5.はじまりの街、裏のスクラップヤード
『はじまりの街』の東門をくぐった瞬間、目の前に石畳のメインストリートがまっすぐ伸びていた。
城壁に囲まれた、中規模の都市。
通りの両脇には武器屋、防具屋、道具屋、宿屋の看板がずらりと並び、屋根の上で色とりどりの旗が風に揺れている。
昼下がりの陽光が、石畳の表面にきらきらと反射していた。
ソウは口元を緩めて、足元を軽く踏みしめる。
「いい街だなぁ。あの石畳、表面の摩擦係数まで、地形ごとに細かく変えてあるのが分かる。たぶん磨耗度合いもエリア単位でテクスチャに直結してるんだろうね。手の込んだ世界だ」
肩の上のナビが、抑揚のない声で提案する。
「《推奨される最初の目的地:冒険者ギルドでの登録です、マスター》」
「うん、後でね。先に街を、ひと回りしてみたいな」
ソウは軽く手を振って、メインストリートから外れ、細い路地へと足を向ける。
マスターという呼称に、彼はもう何の反応も返さない。
昨日の朝、ナビが初めて口を滑らせて以来、その呼びかけは少しずつ、ナビの応答ルーチンの中に居場所を作りつつあった。
ソウは、それを「面白いから、しばらく様子を見よう」と決めている。
ただ、それだけ。
路地を抜け、中央広場の喧騒に出る。
冒険者ギルドの掲示板の前に、新規プレイヤーらしき集団がクエスト用紙を見上げて、指を差し合っていた。
その向こう、広場の中央に、ひときわ目を引く隊列があった。
白銀のフルプレートを身に纏った、長身の騎士。
金髪を後ろに流し、肩からは深紅のマントが流れている。マントの紋章――円卓の中央に交差する剣。
その後ろに、揃いの装備を身に着けた十数人のギルドメンバーが、整然と隊列を組んでいる。
通りすがりのプレイヤーたちが、囁き合うように行き交う。
「あ、円卓のアーサーさんだ……」
「カッコいいよなぁ、あの人。マジで最強らしいぞ」
「今日も街門外でレベリングか。ご苦労なことで」
騎士――アーサーが、隊列に向かって低く、はっきりと声を響かせる。
「では行こう。今日中に、西の森のボスエリアまで進む。連携を切らすな」
「了解!」
部下たちの声が綺麗に揃い、隊列がゆっくりと街門の方角へ進み出した。
ソウは、廃材市の方角を眺めていた視線の端で、その光景を一瞬だけ捉える。
(あの金髪の人、なんか凄そうな鎧だなぁ。ピカピカに磨いてある……コスプレイベントでもあるのかな?)
彼は首を傾げて、それ以上は気に留めなかった。
白銀の隊列が街門の外へと消えていく頃には、ソウはもう、廃材市の奥――街の裏手へと足を向け始めていた。
街裏の城壁沿い、開けた一角。
錆びた金属板、折れた剣、壊れた荷車の車輪、用途不明の歯車、ねじ曲がった鎧の部品。
NPCの冒険者たちが捨てていった素材が、小さな丘になるほど山積みになっている、通称・スクラップヤード。
ソウは、目を輝かせた。
「うわぁ、宝の山だ」
彼はためらいなく山の中に踏み込み、金属板を一枚、軽々と拾い上げる。
指先で叩いて、振って、目を細めた。
「これ、たぶん鉄じゃなくて、鋼の合金だね。曲げ強度がいいし、共振周波数ももう少し高めに出そうだ」
ナビが肩から、いつもの抑揚で応じる。
「《当該素材は雑貨カテゴリ『廃材』に分類されています。商業価値は最低ランクです》」
「うん、商業価値の話はしてないんだ。物性の話」
ソウは廃材を腕いっぱいに抱え、ヤードの隅の空き地に腰を下ろす。
空中に、淡い光の幾何学模様が広がっていく――『魔力回路』。
彼の指が、ノードと線を、迷うことなく組み上げていく。
