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森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


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第三章 星屑きのこと初めての共同作業

 翌朝、リコリスが目を覚ますとセレナはすでに起きていた。

 毛布をきちんと畳んで、窓際に座って外を見ている。朝の光が金の髪に当たって、少し眩しかった。

「おはよう、魔女さん」

「おはよう。もう起きてたんだ」

「うん。あんまり眠れなくて」

 リコリスは返事をしながら、暖炉に火を入れた。昨夜の機械兵の足音は、夜中のうちに遠ざかった。今朝は森が静かだった。鳥の声がして、葉擦れがして、いつも通りの朝だった。

 だからといって、安心はできないとリコリスは思っていた。

 湯を沸かしながら、傷の具合を確認した。昨日塗った薬が効いて、出血は完全に止まっている。頭の傷も塞がりかけていた。体を動かすぶんには問題ない、というところまで来ていた。

「今日から外に出てもいい?」

 セレナが聞いてきた。昨日の約束を覚えていたらしい。

「近いところなら」

「どのくらい近い?」

「家から見えるくらい」

 セレナは少し考えた。

「それって、ほとんど庭じゃない?」

「庭と薬草畑の境目くらいまでは行けるよ」

「少しずつ遠くなるやつ?」

「そう」

 セレナはしばらく唇を尖らせていたが、やがて「分かった」と言った。無理を言わないのは助かったが、諦めたわけでもないのがその顔から分かった。

 朝食を終えてから、リコリスは薬棚を開けた。

 本当は今日、遺跡の採取に行くつもりだった。森の奥にある古い石組みの跡で、そこには星屑きのこが生えている。月に一度しか採れないもので、今月の採取期限は今日明日しかない。

 問題は、行くのに魔力を増幅する薬が必要なことだった。

 遺跡の周辺は昔から魔力が濃く、素の状態で入ると頭痛がひどくなる。増幅薬を飲んでおくと、魔力の流れに馴染んで体への負担が減る。リコリスは毎回それを使っていたが、先月の残りを使い切ってしまっていた。

 今日作るつもりだったのに、セレナを連れ帰ってから、そんな余裕はなかった。

「何してるの?」

 セレナが後ろから覗き込んだ。

「薬の材料を確認してた。今日作りたいものがあって」

「何の薬?」

「採取に行くときに飲む、魔力増幅薬。材料は揃ってるんだけど、作るのに少し時間がかかる」

「採取って、遠いの?」

「森の奥。普通に入ると魔力が濃くて具合が悪くなる場所」

 セレナは「ふうん」と言って、小首を傾げた。

「あたしも行っていい?」

「怪我が」

「動けるよ。昨日より全然いい」

「でも無理は」

「遠かったら引き返す。それじゃだめ?」

 リコリスは材料を並べながら、少し考えた。ひとりで行くより、誰かいた方が安全なのは確かだ。特に今、森に機械兵がうろついているなら。とはいえセレナを連れて行って、もしものことがあれば。

「我も行く」

 モクが棚の上から言った。

「三人なら多少は心強いじゃろ」

「モクは戦力にならないでしょ」

「我の魔力探知を舐めるでない。危険な場所は鼻で分かる」

 それは確かに役に立つ。リコリスは小瓶を卓に並べながら、ため息をついた。

「セレナが無理だと思ったら、すぐ言って」

「言う」

「本当に?」

「本当に。あたし、無理するの好きじゃないから」

 その言い方が妙に素直で、リコリスは少し拍子抜けした。

 増幅薬の材料は揃っていた。霧晶の粉、星草の露、それから月石を砕いたもの。三つを決まった順番で混ぜて、弱火で溶かし合わせる。焦がすと効き目が落ちるから、目を離せない。

