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森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


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第五章 森に来た騎士

 翌朝、森の外縁に人の気配がした。

 リコリスが気づいたのは、朝の採取から戻った直後だった。薬草の束を抱えたまま立ち止まって、耳を澄ませた。葉擦れの向こうに、草を踏む音がある。一人ではない。複数で、一定の間隔を保って動いている。獣の動き方ではなく、人間の、訓練された動き方だった。

「昨日の続きじゃな」

 モクが肩の上で耳を立てた。

「騎士団だと思う」

「村を包囲しておるわけではなさそうじゃが」

「森の周りを調べてるんだと思う。機械兵の痕跡を探してる」

 家に戻ると、セレナが窓の外を見ていた。リコリスが入ってきた気配に振り返る。

「外、人がいるね」

「気づいてた?」

「なんか音がして。どんな人?」 

「たぶん、昨日村で見た人たち。騎士団の関係者だと思う」

 そう言いながら、リコリスはもう一つの名前を思い出していた。

 グランベル。

 薬草売りの女が口にした、王都の貴族の名。魔女狩りの指令に関わっているという男。

 騎士団がただ森を調べに来ただけなら、まだいい。

 けれど、その後ろにあの名前があるのなら、森の家はもう安全な場所ではなくなる。

 セレナは少し考えた顔をした。怖がっているというよりも、状況を測っている顔だった。

「出てこないようにした方がいい?」

「今日は家にいて。わたしも採取は済ませたから、外に出る用事はない」

「分かった」

 素直に頷いたので、リコリスは少し拍子抜けした。もっと外に出たがると思っていた。

 午前中は薬作りをしながら、耳を外に向け続けた。騎士団の気配は森の外縁をゆっくりと移動していて、家の近くまでは来なかった。正確な場所を知らないのか、あるいは踏み込む判断を保留しているのか。

 昼前に気配が遠くなって、正午には聞こえなくなった。

 村へ戻ったのだろうとリコリスは判断した。が、安心はしなかった。一度目をつけられたなら、また来る。

 午後、セレナが薬草の仕分けを手伝いながら、ふと言った。

「ねえ、魔女さん」

「何」

「昨日の子、あの荷車の下にいた子、助かってよかったね」

「うん」

「魔法使ったの、正解だったと思う」

 リコリスは手を止めなかった。月草を丁寧に仕分けながら、返事を探した。

「でも見つかった」

「見つかったけど、助かった」

「騎士団が来てる」

「それはそれ」

 それはそれ、と言えるのが不思議だった。リコリスには分けられない。行動の結果は全部繋がっている。助けた、見つかった、追われる、危険になる。その連鎖が怖かった。

「怖くないの?」

「怖いよ」

 セレナはあっさり言った。

「怖いけど、あの場面でリコが何もしなかった方が嫌だった。あの子が泣いてるのに、助けられるのに助けないのは、もっと嫌だった」

 リコリスはその言葉を、すぐには答えられなかった。

 自分の中にも、同じものがあった。だから足が動いた。でも怖かった。セレナは怖いと怖くないを同時に持っていて、それを矛盾と思っていない。

 リコリスにはその感覚が、少しだけ羨ましかった。


 翌朝、騎士団がまた来た。

 今度は外縁ではなく、石橋のそばで止まっていた。リコリスが朝の採取に出ようとして、木々の隙間から見えた。白銀の鎧を着た人影が複数。橋の手前に立って、こちらを見ている。

 一番前に立っているのは、若い青年だった。二十歳前後に見える。真っ直ぐな立ち姿で、隙がない。騎士団の隊長格だろうと、リコリスはすぐに判断した。

 引き返そうとしたとき、声がかかった。

「そこにいる人」

 低く、よく通る声だった。

 リコリスは一瞬止まった。逃げるべきか。でも、逃げれば怪しまれる。普通の採取人のふりをするなら、普通に応じるべきかもしれない。

 振り返った。

「はい」

「この森に住んでいるのか?」

「近くに住んでいます」

「一人か」

「妹と一緒です」

 とっさに嘘をついた。セレナを妹と言うのは不自然かもしれなかったが、他に言い方が思いつかなかった。

 青年は一歩近づいた。鎧の装飾から見て、確かに上位の人物だった。顔は整っているが、表情が固い。感情を見せない訓練がされているのだと分かった。

「最近、この辺りで機械の音を聞いたか」

「聞きました。夜中に、森の奥の方から」

「怖くなかったか」

「怖かったです。何なんでしょうか?」

 できるだけ普通の答えを選んだ。知らない村人ならこう言う、という言葉を選んで並べた。青年はリコリスをじっと見た。

「この森に、魔女がいるという話を聞いた」

「噂では聞きますね」

「見たことはあるか」

「ないです」

 青年はまた黙った。リコリスは視線を逃がさないようにした。怯えた様子を見せると、それ自体が不自然になる。

「ありがとう」

 青年はそう言って、少し下がった。引き下がるのかと思ったとき、部下の一人が声を上げた。

「隊長、これを」

 部下が指さしたのは、リコリスの腰の薬袋だった。正確には、袋の口からわずかに見えているモクの木札だった。布の隙間から、古代文字が刻まれた端が覗いていた。

 しまったと思ったが、表情に出さなかった。

「それは何だ」

 青年の目が、木札に向いた。

「お守りです。もらったものなので、何が書いてあるか分からないですけど」

「見せてもらえるか」

 断る理由を探したが、見つからなかった。断った方が怪しい。リコリスは袋を開けて、木札を取り出した。モクは袋の奥に押し込まれていた。動かないでくれと念じながら、木札だけを差し出す。

