表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/18

第九章 千年前の星落ち

 空島に来て三日目の朝、セレナがノルンのところへ行った。

 今日は自分から申し出た。昨日のように許可を求めるのでもなく、ただ「行ってくる」と言って立ち上がった。リコリスは頷いた。それだけで足りた。

 モクと二人で採取の続きをしながら、リコリスは建物の方を時々見た。声は聞こえない。でも、何かが動いている気配はあった。

 午前中が過ぎた頃、セレナが戻ってきた。

 来た方向が違った。建物からではなく、島の奥の方から来た。どこへ行ったのだろうと思ったが、セレナの顔を見て、先に聞くのをやめた。

 いつもと違う顔をしていた。

 明るさが消えたわけではない。でも、重いものを持った顔だった。

「どうだった」

「ノルンに、神殿を見せてもらった」

「神殿?」

「島の奥にある。さっき帰ってきた」

 セレナは草の上に座った。リコリスも隣に座った。

「中に記録があった。古代の記録。ノルンが読んでくれた」

「セレナのこと?」

「それも含めて、全部のこと。千年前のこと」

 千年前。星落ち。世界が三つに分かれた、あの出来事のことだ。

「聞かせてもらえる?」

「うん。でも、長い」

「大丈夫」

 セレナは少し間を置いた。それから話し始めた。

「千年前、世界はひとつだった。空も地上も地下も、全部繋がってた。人間も、魔女も、古代の人たちも、同じ場所に住んでいた」

「師匠の書き付けにも、そう書いてあった」

「そこに、星が落ちてきた。ひとつじゃなくて、たくさん。空から降り注いで、地上を割った。地下まで届いた。世界が崩れていった」

 リコリスは黙って聞いた。

「そのとき、魔女たちが動いた。世界が完全に滅びる前に、空の部分と地上の部分と地下の部分を切り離して、それぞれを安定させた。世界をひとつのまま救えなかったから、三つに分けることで、それぞれを守った」

「魔女が」

「魔女たちが、世界を分けた。それが星落ちの真実だって、ノルンは言ってた」

 リコリスは草を見た。

 魔女が世界を壊した存在として恐れられている。村でもそう言われていた。でも、本当は逆だった。魔女は世界を守った。世界を分けることで、滅びを防いだ。

「わたしたちが災いだって言われてるのは、逆なんだ」

「逆だった。でも、千年かけて話が変わっていったみたい。魔女が世界を分けた事実は残ったけど、なぜ分けたかが伝わらなくなった。世界を割った者として、恐れられるようになった」

 リコリスは手の中の薬草を見た。自分が毎日煮て、混ぜて、作っているもの。師匠から習ったもの。その前の魔女から受け継がれてきたもの。

 それが世界を守ったものの末裔から来ている。

「続き、聞いていい?」

「うん」

 セレナは話を続けた。

「世界を三つに分けるとき、封印が必要だった。空と地上と地下を切り離して、それでも繋がりを保つための封印。完全に切り離したら、それぞれが別々に壊れていくから。繋がりを残しながら、でも崩れないように保つ、そういう封印が必要だった」

「その封印を、今も保っている?」

「空島がその封印の核になってる。ここが安定していれば、三つの世界は安定する。でも、封印は千年かけて少しずつ弱まってる」

 リコリスは空島の地面を見た。光る草。透明な木。魔力を含んだ空気。これが全部、封印の一部だということか。

「セレナの飾り、あれも封印に関係してる?」

「ある」

 セレナは自分の手首を見た。

「あたしの一族は、千年前に封印を作った人たちの末裔。封印を維持するために、空島に残った」

「セレナ自身は」

「封印の鍵。正確には、封印が弱まったときに作り直すための鍵。あたしの中に、封印を更新するための力が眠ってる」

 リコリスは少し黙った。

 封印の鍵。守護機械が言っていた言葉の意味が、今になって繋がった。セレナは偶然落ちてきた少女ではなく、世界の封印を保つために育てられた存在だった。

「怖い?」

 セレナが聞いてきた。自分の話をしながら、リコリスの方を心配していた。

「怖くない。ただ、重い話だと思って」

「うん。あたしも重かった」

「ノルンはどんな様子で話してたの?」

「淡々としてた。でも、声が少し違った。いつもより、ゆっくりだった」

 ノルンにとっても、簡単な話ではないのだろう。千年前の重さを、ずっと知っていた。知りながら、守護者として空島にいた。

「封印を更新するって、どうやってするの?」

「そこまでは教えてもらえなかった」

「なぜ?」

「あたしが自分で記憶を取り戻してから、自分で選ぶべきことだって。今は、まだ話せないって」

 自分で選ぶ、という言葉が引っかかった。

 選ぶということは、選ばない可能性もある。封印の更新が義務ではなく、選択であるなら、セレナには断る権利がある。でも封印が弱まれば世界に影響が出る。選べるようで、選べない。

