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森に引きこもる魔女ですが、空から落ちた少女を拾ったら空島の封印に巻き込まれました~薬草を煮ながらもふもふけものと世界を直します~  作者: 明石竜


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第十四章 帰れない空島

 結び直す魔法の練習は、思ったより難しかった。

 エルシアが教えた基礎は、自分の魔力を押し出すのではなく、周囲に流れている魔力の動きを読んで、それに乗るように動かすというものだった。川の流れに棒を差し込んで向きを変えるような感覚だと、エルシアは言った。

 でも、リコリスには最初、その流れが読めなかった。

 魔法を使うとき、リコリスはいつも自分の中から力を出していた。薬を調合するとき、光の魔法を使うとき、誘導路を作るとき、全部が自分から外へ向かう動きだった。それを逆にする、というより、向きそのものを変えるような感覚が、最初は掴めなかった。

 三日間、庭で練習した。

 エルシアが横で見ていて、時々直した。セレナは少し離れたところで素材の整理をしながら、時々こちらを見た。モクは屋根の上で見物していた。

「力を抜いて」

「抜いてる」

「まだ押し出そうとしてる。流れに乗るんだよ、流そうとするんじゃなくて」

「流れに乗る感覚が分からない」

「目を閉じて、足元の土の中を感じてみて」

 言われた通りにした。目を閉じると、足の裏から微弱な振動が伝わってきた。地面の中を、何かが流れている。水ではなく、魔力だった。普段は気にしていなかったが、意識を向けると確かにある。

「感じた?」

「感じた」

「その流れに、指先を合わせてみて」

 難しかった。でも、三度目に、何かが繋がった感覚があった。指先から地面に向けて、押し出さずに、ただ触れる。流れが指先に入ってきた。

「そう。その感覚」

 目を開けると、足元の草が少し揺れていた。魔力が動いた証拠だった。リコリスが動かしたのではなく、流れが変わった。

「できた?」

「できたかもしれない。でも、まだ弱い」

「弱くていい。繰り返せば強くなる」

 繰り返した。

 四日目には、草だけでなく地面に埋まった石の魔力にも触れられるようになった。五日目には、流れを少し変えることができた。六日目には、変えた流れを元に戻すこともできた。

 七日目の朝、エルシアがリコリスを庭に呼んだ。

「今日、試す」

「何を」

「結び直す魔法を、崩れたものに使う」

 エルシアは庭の隅の石組みを指した。師匠が昔作ったもので、魔力を通す導管になっていた。でも、リコリスが管理できなくて、何年か前から魔力が漏れていた。

「あそこを直せたら、炉でも使えるはずだよ」

 リコリスは石組みに近づいた。目を閉じて、流れを読んだ。石組みの中を通るはずの魔力が、途中で外へ漏れていた。漏れている場所は一か所ではなく、三か所あった。

 流れに乗る。押し出さない。漏れている場所の手前で流れを緩めて、正しい向きを示す。

 一か所目を試みた。

 流れが少し変わった。漏れが小さくなった。でも消えなかった。もう一度。今度はもう少し丁寧に。流れの向きを、元あった方向へ、そっと戻す。

 漏れが消えた。

「一か所」

「続けて」

 二か所目。三か所目。同じ手順を繰り返した。三か所目は漏れが大きくて、二回やり直した。でも、消えた。

 目を開けると、石組みが少し光っていた。魔力が正しく通り始めた証拠だった。

「できた」

 エルシアが頷いた。

「炉でも、同じことをする。規模は大きいけど、原理は同じ」

「グランベルたちがいる間は、できない」

「だから、遠ざける必要がある」

「エルシアが言っていた、工夫というのは」

「準備ができた。今夜話す」


 その夜、みんなで卓を囲んだ。

 エルシアが話した。グランベルの本拠は王都にある。村に来ているのは一時的な調査のためで、長居はしないと思われる。ただし、アルヴィンに魔女の捜索を継続させているなら、騎士団は残る可能性がある。