 青年が受け取った。古代文字を眺める。読めるかどうかは表情から分からなかった。しばらくして、返してきた。

「珍しいものを持っているな」

「旅の人からもらいました」

「そうか」

 青年はそれ以上は聞かなかった。部下に何か指示を出して、橋の方へ向かった。

 リコリスは動かなかった。

 その背中を見ながら、胸の中で心臓が早く打っていた。気づかれなかった。たぶん。でも木札を見られた。古代文字を読める人間が騎士団にいれば、後で問題になるかもしれない。

 袋の中でモクが動いた。

「触るでないと言っておいたじゃろうに」

「緊急事態だったから」

「まあよい。切り抜けたのじゃから」

 切り抜けた。今のところは。

 家に戻ってセレナに話すと、セレナは真剣な顔で聞いた。

「その人、怖そうだった?」

「怖いというより、真面目な感じ。悪い人には見えなかったけど、任務に忠実なのは分かった」

「魔女を捕まえに来てるんだよね」

「そうだと思う」

「リコのことも、いつか分かっちゃうかな」

「近づけなければ大丈夫だと思う」

 そう言ったが、自信はなかった。木札を見られた。もし古代文字を調べる人間がいれば、魔女に関係するものだと分かる可能性がある。


 その日の夕方、外が騒がしくなった。

 遠くから、金属が木を打つ音がした。

 一度ではない。繰り返し、だんだん近づいてくる。

 機械兵だった。

 昼間は森の外縁にいなかったから、油断していた。リコリスは薬袋を引いて、窓から外を確かめた。木々の向こうに、光る目が見えた。一体。こちらへ真っ直ぐ向かってきている。

「また来た」

「昨日より早いね」

 セレナが隣に立った。手首の飾りを確かめて、光が抑えられていることを確認している。薬の効き目はまだある。でも、機械兵はすでにこちらの方向に向かっていた。

「飾りじゃなくて、昨日の痕跡を辿ってきたのかも」

「昨日の痕跡って」

「遺跡で採取したときの。あのとき魔力を少し使った。それが残ってたのかもしれない」

 セレナは少し考えた。

「逃げる?」

「様子を見て」

 機械兵は森に入ってきた。家の近くまで来ると、立ち止まった。頭部がゆっくりと動いて、周囲を探っている。センサーで魔力を追っているのだとすれば、家の中にいれば分からないかもしれない。

