で迷うかもしれませんし! ほら……えーっと、すいません、名前は——」
「ん? ああ、俺は名乗るほどのもんじゃないよ」
「教えてくださいよ!」
「嘘だよ。マコトだ。マコト・ハスウラ」
名前くらい教えてもいいだろう。
さて……どうしたものか。
ここでぎゃあぎゃあと騒いでいるエコー。
このまま放って、グーベルグに向かうのは簡単だ。
だがその場合、エコーは一人で街に帰らなければならないだろう。
途中で先ほどのように暴漢に襲われるかもしれない。モンスターが現れるかもしれない。
それで死んだりなんかしたら、気分も悪くなるものだ。
「分かったよ。グーベルグまで案内してもらおうか」
「ふふん! しっかり案内しますからね」
「頼むよ」
押し問答を続けているのも余計に時間がかかりそうだしな。
エコーが花のような笑みを顔に咲かせる。
「じゃあ行くか——」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「いちいち、リズムを崩すヤツだなエコーは」
「ドラゴンの死体はどうするつもりですか! ドラゴン一体なんて……ギルドに持っていったら、豪邸が何軒建つのか……」
「ん? それってお金が貰える、ってことなのか」
「当たり前じゃないですか!」
そう、何度も当たり前と繰り返されても、異世界に来たばかりなので分からない。
うーん、確かにモンスターの死体とか持っていって、換金するのはゲームでもよくあることだしな。
このまま捨てておくのももったいないか。
「少し時間はかかりますが……解体しましょう。全部は持って帰れないとは思いますが、一部でもあれば十分……」
「ああ、その必要はないよ」
そう言うと、エコーは頭に『?』マークを浮かべた。
俺はドラゴンに手の平を向け、超能力を発動する。
「えっ——」
エコーが目を丸くさせる。
俺が超能力を発動させた瞬間。
あれだけ大きかったドラゴンが目の前から消えてしまったのだ。
「え? どういうことですか……ドラゴンを消したんですか?」
「正しくは亜空間に収納しただけなんだけどな」
俺は亜空間にモノを出入りさせる超能力も使うことが出来る。
ドラ○もんのなんとかポケットと同じ原理だな。
それを聞いて、エコーは顎を手で撫でながら、
「成る程……まさかマコトさんがアイテムボックス持ちだったとは……」
「まあそんなんでいいよ」
説明するのも面倒臭いので、勝手に理解させておけばいい。
「よし——今度こそ行くぞ」
「へっ——!」
よいしょ。
歩きだそうとするエコーを後ろから抱きかかえる。
「ちょっと待ってください! こ、こんなところでエッチなことは……」
「なにを勘違いしている?」
身体強化の超能力を使って、エコーを抱きかかえたまま走り出す。
「な、なにが起こっているんですか〜!」
「喋るな。舌、噛むぞ」
もう少しで着くのに、女の子の歩調に合わせるのも怠いしな。
俺達は風となり、グーベルグを目指した。