「グランベルを村から遠ざけるには、王都に問題を作る方法がある」

「何の問題を」

「グランベルが行ってきた魔女狩りには、裏の目的がある。表向きは王国の安全のためだが、実際は魔力の収集だった。その証拠を、王都の別の貴族に渡す」

「証拠を持っているんですか」

「持っている。三年間で集めた。足りない部分は、坑道で見てきた話で補える」

 リコリスは坑道でのことを思い出した。炉の近くで採った星鉱石の変質も、証拠になる。

「証拠を渡す相手は」

「グランベルと対立している派閥がある。王都の中でも、魔女狩りのやり方に疑問を持っている者がいる。そこへ渡す」

「アルヴィンには」

 エルシアはリコリスを見た。

「グランベルの本当の目的を、アルヴィンに知らせるつもり?」

「知らせた方がいいと思っています。アルヴィンは任務に忠実な人間だから、任務の前提が崩れれば、動き方が変わる可能性がある」

「アルヴィンが動き方を変えた結果、リコに向かってくることもある」

「そのリスクは考えてます。でも、グランベルの目的を知っても動き方を変えない人間なら、最初から味方にはなれない。知って変わるなら、可能性がある」

 エルシアは少し考えた。

「分かった。アルヴィンへの話はリコに任せる」

「任せてもらえるんですか」

「リコが直接話した方が、効果がある。私が話すより、何度も会ってきたリコが話す方がいい」

 それは合っている気がした。アルヴィンとは、何度も言葉を交わしてきた。最初の対立から、少しずつ変わってきた。その積み重ねがある。

「グランベルを村から動かすのと、アルヴィンへの話し合いと、炉の修復を同時にはできない」

「同時にはしない。順番を決める」

「どれから」

「グランベルから。証拠を王都へ送る。それでグランベルが村から動けば、炉が手薄になる。その間に炉を修復する。アルヴィンへの話は、その前後どちらでもいい」

「エルシアが証拠を王都へ届けるんですか?」

「私は届けない。届ける者が別にいる。信頼できる商人で、王都への行き来がある」

 準備が整っていた。三年間で、こういう布石を打っていたのかとリコリスは思った。やり方を間違えた、とエルシアは言っていた。でも、動いていなかったわけではなかった。

「それが動き出すのはいつですか?」

「明日の朝、商人に連絡を入れる。三日後には王都へ向かうはず」

「三日後」

「その間は、グランベルを刺激しない。動かない」

 リコリスは頷いた。

 セレナがじっくり聞いていた。話が終わると、ゆっくり口を開いた。

「あたしは、この間に何をすればいい?」

「セレナは、空島に戻れる準備をしておいてほしい」

 エルシアが頼んだ。

「空島に?」

「グランベルが炉から追い出されたとき、装置が不安定になる可能性がある。そのとき、空島から封印を補強できる者がいれば助かる」

「ノルンがいます」

「ノルン一人では限界がある。セレナも必要になるかもしれない」

 セレナはリコリスを見た。リコリスもセレナを見た。

「空島に戻ることになる?」

「なるかもしれない」

「でも、儀式じゃなくて?」

「儀式ではなく、補強。違う」

「どのくらい違う?」

「儀式は封印を作り直す。補強は、今ある封印を支える。代償の度合いが、全然違う」

 セレナは少し安堵した顔をした。リコリスも同じ気持ちだったが、顔に出さなかった。

「分かった。準備する」


 翌朝、エルシアが商人への連絡に出かけた。

 二人と一匹になって、リコリスは薬の準備を進めた。炉の修復薬を追加で作る。今度は試作ではなく、本番用に。成分の比率を少し変えて、効果が長続きするように調整した。

 セレナは風の塔へ行くための準備をした。食料の確認、飾りの状態の確認、増幅薬の残量確認。

「我も行く」

 棚の上から、モクが言った。

「危ないよ」

 リコリスが顔を上げると、モクは当然のように胸を張った。

「危ないから行く。おぬしらを一人にする方が危ない」

 その論理はいつも同じだったが、いつも正しかった。

 三日間は穏やかに過ぎた。

 グランベルは村の宿にいた。ミラからの話では、毎日少人数で出かけているとのことだった。坑道方向か、あるいは騎士団との連絡か。

 アルヴィンは、森の周辺を調査しているらしかった。ミラは「隊長さん、何かを一生懸命考えてる顔をしてる」と言っていた。


 三日目の夕方、エルシアが戻った。

「商人が出発した。五日後には王都に着く」

「五日後に、証拠が届く」

「届いてからグランベルに連絡が入るまで、さらに一日か二日かかる。合わせて一週間以内には、グランベルが村を出ると思う」

「一週間」

「その間に、アルヴィンへ話しかけてほしい。グランベルが去る前に、アルヴィンの立場を明確にしておきたい」

 リコリスは頷いた。


 その夜、明日の動きを考えながら横になった。

 眠れなかった。

 アルヴィンに話すことは、決めていた。何を話すかも、大体の順番は考えていた。でも、話した結果がどうなるか、分からない。

 整理できていないと、アルヴィンは言っていた。整理が進んでいれば、話を聞いてくれるかもしれない。まだ進んでいなければ、捕らえようとするかもしれない。

 どちらになるか、話してみないと分からない。

 分からないまま、朝が来た。

 リコリスは顔を洗って、外に出た。

 石橋の向こうを見ると、アルヴィンがいた。

 一人だった。橋の手前に立って、森の方を見ていた。毎朝ここに来ているのか、それとも今日たまたまいるのか。

