6.南門炎上、裏門無人
翌朝。
『はじまりの街』全体に、鋭い警鐘が鳴り響いた。
昨夜の予兆通知とは比較にならない、空気そのものをびりびりと震わせる音圧。
ベッドから飛び起きる足音、宿屋のドアが弾ける音、走り出す装備の金属音――街中の空気が、一瞬で戦の色に染まる。
プレイヤー全員の視界に、空中投影された大規模通知が、静かに展開された。
> 【SYSTEM】防衛イベント『黒鉄の波濤』を開始。
> 推奨:南門前への集結
中央広場には、すでに『円卓の剣』のメンバーが、整然と整列を終えていた。
先頭で両手剣『誓約の刃』を背負ったアーサーが、よく通る声を響かせる。
「全員、聞け。今回の防衛は短期決戦ではない。長期戦になるだろう。連携を最優先にしろ」
「了解!」
部下たちの返事が、一糸乱れぬ和音で広場に響く。
遅れて駆けつけた一般プレイヤー群衆の中から、安堵の声が幾重にも漏れた。
「やっぱり頼りになるのは円卓だな」
「アーサーさんがいれば安心だ」
「最前線、任せた」
アーサーは群衆を一瞥して、ただ短く頷いた。
白銀の隊列が、地響きのような足音を揃えて、南門の方角へと進軍していく。
◇
南門外、開けた平原。
地平線の彼方から、黒い波のような――いや、波そのものだった。
モンスターの大群。数千体規模。その咆哮だけで、足元の砂利がぱらぱらと跳ねる。
最前線、アーサーが両手剣を抜き放ち、頭上に高く掲げた。
「『鉄壁誓約』、展開! 俺の周囲を護れ! 味方は『円卓の輝き』で底上げする!」
彼を中心に、半透明の盾のエフェクトが円形に広がる。
同時に、円卓メンバー全員の身体が、淡い金色の光に包まれた。
聖騎士の連携バフが、一拍で前線の総火力を引き上げる。
次の瞬間、激突。
剣戟、魔法、矢、雷鳴。空気が裂け、土が舞う。
アーサーは、突進してきた一頭の大型モンスターを真正面から両手剣で受け止め、力任せに薙ぎ払う。背後の弓使いが連射し、魔法使いが頭上から範囲攻撃を撃ち下ろす。
圧倒的な物量を相手に、円卓の剣は、それでもギリギリの均衡で、前線を保ち続けていた。
「援軍は到着次第、第二陣に回せ! 俺たちが時間を稼ぐ!」
アーサーの叫びが、戦場を貫いて飛ぶ。
彼の額には、汗が一筋、すでに伝っていた。
長くは持たない――その確信があるからこそ、彼は声の張りを保てた。
◇
運営オフィス、天裂エンタテインメント本社。
天城は、深夜から自席に張り付いたままだった。
目元の隈は黒々と濃く、机の周囲にはエナジードリンクの空き缶が、整列もせずに転がっている。胸ポケットの胃薬のシートは、もうすでに半分以上が消費済みだった。
彼は街全体の俯瞰マップを、大型モニタに広げて監視している。
南門の前には、円卓の剣を中心とした密集陣形。西門、東門、北門にも、中堅プレイヤー群がそれぞれ自発的に配置されていた。
彼の視線が、ふと、マップの一点で止まる。
「は……? いやいや、待て」
彼は震える指で、マップを拡大した。
南西、街壁の継ぎ目に開いた、半ば忘れられた小さな出入口――通称・裏門。スクラップヤードの、すぐ隣。
そこに、配置されている防衛戦力は、ゼロ。
「裏門に誰もいない! なんで誰も配置してないんだよ!」
彼の絶叫に、隣席の後輩エンジニアが、真っ青な顔で駆け寄ってくる。
「天城さん、マザーAIが、別働隊を生成してます! 現在、北東の山岳地帯から、裏門方面へ移動中……数は、約四千五百体、推定」
「四千五百……ッ!」
天城は反射的に胸ポケットを探り、銀紙のシートを乱暴に破った。
胃薬を三錠まとめて口に放り込み、奥歯で噛み砕く。通算、八錠目。
苦みを舌の上で押し殺しながら、彼はコンソールに指を伸ばした。
「裏門が突破されたら、街の内部に直接モンスターが流れ込む。終わりだ。緊急パッチで配置を移すか、それとも円卓の一部を、裏門に回すよう警告を……」
その指が、コンソールの上で、ぴたりと止まった。
別の後輩が、首をわずかに傾げて、事務的な声を上げたのだ。
「あれ……天城さん、裏門のすぐ内側に、プレイヤー一名、いますよ。識別子……『ソウ』、です」
オフィスの空気が、凍りついた。
天城は、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと、胸ポケットへ手を戻した。
残りの銀紙のシートが、指の腹の下で、かすかに鳴った。
◇
スクラップヤード。
ソウは、二基目のタレットをすでに組み終え、三基目の骨組みに取りかかっている最中だった。
空中投影された設計図に、関節モーターの配線図が綺麗に並んでいる。
彼の指は、回路の線を引いては結び、ノードを置いては微調整するのに忙しい。
「うーん、三基目は射角を縦に振れるようにしたいなぁ。流体力学の補正、もう少し攻めても、大丈夫そうだし」
肩のナビが、ふと、抑揚のないままに、自分から尋ねた。
「《マスター、街の警鐘が鳴っていますが》」
ソウは、作業の手を止めずに、軽く返した。
「ああ、聞こえてるよ。何か防衛イベントだっけ? ナビ、推奨配置とか出てる?」
「《推奨:南門前への集結》」
「ふーん。じゃあ、南門の人たちが頑張ってくれてるんだね」
彼は手元の歯車を一度回して、噛み合いを確認した。
「俺は次の試運転に向けて、もう少しここで組み立てを続けようかな。タレット三基目、もうすぐ完成しそうだし」
ナビは、数秒の沈黙の後、いつもの抑揚に戻って続けた。
「《承知しました、マスター》」
ナビの羽根が、一度だけ、わずかに揺れた。
ソウは気付かない。
彼は満足げに頷き、廃材の山から太いパイプを引き抜く。
夕日が、ゆっくりと傾いていく。
長く伸びた影の中で、三基の不格好な金属塔が、無人の街壁を背景にして、静かに屹立していた。
その先端は、奇しくも――北東。
別働隊がいま、こちらへ向けて押し寄せつつある、ちょうどその方角を、すっと指している。
ソウは、最後の配線を繋ぎ終わり、ぱちん、と指先を鳴らした。
「うん、これで全自動稼働、テスト準備OKだね」
その満足げな声と、ほぼ同時。
地平線の方角から、低く、はっきりと、地響きが届いた。
砂塵の壁が、北東の空をうっすらと染め上げ、こちらへ近づいてくる。
ソウは、ゆっくりと振り向いて、目を細めた。
そして、口元だけで、小さく笑った。
「あ、テスト用の的が来た」




