表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/20

第六章 風の塔へ続く道

 騎士団が村を離れたのは、機械兵の騒動から二日後だった。

 リコリスがそれを知ったのは、ミラが森の縁まで来て教えてくれたからだ。石橋のそばで声をかけてきたミラは、息を少し切らせていた。走ってきたらしかった。

「騎士団が動きました。北の方へ向かったみたいです」

「全員?」

「全員じゃないです。村に二人残っています。でも、隊長さんは行きました」

 リコリスは少し考えた。全員でないなら、完全に手を引いたわけではない。残った二人は見張りか、あるいは引き続き調査をしているのか。

「何かほかに聞いた?」

「隊長さんが出発する前に、村の人たちに話しているのを少し聞きました。森の方向で発見した痕跡を追うって言っていたので、たぶん機械兵を追っているんだと思います」

 機械兵を追った。リコリスが誘導路で北へ向かわせた機械兵を、そのまま追跡したということだ。

「ありがとう、ミラ。教えてくれて助かった」

「リコリスさんのためになるなら」

 ミラはそう言って、村の方へ戻っていった。見送りながら、リコリスは橋の向こうを見た。空が晴れていて、遠くに雲が流れている。その向こうに、今日も空島が見えた。

 家に戻ってセレナに話すと、セレナは窓際に腰かけたまま、じっくり聞いた。

「騎士団が遠くなった。当分は来ないと思う」

「よかった」

「でも、隊長は目をつけていると思うから、油断しない方がいい」

「隊長さんの名前、聞いた?」

「アルヴィン、だって。村の人がそう呼んでた」

「アルヴィン」

 セレナはその名前を確かめるように繰り返した。

「怖い人だったの?」

「怖い、というより。真っ直ぐな人だと思った。曲がったことをする人ではない」

「でも魔女を追ってる」 

「そう信じてるから。それが任務だから」

 セレナはそれを聞いて、「ふうん」と言った。それ以上は聞かなかった。

 モクが棚の上で爪を磨きながら言った。

「して、次はどうする」

「遺跡で映っていた塔のことを調べたい。あの幻影が何だったのか、まだ分かっていないから」

 星屑きのこで作った薬をセレナの飾りに垂らしたとき、光の中に映像が浮かんだ。空に聳える巨大な塔だった。古代の意匠を持つ石造りで、雲の上に突き出ている。どこにあるのか、何のための建物なのか、その場では判断できなかった。

「風の塔、という話を昔聞いたことがある」

 リコリスは調合帳を開きながら言った。師匠が残した古い書き付けに、その言葉があった。森の奥の奥、人の踏み入らない場所に古代の塔があり、かつては空島へ渡るための装置があったと書いてある。

「空島へ渡れる?」

 セレナが身を乗り出した。

「書き付けにはそう書いてある。でも今も使えるかどうかは分からない。千年以上前の話だから」

「行ってみたい」

「想像はしてた」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど、場所が分からない。調合帳の記述は曖昧で、森の奥としか書いていない」

 モクが棚から降りてきた。

「我には、多少は分かる」

 リコリスとセレナが同時にモクを見た。

「魔力の濃い場所を嗅ぎ分けられると言ったじゃろ。古い建物は魔力を蓄えている。特に古代の装置が残っているなら、相当な濃度のはずじゃ。近くまで行けば分かる」

「どのくらい近ければ」

「半日の距離に入れば、たぶん分かる」

 リコリスは調合帳を閉じた。

 行くと決めるには、準備が要る。森の深部は採取地よりさらに魔力が濃い。増幅薬をより強く調合する必要がある。食料も多めにいる。何日かかるか分からないから、野宿の道具も必要だった。

「準備に二日かかる」 

「分かった。じゃあ手伝う」

「手伝えることはあんまりないけど」

「食料の準備なら手伝える。パンも焼けるし、干し肉も作れる」

 リコリスは少し意外だった。

「干し肉を?」

「塩と煙で燻すやつ。やり方は分かる。どこで覚えたか分からないけど、体が覚えてる」

 記憶はないのに、体が覚えている。セレナの過去に、そういう生活があったということだろう。リコリスにはそれ以上は分からなかったが、とにかく頼りになるのは確かだった。

「じゃあ食料を頼む」

「任せて」

 二日間、準備に費やした。

 リコリスは増幅薬の調合を強めに仕上げ、魔力探知の薬も作った。防虫の粉、傷薬、止血布、応急処置のための小道具一式。荷物がどんどん増えたが、要るものは全部持っていきたかった。