 その形が、リコリスには少し苦しく思えた。

 リコリスは草を一本抜いた。

「セレナは、どう思った。聞いて」

「重かった。さっき言ったけど」

「重かった、以外に」

 セレナは少し間を置いた。

「怒りみたいなものがあった。生まれる前から決まってた、みたいなことを言われた気がして。でも怒る相手が分からなくて、どこにもぶつけられなかった」

「ノルンに怒るわけにはいかないし」

「ノルンも選んでない。ノルンもあたしを守るために決められた立場にいるから」

 二人とも、生まれる前から役割を決められていた。ノルンはセレナを守る者として。セレナは封印の鍵として。

「それと」

 セレナが続けた。

「もうひとつ、聞いた」

「何を」

「封印を更新する儀式には、代償がある」

 リコリスの手が止まった。

「代償」

「あたしの中にある力を、封印に捧げる。それが儀式の方法。でも、どのくらい捧げるかによって、あたしに何が残るか変わる」

「最大限捧げたら」

「ノルンははっきり言わなかった。でも、言い方から察した。全部捧げたら、あたしはあたしでなくなるかもしれない」

 風が吹いた。

 草が揺れて、光が散った。空獣が遠くを泳いでいた。

 リコリスは草を見たまま、動けなかった。

 セレナがここへ来たのは偶然ではなかった。空から落とされた。誰かが意図的に落とした。それは儀式から逃がすためだったのか、それとも別の理由があったのか。

「ノルンはそれを知ってた?」

「知ってた。だから、あたしが儀式に立つ前に落ちてしまったことを、自分の失敗だと思ってたみたい」

「失敗じゃないのに」

「ノルンは守護者だから、そう考える」

 リコリスは顔を上げた。

「セレナを落としたのが誰かは」

「分からない。ノルンも分からないって言ってた。島の外から干渉できる誰かがいるとしか」

 島の外から。地上から、あるいは地下から。

 機械兵がセレナを追ってくることと、繋がるかもしれない。誰かがセレナを空島に戻させたくないのか、あるいは自分たちの手で儀式を使おうとしているのか。

 考えるほど分からなくなった。

 モクが草の上で耳を立てた。

「リコリス、セレナ」

「何」

「おぬしら、今どんな顔をしておるか分かっておるか」

「どんな顔」

「暗い顔じゃ。二人揃って」

 リコリスは自分の顔を確かめようとして、できなかった。でも、モクが言うなら暗い顔をしているのだろう。

「仕方ないじゃないですか」

「仕方ないのは分かっておる。じゃが、今すぐ解決できることでもなかろう」

「そうだけど」

「ならば今できることをする。今日の分の採取が終わっていない。腹も減った。木の実パンはまだあるか」

 セレナが小さく笑った。

「モクって、食べることしか考えてないよね」

「食べることは大事じゃ。腹が減れば判断も鈍る」

「そうだね」

 セレナは立ち上がった。リコリスも続いた。

 昼食にした。固パンと干し肉と、昨日汲んだ池の水を少し。水は成分が分からないからリコリスは飲まなかったが、セレナは少し飲んで特に変化がなかったと言った。

「美味しかった。甘みがある」

「体に問題なければ、後で成分を調べてみる」

「問題なかったら、もっと飲んでいい?」

「問題がなければ」 

「リコって慎重だよね」

「知らないものに対しては」

「それは大事なことだね」

 昼食の後、もう一度採取をした。

 モクの言う通り、今できることをする。考えるのは後でもできる。今ここにいて、できることをする。それがリコリスの長年の習慣だった。

 採取を終えて、夕方にリコリスたちで建物の前に戻った。ノルンが外に出ていた。いつの間にか、リコリスたちが来ても驚かなくなっていた。

「今日も泊まるのですか」

「もう一日、いてもいいですか」

 リコリスが尋ねた。ノルンは少し考えた。

「構いません」

「ありがとうございます」

「感謝はいりません」

 ノルンはセレナを見た。

「今日の話は、重かったと思います」

「重かった」

「それでも、聞いてくれてよかった」

 セレナはノルンを見た。

「ノルンは、あたしに儀式を受けてほしい?」

 ノルンは答えるまでに時間がかかった。

「封印が弱まれば、世界に影響が出ます。それは事実です」

「それは聞いた。ノルン自身は、どうしてほしい?」

 また間があった。

「私は、守護者です」

「守護者じゃない部分は」

 ノルンの表情が、かすかに動いた。昨日より大きく動いた。

「ノルンとしては、どうしてほしい?」

 ノルンは答えなかった。でも、答えなかったこと自体が、答えだった気がした。

 リコリスにはその意味が分かった。

 ノルンはセレナを犠牲にしたくない。でも守護者として、それを言えない。だから黙っている。

 セレナもそれが分かったのか、それ以上は聞かなかった。

「また明日、話しかけてもいい?」

「構いません」

 ノルンは建物の中へ戻っていった。


 夜、テントの外に出て、みんなで星を見た。

 二日目よりさらに慣れてきた。星が多すぎて目が回るような感覚が、今夜は落ち着いていた。

「ねえ、リコ」

「うん」

「さっきの話、全部聞いてどう思った」

 リコリスは星を見たまま、少し考えた。

「重い、というのは正直なところ。セレナが封印の鍵で、儀式があって、代償があって」

「うん」

「でも、今すぐどうにかなることじゃない。記憶が戻ってから、セレナが自分で考える話だと思う」

「リコは何も言わないの」

「言う立場じゃないと思ってた」

「立場とか関係なく」

 リコリスは少し考えた。

 言う立場じゃない、という言葉が正確だったかどうか、考えた。本当は、言いたいことがあった。

「儀式を受けてほしくない、って思った」

「うん」

「代償がある儀式を、受けてほしくない。でもそれは、わたしの都合だから」

「都合でいいじゃん」

「世界の封印の問題を、都合で言うのは」

「リコの気持ちは、リコの気持ちじゃん。世界がどうかと、リコがどう思うかは別の話だよ」

 リコリスは草を見た。

「セレナはどう思ってる」

「まだ分からない。記憶がないから、使命を自分のこととして感じられない。でも」

「でも」

「リコが受けてほしくないって思ってくれてるのは、分かった。それだけで、今は充分」

 風が吹いた。

 モクが二人の間で丸くなって、小さく鳴いた。眠そうな声だった。

 リコリスは毛布を引き寄せた。

 明日、何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれない。でも今夜は、この島の星の下で、二人と一匹でいる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