第十二章 魔女狩りの真実
家に戻ってすぐ、リコリスは星鉱石の分析を始めた。
坑道で採ってきた欠片を、細かく砕いて成分を調べる。通常の星の欠片と比較するために、遺跡で以前採取した欠片も出してきた。並べて、それぞれを試薬に浸す。
色が違った。
通常の欠片は試薬に浸すと青く変色する。炉の近くで採った鉱石は、緑がかった茶色になった。魔力の成分が変質している証拠だ。本来の流れとは違う方向に魔力が向けられている、あるいは無理に引き出されている。
「やっぱり、炉が乱されてる」
「さっきの男が原因?」
「原因の一部だと思う。一度や二度の作業でああはならない。長い時間をかけて、少しずつ乱してきたはず」
セレナが欠片を見た。
「長い時間って、どのくらい?」
「成分の変質の度合いから考えると、数年は続けてると思う」
「何年も」
「魔女狩りも、何年も前からある。繋がってると見ていい」
モクが卓の上で前足を組んだ。
「魔女狩りで魔力を集めて、炉に注ぎ込んでいるとしたら」
「注ぎ込むんじゃなくて、抽出してると思う。炉の魔力を外に引き出して、自分たちの装置に使おうとしてる。だから炉が弱まってる」
「封印が弱まっているのも」
「そのせいかもしれない。空島の封印も、地下の炉から魔力が供給されてる構造だとしたら、炉が弱まれば封印も弱まる」
リコリスは調合帳に書き留めた。整理しながら話すと、考えが固まっていく。
「男の目的は、封印を支配すること。封印の核は空島にある。空島を制御するにはセレナの力が要る。炉の魔力を利用するには、魔女の魔力が要る。だから魔女狩りをしながら、セレナを探している」
「全部が繋がってる」
「繋がってる」
セレナは卓に肘をついた。
「あたし、どうすればいい?」
「今すぐ何かする必要はない。まずは情報を集めて、対処できることから始める」
「でも炉が乱され続けたら」
「それを止めることを考える。あの男たちを炉から遠ざけるか、炉を修復するか」
「修復って、できる?」
「星霧水晶の粉に、星鉱石を組み合わせた薬が使えるかもしれない。乱された魔力を安定させる方向に調合できれば」
「試してみる価値はある?」
「ある」
セレナは少し間を置いてから、言った。
「リコって、すごいよね」
「なんで急に」
「全部が繋がって、あの男の目的が分かって、対処法まで考えてる。あたしは話を聞いてるだけで精いっぱいだった」
「わたしは薬を作ることしかできないから、全部そこに結びつけてるだけだよ」
「それがすごいって言ってるんだけど」
リコリスは返事を探したが、見つからなかった。代わりに調合帳に書き込みを続けた。
その夜、リコリスは眠れなかった。
考えが止まらないせいだった。炉の問題、封印の問題、男の問題。それだけなら整理できたかもしれないが、もうひとつのことが頭に引っかかって離れなかった。
セレナのことだった。
炉の修復ができたとしても、封印が弱まっているなら、いずれ更新が必要になる。更新には代償がある。セレナが言っていた、自分でなくなるかもしれない、という代償が。
それを知っていて、今こうして一緒に問題を解決しようとしている自分が、どこかちぐはぐな気がした。
炉を修復して、男を遠ざけて、それから先をどうするか。セレナが記憶を取り戻して、使命を知って、どう選ぶか。その選択に、リコリスは何も言えない立場だ。
言えない、とは思っていた。でも、言いたいことがある。それも分かっていた。
受けてほしくない。
空島で過ごした夜に言った言葉が、また頭に来た。わたしの都合だから、と言った。セレナはそれでいいじゃん、と言った。
都合でいい。
でも、都合を言い続けていいのか。世界の封印の問題に、一人の魔女の都合をぶつけていいのか。
考えながら夜が明けた。
朝になって、セレナが起きてきた。
「眠れなかった?」
「少し眠った」
「また嘘っぽい顔してる」
「癖になってる」
セレナは湯を沸かしながら、リコリスを見た。
「何か考えてた?」
「色々」
「話せる?」
「まだ整理できていない」
「整理できたら話して」
「うん」
整理できたら話す。でも、整理できるかどうか分からなかった。
午前中に炉の修復薬の試作を始めた。星霧水晶の粉と星鉱石の欠片を組み合わせて、安定剤として霧苔の成分を加える。加熱するか低温にするか迷って、低温にした。魔力成分は熱に弱いものが多い。
三時間かかって、試作が完成した。
琥珀より少し暗い、赤みがかった液体になった。これを星鉱石に浸透させれば、乱れた魔力が元の方向に戻るかもしれない。
でも試せる場所がない。炉に行くには、また男たちと鉢合わせる可能性がある。
考えていると、外から声がした。
ミラの声だった。
リコリスは外に出た。ミラが石橋のそばに立っていた。いつもより顔が青い。
「どうした?」
「リコリスさん、騎士団が動いています。さっき村を出て、北と南に別れて」
「どちらの方向にも?」
「はい。それと、村に別の人たちが来ています。騎士団じゃない。貴族みたいな格好をした人たちで、従者を連れています」
リコリスは胸の中で何かが固まった。
「何人くらい?」
「従者を合わせて十人くらい。馬車で来て、村の宿に入りました」
「顔を見た?」
「一人だけ。白い髪の、年配の男の人」