 セレナはパンを二種類焼いた。木の実パンと、保存が利く固パン。干し肉も予告通りに作った。燻した匂いが家に満ちて、モクが落ち着かなくなった。

「一枚くれ」

「だめ。全部持っていく分だから」

「一枚だけじゃ」

「だめ」

「ならばリコリスに頼む」

「リコも同じこと言うよ」

 モクは結局一枚もらえなかったが、代わりに木の実を多めにもらった。それで妥協したらしかった。

 出発したのは三日目の朝だった。

 いつもの採取道具に加えて、小さなテントと毛布を二枚。荷物をそれぞれ分けて、セレナと背負った。モクはリコリスの肩の上か袋の中かを行き来した。

 石橋を渡らずに、森の中をそのまま北へ向かった。村とは反対方向だ。道はすぐになくなり、木々の間を抜けながら進む。

 午前中は順調だった。

 セレナは遺跡への道よりさらに慎重に歩いた。転ばないと言った手前があるからか、足元をよく確認しながら進んでいる。リコリスは先を歩きながら、危うい場所があれば声をかけた。

「この根に気をつけて」

「分かった」

「この石は滑る」

「分かった」

「この葉は素手で触ると痒くなる」

「触らない」

 淡々としたやり取りが続いた。セレナが余計なことを聞かないのが、リコリスには歩きやすかった。落ち着いて集中できる。

 昼前に、空気が変わった。

 遺跡に近づいたときの変化と似ているが、もっと深い。湿度が上がり、草の匂いが重くなる。足元の苔がさらに厚くなって、踏むたびに音が消えた。

「魔力が濃くなってる」

「うん。増幅薬は飲んだよ」

「飲んだ。でも頭が少し重い感じがしてきた」

「それは魔力の流れが変わってるから。慣れれば落ち着く。もし酷くなったら言って」

 セレナは頷いて、それ以上は言わなかった。リコリスも自分の体を確かめた。頭痛はない。魔力の感覚がいつもより鋭い。周囲の草や木の魔力が、皮膚を通して感じられるくらいになっている。増幅薬が効いていた。

 モクが鼻を上向けた。

「匂いが強くなってきた」

「塔の方向は」

「まだはっきりしない。もう少し進めば分かる」

 昼食は歩きながらとった。固パンと干し肉を分けて、歩みを止めずに食べた。セレナが水筒を渡してきた。

「リコ、水」

「ありがとう」

「疲れてない?」

「大丈夫。セレナは?」

「全然。歩くの好き」

 好きかどうかで言えば、リコリスも嫌いではなかった。誰にも見られない深い森の中は、怖さよりも安心感の方が大きい。外の世界が怖いのは、人がいるからだ。人のいない場所は、怖くない。

 でも今は隣に人がいて、それも怖くなかった。

 不思議だと思いながら、先を進んだ。

 午後になって、木々の間に石造りのものが見えてきた。

 崩れた壁の残骸だった。苔に覆われていて、どこまでが石でどこからが地面か分かりにくい。それが続いていて、進むにつれて大きくなっていった。

「遺跡だ」

「ここより大きい遺跡が奥にあるのかもしれない」

 モクが耳を立てた。

「リコリス、西だ」

「西?」

「強い匂いがする。建物の、古い魔力じゃ」

 西へ向かった。崩れた石の間を抜けて、低い丘を登ると、視界が開けた。

 塔があった。

 高さは木々の倍以上ある。石造りで、外壁に古代の模様が刻まれている。上の方は雲に隠れていて、どこまで続いているか見えない。てっぺんが空島の雲より高いかもしれなかった。