今回組もうとしているのは、自律照準型の防衛タレット。
素材は、今しがた拾った廃材。
目的は、特に決まっていない。
「ナビ、自律照準ルーチンの草案、共有するよ。弾道計算は……うん、流体力学を簡略化したやつでいいかな。空気抵抗は、風向によって動的に補正させよう」
ナビが、わずかな間を置いて、抑揚のないまま尋ねた。
「《承りました、マスター。ただし、ご質問。当該タレットの用途は何でしょうか》」
ソウは、ぽかんとした顔で空中の回路から指を離す。
少し考え込んで、それから、悪びれずに答えた。
「特に、用途は決まってないかな。組めるかどうか、試してみたいだけ」
「《……承知しました》」
ナビは、もうそれ以上は尋ねなかった。
空中の回路の上で、ナビの羽根が、ほんのかすかに、戸惑うように一度だけ震えた。
ソウは気付かない。
そのとき、ヤードの入り口の方から、足音が二つ、近づいてきた。
通りすがりの剣士プレイヤーが二人、廃材の山とソウを見比べて、ぷっと吹き出す。
「おいおい、機巧技師がガラクタ集めて、何してんだ? 人形屋さんごっこか?」
「ハズレ職らしい遊び方だなぁw 頑張れよww」
二人は仲良く笑い合いながら、肩を叩いて去っていく。
ソウは振り向きもしなかった。
拾ったばかりの歯車を片手で軽く回しながら、もう片方の手で別の歯車を選り分けている。
「うん、いい素材だね。明日は、もう一基組んでみよう」
夕暮れ。
スクラップヤードに長い影が伸び始めた頃、街全体に大きな鐘が鳴り響いた。
ただし、教会の時報ではない。
もっと低く、はっきりと、空気そのものを震わせる――システム通知音。
プレイヤー全員の視界に、空中投影された通知が静かに浮かぶ。
> 【SYSTEM】周辺領域モンスター活動異常を観測。
> 推奨:防衛体制の構築
中央広場では、冒険者たちのざわめきが膨らんでいく。
「お、防衛イベント来たか?」
「これ予兆だろ、本戦は明日か明後日かだな」
「円卓の剣は、もう街門の外に出払ってるぞ。前線は、彼ら頼みだ」
◇
運営オフィス。
天城は通知を見て、こめかみを揉んだ。
「マザーAI、勝手にイベント予兆通知を出した……? 俺、今週は防衛イベントの予定、入れてないんだが?」
後輩エンジニアが、青ざめた顔で駆け寄ってくる。
「天城さん、マザーAIの自律判断ログ、これ来月に予定してた防衛イベントの『プロシージャル生成版』っぽいです。前倒し実装が、自動で始まってます」
天城は無言で胸ポケットに手を伸ばし、銀紙のシートから新しい一錠を口に運んだ。
通算、五錠目。
「……あのプレイヤーのせいだろ、絶対」
彼は、名前を口に出さない。
しかし視線の先のモニタには、識別子『ソウ』の戦闘ログが、まだだらだらと流れ続けていた。
◇
スクラップヤード。
ソウは大きな通知が空中に流れたのを、ちらりと一瞥して、肩のナビに尋ねる。
「ナビ、これ、なんかイベント?」
「《周辺領域でモンスター活動の異常が観測されたとの通知です、マスター。プレイヤーは街の防衛に協力することが推奨されています》」
「ふうん」
ソウは小さく頷いて、廃材の山に視線を戻した。
「じゃあ、もう一基、組んでおこうかな。試運転に、ちょうどいいかもしれないし」
彼は何も急がない。何も焦らない。
タレット二基目の骨格を、夕日の中で、淡々と組み上げ始める。
錆びた金属が、彼の指の上で、新しい役割を、ひとつずつ与えられていく。
彼の口元には、ほんの小さな、鼻歌のような響きが、静かに乗っていた。
「うん、明日が、楽しみだなぁ」