 リコリスは息を詰めた。

 機械兵が動き出した。家の方ではなく、南へ向かった。

 安堵した瞬間、別の音がした。

 橋の方から、馬の蹄の音が来た。それから声。騎士団だった。機械兵を追って、森に入ってきている。

 機械兵と騎士団が、家を挟んで両側から近づいてくる形になった。

「まずい」

 リコリスは状況を判断した。このままでは、どちらかと鉢合わせる。機械兵は引き返してこないとも限らないし、騎士団は森に慣れていないから道を外れることもある。

「外に出て、機械兵を別の方向へ誘導する」

「どうやって」

「魔力の痕跡を作る。機械兵がそれを追えば、騎士団から遠い方向へ引き離せる」

「でも、魔力を使ったらリコが見つかる」

「騎士団より機械兵を優先する。騎士団は後で対処できるけど、機械兵が暴れたら村まで被害が出る」

 セレナは一瞬だけ迷った顔をして、頷いた。

「分かった。あたしは何をする?」

「家にいて」

「リコひとりじゃ危ない」

「モクがいる」

「我は戦力にならんと言ったのはリコリスじゃ」

「今日は案内役として有能でいて」

 モクは不満そうに鼻を鳴らしたが、反論しなかった。

 外に出た。夕暮れの森は暗くなりかけていた。機械兵の金属音が東から聞こえ、騎士団の声が西からした。

 リコリスは東へ向かった。機械兵の動きを確かめながら、足元の石に魔力を流し込む。薄く、でも機械兵が感知できるくらいに。それを北へ向けて続けて、誘導路を作った。

 機械兵が方向を変えた。

 北へ向かっていく金属の音を確かめながら、リコリスは西へ引いた。騎士団の声がまだ聞こえる。早く家に戻らなければ。

 木々の間を抜けようとしたとき、前から人影が来た。

 白銀の鎧だった。

 朝の青年だった。一人で、松明を持って、真っ直ぐこちらへ向かってきていた。

 目が合った。

 今度は、誤魔化せなかった。足元の石がまだ薄く光っていた。魔力の痕跡が消えていなかった。

「魔女だったな」

 青年が言った。驚いた声ではなかった。確認するような声だった。

「朝から疑っていた」

「そうですか」

「今のは何をした」

「機械兵を村から遠ざけました」

 言ってから、言わなくてよかったかもしれないと思った。でも、嘘をつく気になれなかった。

 青年は松明を持ったまま、動かなかった。リコリスを捕らえようとする動きをしていない。ただ見ている。

「機械兵を制御できるのか」

「できないです。誘導しただけ。村の方へ行かれると困るから」

「なぜ村を気にする」

「人がいるから」

 青年はその答えを聞いて、少し黙った。

「魔女は災いを呼ぶ存在だと聞いている」

「知ってます」

「君はどう思う」

 リコリスは答えに詰まった。

 そのとき、後ろから枝を踏む音がした。

 振り返ると、セレナが走ってきた。

「リコ」

「来ちゃだめだって言ったのに」

「ひとりの方が危ないから」

 セレナはリコリスの隣に立って、青年を見た。青年がセレナを見た。

 セレナの手首の飾りが、かすかに光った。

 その光を見た瞬間、遠くで機械兵の動きが止まった。

 一瞬の沈黙の後、機械兵が向きを変えた。誘導路を無視して、こちらへ向かってくる音がした。

「飾りを隠して」

 リコリスはセレナに言いながら、青年を見た。

「機械兵が来ます。村の人たちに知らせた方がいい」

「私を信じると言うのか」

「信じるんじゃなくて、事実を言ってるんです。機械兵が来る。村の人を逃がしてください」

 青年は一瞬だけ迷った顔をした。それから部下を呼ぶ声を上げて、村の方向へ走り出した。

 機械兵が木々を割って現れた。

 リコリスは前に出た。薬袋から煙霧薬を取り出しながら、どう動くかを判断した。正面からは止められない。誘い込んで、遠ざける。

 セレナが横に並んだ。

「あたしが囮になる」

「だめ」

「飾りに反応するんでしょ。あたしが動いた方向に追いかけてくる。リコが別の方向へ誘導路を作れば、挟み込める」

 理屈は合っていた。でも、セレナを危険な位置に置くことになる。

「走れる?」

「走れる」

「転んだら終わりだから」

「転ばない」

 機械兵が近づいてくる。リコリスは薬袋を持ち直した。

「東へ走って。向こうの大きな岩の後ろで止まって」

「分かった」

「転んじゃダメだからね」

「うん」

 セレナが走り出した。機械兵の頭部がセレナを追った。予想通りの反応だった。

 リコリスは逆方向へ回り込みながら、魔力の痕跡を機械兵の足元に向けて流した。誘導路を短く、鋭く作る。機械兵が止まった。頭部がセレナとリコリスの間で揺れた。

 どちらを追うか判断している。

 リコリスは痕跡を強くした。機械兵がこちらへ向いた。

 そのまま引き込んで、南へ逃げながら誘導路を切った。機械兵が止まる。慣性で数歩進んで、また止まる。

 森の奥の方へ向けて、新しい痕跡を作った。機械兵がそれを追って、北へ向かっていった。

 金属の音が遠くなった。

 リコリスは膝に手をついて、息を整えた。

 東からセレナが戻ってきた。走ってきたわりに、息はそれほど乱れていなかった。

「うまくいった」

「うん」

「すごいね、リコ」

「次は来ないで」

「来た方が良かったでしょ」

 それは、そうだったかもしれなかった。

 モクが木の枝から降りてきた。

「隊長とやらは村へ向かったようじゃ。機械兵も今は遠い」

「今夜は大丈夫だと思う」

「思う、か」

 モクが耳を揺らした。

「思う」

 リコリスは短く返した。


 家へ向かう途中で、リコリスは足を止めた。

 橋のそばに、白銀の鎧の人影があった。村へ行ったはずの青年が、戻ってきていた。一人で、松明を持たずに立っていた。

 目が合った。 

 青年はしばらくリコリスを見て、それから森の奥、機械兵が消えた方向を見た。

 何かを言うのかと思ったが、言わなかった。

 踵を返して、村の方へ歩いていった。

 捕らえに来なかった。理由は分からない。迷いがあったのか、証拠が足りなかったのか、それとも別の何かが働いたのか。

 リコリスには分からなかったが、今夜はそれでいいと思った。

 家に入って、暖炉に火を入れた。セレナが鍋を持ち出して、夕食の準備を始めた。モクが木の実を三つ要求して、リコリスが二つしか渡さなかった。

 いつもと同じような静かな夜が始まった。

 ただし、明日はまた変わるだろうと、リコリスは思っていた。


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