 かき混ぜながらリコリスが横を見ると、セレナが真剣な顔で鍋を覗いていた。

「触らないで」

「触ってない。見てるだけ」

「熱いから近づきすぎないで」

「分かってる」

 それでもセレナは少ししか離れなかった。蒸気が揺れるのを目で追いながら、「きれいな色」と呟いた。薄く青みがかった液体が、かき混ぜるたびに光の筋を作る。

「星草の露が入ってるから」

「星草って、どんな草?」

「夜に光る。葉が細くて、触ると少し冷たい。森の中の、水が湧いてるところに生えてる」

「見てみたい」

「遺跡の近くに群生してるとこがあるよ」

「じゃあ今日見られる?」

「たぶん」

 セレナが嬉しそうに笑った。リコリスは鍋に視線を戻しながら、その笑い方が少し気になった。何かあるたびに素直に喜ぶので、こちらも気を抜いてしまいそうになる。それが困る、というわけではないが。

 薬が完成したのは昼前だった。小瓶三本に分けて、ひとつをセレナに渡した。

「飲んでから三刻は効き目が続く。それより長く遺跡にいるつもりはないから大丈夫だと思うけど」

「味は?」

「少し草っぽい」

 セレナはためらいなく飲んだ。少し眉を寄せたが、文句は言わなかった。

「草っぽいね」

「言ったよ」

 リコリスとモクも飲んで、採取道具をまとめた。布袋、小刀、布手袋、保存用の小瓶。それからいつもより多めに薬も持った。万が一のために。

 出発したのは昼過ぎだった。

 森の奥へ続く道は、道というほどのものではない。踏み固めた跡が微かにあるだけで、知らない人間が入ればすぐに迷う。リコリスは長く住んでいるから全部頭に入っているが、セレナには分からないだろうと思って、前を歩いた。

「この木、すごく大きいね」

 セレナが太い幹を見上げて言った。根元が人三人分くらいある、古い広葉樹だ。

「千年は経ってると思う」

「千年」

「森はそういう木が多い。手をつけてないから」

「切ったりしないの?」

「ここでは切らない。ここの木を切ると、薬草の生える場所が変わるから」

「そういうもんなんだ」

 セレナは歩きながら、あちこちを見ていた。頭上に伸びる枝、足元に広がる苔、木の幹に張りついた地衣類。何でもないものを次々と見つけては、その都度立ち止まる。

 リコリスは最初それに合わせて歩調を緩めていたが、途中から自分もそこに目が向くようになった。毎日歩いている道なのに、他の人間と一緒だと見え方が違う。

 モクは二人の少し先を行ったり、木の枝に飛び乗ったりしながら、要所要所で立ち止まって鼻を動かした。

「今のところ、おかしな気配はない」

「機械兵は?」

「少なくとも近くにはおらん」


 遺跡に近づくにつれて、空気が変わった。湿度が上がり、草のにおいが濃くなる。足元の苔が厚くなって、踏むたびにふかふかとした。

 セレナが足を止めた。

「ここ、なんか違う感じがする」

「魔力が濃いから。増幅薬が効いてれば体は問題ないけど、気配は感じると思う」

「悪い感じじゃない。なんか、深いというか」

 リコリスは少し意外に思った。普通の人間は、魔力の濃い場所に入ると不安を感じることが多い。見えない何かに圧迫されるような感覚がするのだと、師匠が言っていた。

 セレナは怖がっていない。不思議そうにしているが、脅かされている顔ではない。

 それは飾りのせいかもしれないし、そういう人なのかもしれなかった。

 遺跡はもうすぐだった。

 木々が開けると、苔に覆われた石組みが見えてくる。崩れた柱、沈んだ床石、ところどころに彫られた古い模様。使われなくなって久しい場所の、静かな残骸だ。

 その石組みの隙間に、星屑きのこは生えていた。

 傘が小さく、白みがかった銀色で、光のない場所でもうっすらと光って見える。一本ずつは細いが、群生しているとそれが幻想的な光の粒に見えた。

「わあ」

 セレナが声を漏らした。

「きれい」

「光るのは魔力を帯びてるから。夜はもっとよく見える」

「採るの?」

「うん。でも根元から引き抜かないで、柄のところを小刀で切る。根を残すと来月も生えるから」

「教えて。あたしも手伝う」

 リコリスは手袋をセレナに渡して、小刀の使い方を示した。力を入れすぎない、角度は水平に近く、傘を傷めないように持つ。一度やってみせると、セレナはすぐに真似た。

 最初の一本は少し柄が長すぎたが、二本目からは丁寧に揃えてきた。飲み込みが早い。

 二人で並んで、石組みの隙間を順に進んだ。リコリスが見つけた群生をセレナに教え、セレナが切り取った分をリコリスが瓶に詰める。手分けしたことで、いつもより早く進んだ。