 どちらでもいいと思った。

 どうせ話しかけるなら、今でいい。

 リコリスは石橋を渡った。

 アルヴィンが振り返った。

「また来た」

「話したいことがあります」

「聞こう」

 短かった。構えなかった。リコリスは少し意外に思いながら、続けた。

「グランベルのことです」

 アルヴィンの表情が少し変わった。固くなったが、閉じてはいなかった。

「グランベルをご存知なのか」

「坑道で見ました」

「坑道へ入ったのか」

「入りました。中でグランベルの部下と、グランベルを見ました。炉の近くで、魔力を抽出する作業をしていた」

 アルヴィンは少し黙った。

「グランベルの指示で動いているのは知っている。だが、魔力の抽出という話は」

「知らなかった?」

「魔女狩りの目的は、王国の安全を守るためだと聞いていた」

 やはり知らなかった。リコリスは続けた。

「魔女狩りで集めた魔力を、古代装置の制御に使おうとしています。封印を守るためではなく、支配するために」

「証拠は」

「エルシアという魔女が、三年分の証拠を持っています。今、王都の別の貴族へ届けています」

 アルヴィンは黙った。長い沈黙だった。リコリスは待った。

「もし、それが本当だとしたら」

「本当です」

「私は、間違った任務を遂行していたことになる」

「意図してではない。でも、結果として」

 アルヴィンは川の方を見た。橋の下を水が流れている。

「家族を失ったのは、魔女のせいだと思っていた。だから、魔女は危険だと信じていた」

「その思いは、理解できます」

「だが、機械兵が村へ向かったのを止めたのは、あなただった」

「そうです」

「グランベルが、機械兵を使っているのか」

「使っています。セレナを追わせている。セレナが封印の鍵だから」

 アルヴィンはしばらく川を見ていた。

「……あの方の命令は、いつも正しすぎた」

「正しすぎた?」

「疑う余地がない形で下される。魔女は危険だ。封じなければならない。逆らえば、村を危険に晒すことになる。そう言われれば、誰も反論できない」

 アルヴィンの声が、低くなった。

「だが今思えば、反論できない命令ほど、危ういものはない」

 それから、リコリスの方を向いた。 

「信じると決めた場合、私には何ができる」

 来た、とリコリスは思った。閉じていなかった。整理が進んでいた。

「グランベルが村を出た後、炉の修復に行きます。その間、騎士団の目を別の方向に向けてほしい」

「騎士団に、偽の情報を」

「騎士団がグランベルの目でないなら、そこまでしなくていい。ただ、炉へ向かう間、誰にも追われたくない」

「分かった」

 アルヴィンは短く言った。

「条件がある」

「何ですか」

「終わったら、話を聞かせてほしい。全部を。魔女が何者で、封印が何で、グランベルが何をしていたか」

「話します。全部」

 橋の上を風が渡った。

 リコリスはアルヴィンを見た。硬い顔のままだったが、さっきとは違う硬さになっていた。決めた者の顔をしていた。

「一つ、聞いていいですか」

「何を」

「家族を失ったのは、どんな経緯でしたか」

 アルヴィンは少し間を置いた。

「十二年前、村が機械兵に襲われた。そのとき、古代の機械が暴走して、何人かが亡くなった。魔女が機械兵を呼んだと言われた」

「でも実際は」

「今思えば、グランベルが関係していたのかもしれない」

 アルヴィンの声は平坦だったが、その平坦さが、何かを押さえている証拠だった。

「ごめんなさい」

「なぜあなたが謝る」

「あなたが間違えた方向を向いてしまったことに、魔女も関係していたから」

「それは違う。魔女が原因ではなく、グランベルが原因だったとしたら、恨む相手が違っていただけだ」

「でも」

「謝らなくていい」

 アルヴィンは橋を渡り始めた。村へ向かう。途中で一度止まって、振り返った。

「リコリス」

「はい」

「名前で呼んだのは、初めてだな」

「そうですね」

「次に会うときも、名前で呼ぶ」

 それだけ言って、村へ向かった。

 リコリスは橋の上に立ったまま、その背中を見送った。

 思ったより、前に進んだ。思ったより、アルヴィンは変わっていた。いや、変わったのではなく、最初からそういう人だったのかもしれない。整理できていない部分が、少しずつ整理されていっただけで。

 家に戻ると、セレナが外で空を見ていた。

「どうだった?」

「うまくいったと思う」

「アルヴィン、信じてくれた?」

「信じると決めた、と言っていた」

「違うの?」

「信じるより、決める方が、あの人らしい」

 セレナはそれを聞いて、笑った。

「リコって、人のことをよく見てるよね」

「見ないと怖いから」

「怖い?」

「知らないものは怖い。だから見る。見ると、少しだけ怖くなくなる」

 セレナは空を見た。

「グランベルが動いたら、空島に行く」

「そうなると思う」

「リコも来る?」

「炉の修復が終わったら、行く」

「一緒に行けるといいね」

「そうなるように動く」

 空が晴れていた。

 雲の上に、今日も空島が見えた。遠くて、高くて、でも確かにある。

 リコリスはそれを見ながら、一週間後を考えた。グランベルが動く。炉へ向かう。修復する。その後、空島へ。

 一つずつやれることをやる。それだけだと、リコリスは思った。


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