 入口は大きな石の扉だった。扉の両側に柱があって、そこに刻まれた紋様が、かすかに光っている。

「これが、風の塔」

 リコリスは小声で言った。

「すごく高いね」

 セレナが素直に言った。

「こんなのどうやって作ったんだろう」

「千年以上前の技術だから、今とは違うやり方があったんだと思う」

「魔法で?」

「たぶん。詳しいことは分からないけど」

 モクが塔の外壁に飛び移った。古代文字を眺めながら、耳をそばだてている。

「封印されておる」

「封印?」

「扉に施錠の術式が刻んである。古い術式じゃが、まだ生きておる」

「解けるかな」

「リコリスの魔力と、この娘の飾りが両方必要じゃと書いてある」

 セレナがリコリスを見た。

「あたしも必要?」

「飾りに古代装置に反応する力があるから、たぶん鍵の代わりになる」

「やってみよう」

 セレナが扉に近づいた。リコリスもそれに続く。扉の表面に手を当てると、冷たかった。石の冷たさではなく、魔力を帯びたものの冷たさだった。

「飾りを扉に向けて」

「こう?」

 セレナが手首を扉に向けた。飾りが光り始める。同時にリコリスは魔力を流し込んだ。扉の模様が光に応えるように輝いて、低い音が鳴った。

 扉が動いた。

 内側へ、ゆっくりと開いていく。

 中は暗かった。でも、壁に埋め込まれた石が、進むにつれて順に光った。道を示すように、足元から上へと光が連なっていく。

「自動で光るんだ」

 セレナが言った。声が反響した。天井が高い。

「誰かを迎えるための仕組みだったのかもしれない」

「来るって分かってたのかな、誰かが」

「分からない。でも、こういう仕組みを作るということは、誰かが来ることを想定してた」

 塔の内部は、螺旋状の通路が上へ続いていた。足場が複数あって、風が吹くと動く仕組みになっている。風力で足場を動かして、上へ登れるようにしているらしかった。

「これ、登るの?」

 セレナが足場を見上げた。

「そのために来たから」

 リコリスは足場の端を確かめた。揺れる。頑丈ではあるが、足を踏み外したら落ちる。下を見ると、暗くて底が見えなかった。

 胃が縮んだ。

「魔女さん、顔が白い」

「高いところが苦手だって言ったよね」

「言ってた。あたしが先に歩く」

「うん」

 あっさり頼ってしまったが、今日ばかりはそれでいいと思った。セレナが先に足場に乗って、ゆっくりと試した。揺れは最小限だった。

「安定してる。来て」

 リコリスは足場に乗った。下は見なかった。前だけを見た。セレナの背中を見た。セレナが一歩ずつ確かめながら登っていく、その足取りを目で追った。

「大丈夫?」

「大丈夫」

「手、繋ぐ?」

「い、いい」

「繋いだ方が安心じゃない?」

「安心だけど、そうすると動きにくい」

「そっか」

 足場が風で動いた。リコリスは思わずセレナの外套の裾を掴んだ。

 セレナは振り返らなかった。ただ、歩みを少し緩めた。

 モクが宙を滑空しながら、二人の上を飛んだ。

「情けないのう、リコリス」

「うるさい」

「この高さよりはるかに高い空島へ行くことになるのじゃぞ」

「今は今のことだけ考える」

「ふむ。まあよい」

 足場が三つ、四つと続いた。

 五つ目を登りきったとき、風が強くなった。塔の上の方は吹き抜けになっていて、外の風が入ってくる。髪が揺れて、外套の裾が翻った。

 そして、視界が開けた。

 塔の頂上は、広い石の台になっていた。中心に古代の装置がある。歯車と水晶を組み合わせたような機構で、長く使われていないのに埃が積もっていなかった。魔力で保護されているのだろう。

 リコリスはその装置より先に、外を見た。

 塔の頂上から見える景色は、それまで見たことのないものだった。

 森が、ずっと遠くまで続いている。村の屋根が小さく見える。南には、さらに小さく、川の光が見えた。地上がこんなに広いのだと、リコリスは初めて知った。

 そして、雲の上に、空島が見えた。

 今まで下から見上げていたものが、今は同じ高さにあった。正確にはまだ上だったが、距離が違った。空島の輪郭がはっきり見えた。緑が見えた。遺跡の石造りが見えた。空を泳ぐ何かが、島の周りをゆっくりと回っていた。

「あそこから来たんだよ、きっと」

 セレナが言った。穏やかな声だった。

「そこに帰りたい?」

 リコリスは聞いた。

 セレナは少し間を置いた。

「帰らなきゃいけないのかもしれない。でも今は、まだ分からない。記憶がないから、あそこがあたしの場所だって実感がない」

「そっか」

「リコはあそこに行くの怖い?」

 リコリスは空島を見た。

 怖いかどうかと言えば、怖かった。ここよりずっと高い。地上ではない場所だ。知らない場所で、知らないことが起こるかもしれない。

「怖い」

「でも来てくれる?」

 来るかどうかをまだ決めていなかった。でも、聞かれたら答えは出た。

「うん」

 セレナが少し笑った。

 そのとき、塔の外壁から低い音がした。古代の装置が動き始めた音だった。装置の中心に光が集まって、渦を巻くように回る。

 セレナの飾りが強く光った。

 光の中に、映像が浮かんだ。

 白い髪の少女だった。

 空島の神殿に立っている。目を閉じて、両手を広げている。その周囲に、何かが集まってくる。光か、魔力か、判断できない。

 そして少女が目を開けた瞬間、映像が消えた。

「今の」

 セレナが自分の手首を見た。飾りの光が、まだ残っている。

「知ってる人?」

「分からない。でも、見たことがある気がする」

 初めてだった。セレナが記憶に似たものを口にしたのは。断片だったが、確かに何かに触れた顔をしていた。

 リコリスは装置を見た。まだかすかに動いている。これが空島への道を開く装置なら、今は準備ができていないが、いずれ使えるようになるかもしれない。

「今日はここまでにしよう。野宿の準備がいる」

「うん」

「あの映像のこと、もう少し考えよう。何か思い出すかもしれないから」

 セレナは頷いた。頷いてから、もう一度空島を見た。

 風が吹いて、二人の髪を揺らした。

 リコリスは下を見ないようにしながら、足場に足をかけた。帰りも怖かったが、来たときより少しだけましな気がした。

 理由は分からなかったが、たぶんそういうものだと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