 静かな作業だった。

 黙っていても気まずくないのは、セレナが集中しているからだろうと思った。会話が途切れても、次の言葉を探す雰囲気がない。

 リコリスはそういうことが苦手だったので、それが楽だった。

 星草の群生を見つけたのは、採取の半ばを過ぎた頃だった。

「あ、これ」

 セレナが足を止めた。石の陰に、細い葉が密集している。夜でないから光っていないが、葉の縁が少し透けていた。

「そう。星草」

「触っていい?」

「手袋してるなら」

 セレナはゆっくりと手を伸ばした。細い葉が指に触れると、かすかに揺れた。

「冷たい」

「昼間でも、ここの水は冷たいから」

「水が地面の下に流れてるの?」

「遺跡の石組みの下に、古い水路があるみたい。だからここだけ湿度が高い」

「古い水路」

 セレナは石の床を見下ろした。苔の下に、確かに石畳が沈んでいる。

「誰かが作ったんだね、昔」

「千年以上前だと思う。星落ちの前の時代に作られたものじゃないかって、師匠が言ってた」

「星落ち」

 セレナがその言葉を繰り返した。記憶がないから知らないのかもしれないが、何かに引っかかった顔をしていた。

「……白い光」

「え?」

「今、少しだけ見えた気がした。空が白くて、誰かがあたしの手を握ってて」

 セレナは眉を寄せた。

「でも、すぐ消えた」

「無理に思い出さなくていい」

「うん。分かってる。でも、知らない言葉じゃない気がする」

「世界が三つに分かれた出来事。空島も、そのときできたって言われてる」

「そっか」

 セレナはしばらく星草を見ていたが、やがてリコリスを見た。

「空の上って、どんなだろう」

 リコリスには分からなかった。空島を見上げることはあっても、上がったことはない。雲より高いところに、遺跡が浮いている。それだけは知っているが、どんな景色なのかは想像しかできない。

「分からない。行ったことないから」

「魔女さんも行ったことないんだ」

「怖いし、行き方も知らない」

「怖い?」

「高いところが苦手で」

 セレナはそれを聞いて、また少し笑った。笑い方が意地悪ではなくて、ただ面白いと思っている顔をしていた。

「魔女なのに?」

「魔女でも苦手なものくらいある」

「そっか。じゃああたしが先に歩く」

「どこを」

「高いところ」

 リコリスはそれに返事をしなかった。

 採取を再開しようとしたとき、モクが低く唸った。

「リコリス」

 声が変わっていた。さっきの探知するときの低さではなく、もっと硬い。

 リコリスは顔を上げた。

 石組みの向こうで、何かが動いている。草を踏む音がして、次に金属が石に当たる硬い音がした。

 機械兵だ。

 セレナも気づいたらしく、立ち上がって振り返った。その動作に合わせて、手首の飾りがかすかに光る。

 セレナの表情が、一瞬だけ固まった。

「……あの足音、知ってる」

「思い出したの?」

「違う。覚えてるわけじゃない。でも、体が先に怖がってる」

「セレナ、飾りを隠して」

「え」

「袖で隠して、光らせないようにして」

 セレナはすぐに従った。袖を引いて、飾りを覆う。光が薄くなった。

 石組みの向こうから、重い影が近づいてくる。人の形をした金属の体が、木々の間から見えた。一体。いや、もう一体。

「二体いる」

 モクが囁いた。

 リコリスは採取道具を素早く袋にまとめた。逃げる準備だけして、けれどすぐには動かなかった。機械兵の動きを見る。まっすぐこちらへ向かっているわけではない。周辺を探っているような動き方だった。

