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8.廃材塔(スクラップ・タワー)、稼働中


 深夜のスクラップヤード。

 月明かりが、廃材の山の輪郭を、ぼんやりと縁取っていた。

 ソウは歯車を磨きながら、空中に浮かぶ弾道計算ウィンドウが、ナビの手によって自動で更新されていくのを、横目で見ている。

 ふと、ナビが抑揚のないままに告げた。


「《マスター、第二波の接近を検知。規模、約一五〇〇体。第一波の三倍です》」


 ソウは顔を上げ、軽く頷いた。


「ふむ、規模が増したか。じゃあタレット三基だけだと、連射追従が間に合わないかもしれないね。即興で四基目、組んでみよう」


 彼は廃材の山に手を突っ込み、鉄パイプと歯車、捻れた金属板を、ためらいなく引き抜いていく。

 空中に展開された『魔力回路』の上で、彼の指先が、新しいタレットの設計図を、迷うことなく組み上げていく。

 普通のクラフトなら数時間はかかる作業を、ソウは――八分で組み終えた。

 空中に出来上がった四基目のタレットを、彼はぽんと地面に置く。


「ナビ、四基目も全自動稼働モードへ。あと、第二波には装甲タイプが混ざってるみたいだから、貫通弾仕様で頼む」

「《承知しました、マスター。装甲貫通モード、適用》」


 夜の闇の中、四基の不格好な金属塔が、ゆっくりと砲身を持ち上げる。

 地平線の彼方で、地響きと共に、第二波の影が、大きく膨れ上がっていく。


 第二波、襲来。

 四基のタレットが、ほぼ同時に咆哮を上げた。

 第一波の時より、砲撃密度は明らかに増している。夜の地平線が、閃光の連なりで、一面に照らし出される。

 装甲タイプのモンスターには、貫通弾仕様の砲弾が直撃する。鎧の隙間――首と関節部を狙い澄ました一撃が、装甲を内側から砕いていく。

 飛行型は、地面から放たれた砲弾が、空気抵抗を最適化した急角度の上昇曲線で迎撃され、空中の関節を破砕。墜落。

 一五〇〇体の第二波が、街壁の手前一キロ地点で、ほぼ完全に消失した。

 だが、それで終わりではなかった。


「《マスター、第三波の接近を検知。規模、約二〇〇〇体。マザーAIが追加波を生成中の可能性あり》」

「マザーAIが追加? ふーん、面白いね。学習してるってことかな。じゃあ五基目、組もう」


 ソウは再び廃材を引き抜き、五分で五基目を組み上げる。

 今度は前四基より小型だが、連射速度を倍化した、特化型だった。

 第三波、襲来。

 五基のタレットが、夜空に向かって、まるで滝のように、砲弾を吐き出す。

 二〇〇〇体の第三波もまた、街壁に触れる遥か手前で、一体残らず、蒸発した。


 ――静寂。

 夜の平原に、もはや動くものはない。

 ただ砂塵だけが、月明かりに照らされて、うっすらと舞っていた。





 南門前線。

 夜が更けてもなお押し寄せ続けていたモンスターの群れが、突然、ぱったりと、途絶えた。

 アーサーは『誓約の刃プレッジ』を握り直したまま、警戒の視線で辺りを見回す。

 地平線の彼方からも、もう、新たな影は、現れない。


「……敵が、来ない」


 円卓のメンバーが、当惑したように声を上げる。


「アーサー殿、これは……勝利、でしょうか?」

「いや、違う。マザーAIの防衛イベントが、こんな中途半端な収束をするはずがない。何かが、起きている」


 アーサーは両手剣を背中の鞘に収め、副官に短く指示を出した。


「俺は裏門方面を確認しに行く。お前たちは前線維持。万一に備えろ」

「単騎でですか!? 危険です!」

「短時間だ。何か……あの方角に、いる」


 アーサーは制止を振り切り、街壁沿いを駆け出した。

 月明かりの下、白銀の鎧と深紅のマントが、夜風を鋭く切る。

 彼の頭の中には、北東の空に立ち上っていた、奇妙な砂塵の記憶が、繰り返し、繰り返し、蘇っていた。


 夜更けのスクラップヤード。

 息を切らせて駆け込んだアーサーは、目の前に広がる光景に、思わず、立ち尽くした。

 廃材の山に囲まれた空き地に、不格好な金属塔が、五基。

 いまだ薄く煙を上げる砲身が、北東の地平線を向いたまま、ぴくりとも動かない。

 そして、その塔の中心に――一人の男が、廃材の歯車を、布で静かに、磨いていた。

 作業着風のローブ、革製の工具ベルト、フードを軽く被った中性的な顔立ち。

 傍らには、小さな妖精型のホログラムが、こちらを警戒するように、ぴんと羽根を立てている。

 アーサーは『誓約の刃』の柄に手をかけ、低く、絞り出すように、問うた。


「貴様、何者だ。今ここで、北東から来た別働隊の大群を……殲滅したのは、貴様か」


 男はゆっくりと振り返り、目を細めて――不思議そうに、首を傾げた。


「えっと……ただの機巧技師だけど。なにか御用ですか?」


 アーサーの、剣を握る手が、わずかに、震えた。


「機巧技師、だと? 不遇職と言われる、あの『機巧技師』が、四千を超える別働隊を、こんな……廃材の塔だけで、街に触れさせもせずに、殲滅したというのか」


 ソウは目を瞬かせ、廃材塔を振り返り、また視線をアーサーに戻した。


「あー、四千を超えてたんだ。ナビ、ログ見せて」

「《撃破ログ。第一波、五一二。第二波、一四八七。第三波、二〇三四。合計、四〇三三》」

「うん、四〇三三ね。……でも『殲滅』って言われると、なんか違和感あるなぁ。俺はただ、廃材塔の試運転してただけだから。データ取れたのは、嬉しいけど」


 彼は屈託のない顔で、微笑む。

 アーサーは、絶句した。

 傍らのナビが、いつになく、わずかに抑揚を乗せた声で、告げる。


「《マスターは現在、機構解析中です。雑談は不要と判定》」


 アーサーは、剣の柄から、指を、一本ずつ、ゆっくりと、離していった。

 その指先が、もはや自分の意思で動いていない――そんな感覚が、確かに、あった。

 彼は何も言えず、廃材塔の影の中で、しばらくのあいだ、ただ立ち尽くしていた。

 やがて、静かに踵を返し、街門の方角へと、歩き出す。


「……お騒がせした、ソウ殿」


 彼の口から、無意識のうちに、零れた言葉だった。

「殿」――その敬称が自分の口から出たことに、アーサー自身、ほんの少し遅れて、気付いた。

 しかし振り返ろうとした時には、ソウはもう、廃材を磨くのに夢中で、こちらを見てはいなかった。





 同じ夜。

 運営オフィス、天城の机の上で、銀紙のシートが、ぱきりと、最後の音を立てた。

 最後の一錠が、彼の口の中に、静かに消える。

 天城は空になったシートを、ぼんやりと、指の腹で撫でていた。

 彼の視線の先――モニタの隅には、ただ一行。


> 【SYSTEM】撃破ログ:4033体/単独行動


 胃薬は、もう、ない。

 空のシートが、彼の指先で、薄く、乾いた音を立てた。


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