白髪。貴族の格好。
坑道で見た男だった。
「分かった。気をつけて。村に戻っても、その人たちにあまり近づかない方がいい」
「はい。リコリスさんは大丈夫ですか」
「大丈夫」
ミラが村へ戻った。
家に入って、セレナに話した。
「あの男が村に来た」
セレナの表情が少し固くなった。
「こっちに気づいてる?」
「坑道で見られた。だから確実に把握している。でも、すぐに動かないのは何か理由がある」
「罠を張ってる?」
「かもしれない。騎士団を北と南に分けたなら、森を囲もうとしているか、それとも別の目的があるか」
モクが棚から降りてきた。
「今のリコリスに動けるか」
「動かないといけないかもしれない」
「炉の修復薬が完成した。今日試せる状況じゃない」
「分かってる。でも、このままここにいれば、セレナが見つかる」
「ならば動くのか」
「どこかに安全な場所を確保する必要がある」
セレナが立ち上がった。
「リコ、あたしのことは気にしないで動いていい」
「気にしないで動ける状況じゃないから、こうして考えてる」
「でも、あたしのせいでリコが動けなくなるのは嫌だ」
その言い方が引っかかった。
「セレナのせいじゃない。あの男の問題でしょ」
「あたしが鍵だから、あの男が動いてる」
「セレナがここにいなければ、あの男は炉を乱すのを続けて、魔女狩りを続けて、封印を弱め続けた。何も変わらなかった」
「変わらなかった方が、リコは安全だった」
「安全だったけど、何も知らなかった」
リコリスは立ち上がった。
「知らないまま、ひとりで森の奥にいることが、正しかったとは思わない。少なくとも今は、そう思う」
セレナは少し黙った。
「勝手に決めないで」
「何が」
「リコが消えた方がいいとか、あたしから離れた方がいいとか、そういうことをリコが一人で決めないで」
「消えるなんて言ってない」
「言ってないけど、考えてた顔してた」
リコリスは返事ができなかった。
考えていた。昨夜、眠れない間に考えていた。セレナから離れれば、セレナは追われなくて済む。男が求めているのは鍵としてのセレナで、魔力源としての魔女だ。二つが離れれば、一方を守るときに他方が囮になれる。
そういう計算をしていた。
セレナに見抜かれた。
「ごめん」
「謝らなくていい。ただ、一人で決めないで。あたしも一緒に考える」
「でも、わたしが考えを話すと、セレナを巻き込む」
「もう巻き込まれてるよ。最初から」
セレナの声は怒っているというより、真剣だった。
「あたしがリコの家に転がり込んだときから、巻き込まれてる。それはあたしが選んだことだから、今更外れたくない」
「選んだって、記憶がない状態で」
「そうだけど、今のあたしは選んでる。今のあたしが、ここにいることを選んでる」
リコリスはセレナを見た。
怒っていると思っていたが、怒りというより、必死だった。置いていかれることを、怖がっていた。
それがリコリスには意外で、でも少し、分かる気もした。
「分かった。一人で決めない」
「約束して」
「約束する」
セレナは少し息を吐いた。
モクが咳払いをした。わざとらしい咳払いだった。
「二人とも落ち着いたか」
「落ち着いてる」
「落ち着いているなら、次の話をしよう」
「何」
「エルシアに連絡を取る方法はあるか」
エルシア。師匠の名前が出て、リコリスは少し驚いた。
「連絡を取る方法は一つある。師匠が旅に出るとき、緊急のときは発煙台に特定の薬草を焚けと言っていた。それで居場所に関係なく気づくと言っていた」
「試したことは?」
「ない。本当に効くか分からない」
「今が緊急でなくて、いつが緊急じゃ」
リコリスはそれに答えられなかった。
「呼んでも来てくれるかどうか分からない」
「来るじゃろ」
「どうして分かる」
「あの人は、おぬしのことを見捨ててはおらん。森に隠したのも、捨てたのではなく、守ろうとしたからじゃ。やり方を間違えただけで」
やり方を間違えた。その言葉が刺さった。でも、モクが言うのなら、何かを見ていた上での言葉だ。
「焚いてみる」
「それがよかろう」
夕方、発煙台に師匠が指定した薬草を乗せた。火をつけると、白い煙が上がった。いつもと違う匂いがした。少し甘く、少し苦い匂いだった。
煙が風に運ばれて、森の上へ広がった。
来てくれるかどうか、分からない。でも、やれることをやった。
「来てくれるといいね」
セレナが煙を見ながら言った。
「うん」
「師匠さんって、どんな人?」
「飄々としてる。必要なことを教えないで、後から後悔させる人」
「リコは師匠のこと、怒ってる?」
「怒ってる。でも、嫌いじゃない」
「そっか」
「複雑なんだよ、師匠弟子って」
セレナはそれを聞いて、少し笑った。
「ノルンとあたしも、そうかもしれない」
「似てるかもね」
煙が細くなって、やがて消えた。
後は待つだけだった。
リコリスは発煙台を片づけながら、空を見た。今夜は雲が多い。空島は見えなかった。
見えなくても、あそこにある。封印があって、炉があって、男がいて、ノルンがいる。全部が繋がって、この小さな家の周りを取り囲んでいる。
それでも今夜は、ここに帰ってきた。
それだけは変わらないと思いながら、リコリスは家の中へ入った。