 まだ見つかっていない。

「そーっと後ろへ」

 声を落として、セレナとモクに目配せした。セレナが頷く。みんな音を立てないように石の陰へ移動した。

 機械兵のひとつが、星草の群生に近づいてきた。足で踏みつぶす無造作な動き方で、星草が折れる音がした。リコリスは思わず眉を寄せた。

 そのとき、セレナが足を滑らせた。

 苔で濡れた石の端に乗ってしまったのだ。体が傾き、倒れる前にリコリスが腕を掴んだ。が、倒れなかった代わりに、石がひとつ転がった。

 乾いた音が、遺跡に響いた。

 機械兵が止まった。頭部がゆっくりと、こちらへ向く。

 見つかった。

 リコリスは考える間もなく、懐から薬瓶を取り出した。中身は煙霧薬。霧苔を主原料にした、視界を狭める薬だ。普段は採取中に獣に遭遇したときのためのものだが、今は使うしかない。

 石畳に叩きつけると、白い煙が広がった。

「走って」

 セレナの手を引いて、来た方向へ駆ける。モクが宙を滑空しながらついてきた。機械兵が動き出す気配がした。金属の足が石を踏む音が、煙の中から聞こえる。

 木々の間に入ると少し暗くなった。リコリスは足元だけ光の魔法をかけながら、道を引き戻した。セレナは転ばずについてきた。

 機械兵の足音が、どんどん遠くなった。

 煙霧薬は機械兵の目には効かないかもしれないが、においを遮断する効果もある。追跡を撒けたかどうかは分からないが、今のところ追いついてくる様子はない。

 木々が深くなって、遺跡が完全に見えなくなったところで、リコリスたちは立ち止まった。

 息を整えながら、リコリスはセレナを見た。転んだとき少し足をついたかもしれない。

「怪我してない?」

「してない。ごめん、足滑らせた」

「いいよ。でも次は気をつけて」

「うん」

 セレナは膝についた苔を払いながら、少し俯いた。

「あたしのせいで危なかった」

「あなたのせいじゃない。あれが勝手に来ただけ」

「でも」

「でも何?」

 セレナは顔を上げた。

「魔女さんが、助けてくれた。また」

 リコリスは返事をするのが遅れた。また、という言葉が、昨日と一昨日のことを引いてきた。

「採取できたから良かった」

 それだけ言って、袋を確認した。星屑きのこは、瓶の中で穏やかに光っている。半分以上は採れていた。

 モクが肩に乗って、耳を後ろへ向けた。

「追ってはこんようじゃな」

「遠ざかってる?」

「今のところは。ただし、あの機械は諦めるようには見えんかった」

「また来る?」

「来るじゃろ。ただ、今日ではないと思う」

 リコリスは森の方向を振り返った。遺跡はもう見えない。木々の向こうに、穏やかな空気がある。

「帰ろう」

 セレナに言うと、セレナは頷いた。それから少し考えてから、また口を開いた。

「ひとつ聞いていい」

「何?」

「あの飾りが光ると、機械兵が来るんだよね」

「たぶん」

「どうすれば光らなくなる?」

 リコリスは少し考えた。昨夜の穏やかな光と、遺跡でのあの光は種類が違う気がした。何かに反応して強くなる。古代の装置が近くにあるとき、あるいはセレナ自身の感情が動いたとき。

「今のところ分からない。調べてみる」

「調べ方が分かるの?」

「分からないけど、やってみる」

 セレナはそれを聞いて、少し黙った。

 それから、穏やかな声で言った。

「魔女さんって、頼りになるね」

 リコリスはまた返事が遅れた。

 そういうことを言われ慣れていないので、どこを見ればいいか分からなくなって、結局前を向いたまま歩き続けた。

 家に帰ってから、星屑きのこを薬棚に並べた。瓶の中でも光は消えない。これを使えば、セレナの飾りに似た反応を調べる薬が作れるかもしれない。

 まだ分からないことだらけだった。

 でも、今日は採れた。それでいいと思った。

 セレナが棚を覗き込んで、「きれい」とまた言った。

 モクは木の実パンを要求した。

 いつもと違う夕方が、穏やかに暮れていった。


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