99. 赤い巨人
「何だ!?」
『縮んでる?』
「根っこ、とれちゃった……」
ネイルだった何かを取り込んだ凶魔。その凶魔に異変が起きている。ぶよぶよとした肉の塊だった体が、急速に縮み始めたのだ。どういった現象なのかは不明だが、考えている余裕はなかった。何故ならば、俺たちはその凶魔の上にいる。ヤツが縮めば足場が不安定になるのは必然だった。
「っち、飛び降りるぞ!」
「ペル、乗せて」
『そんな暇はないよ! ほら、掴まりなって』
バランスが崩れて、体勢を保つのも難しい。不意打ちで振り落とされるよりはと考えて、自ら宙に身を投げ出した。少し慌てたが、スキルを駆使すれば落下ダメージは最低限に抑えられる。ルゥルリィにもペルフェの補助が入った。問題はない。
いや、そもそも、それほどの高さがなかった。急速に肉体を変化させた凶魔はすでに5mほどになっている。
だが、それ以上は縮まないようだ。代わりに粘土細工のようにぐねぐねと全身が形を変えていた。徐々に……だが、明確な意図をもって、凶魔の体が変形していく。そして、ついに、小山のような不定形だったその姿は人の形となった。今のヤツの姿は、赤い巨人といったところか。
「ジンヤ! 何が起きた!?」
「イゴットか。よくわからん。ネイルってヤツと合体したってことなのか? それにしては異様だったが……」
駆け寄ってきたイゴットに事情を説明しようとするも、俺自身状況がわかっているとは言いづらい。だが、まあ。
「友好的な存在ではなさそうだな」
「だろうなぁ……」
赤い巨人は、いまなお、空に向かって叫んでいる。何を言っているのかはさっぱりわからんが、怒りにまかせて吠えているという印象だ。その推測が正しければ……そして、その怒りがこのまま晴れなければ、ヤツがその感情をぶつける相手は俺たちになるだろう。そもそも、凶魔とは敵対していたのだ。まず戦いは避けられない。
「ニーデルは? 他の探索者たちはどうなった?」
「ニーデルは助けた。意識はないが、生きてるぞ。他の探索者もあれが縮んだときに、だいたいは剥がれた。ただ、ほとんど取り込まれていたヤツはそのままだ。呑み込まれちまった」
全員助けるというわけにはいかなかったか。だが、大部分はまだ生きている。落ち込むよりも、生き残った彼らを確実に救うことを考えた方がいいだろう。
「イゴットたちは被害者を安全な場所に退避させてくれ。俺がヤツを引きつける」
「……大丈夫なのか?」
「ああ。任せろ」
ニヤリと笑って請け負うと、イゴットは“死ぬなよ”と言って他のメンバーの元へと去って行った。無論、死ぬ気はない。赤い巨人の強さは未知数だが、いままでの凶魔が多少強化された程度なら問題ないだろう。油断する気はないがな。
ちょうど、赤い巨人も叫ぶのをやめたところだった。ヤツは天を仰ぎ見ていた顔をおもむろに落とし、そして、俺を見る。
“グオォォォオオオオ!!!”
凶魔が再び吼えた。下手をすると、天へ向けた叫びよりも激しいかもしれない。言葉はわからないが、その叫びには強い憎悪が感じられた。
「もしかして、ネイルの意識があるのか?」
少なくとも、今までの凶魔に感情らしきものは感じられなかった。だが、巨人は明確に俺を敵視している。後方で探索者たちを救出しているイゴットやコマタには目もくれない。
“グオォォ!”
脳を揺らすような咆吼とともに繰り出された凶魔の一撃。単に右手で殴りつけてきただけだが、その速さは尋常ではない。余裕をもって大きく飛び退くが、ヤツの拳が地を砕き、飛散した石塊が俺の体を打った。
「くそ、思った以上に速いな! 厄介だぞ」
「ルゥ、止める!」
ルゥルリィが蔦での拘束を試みるが、完全に動きを止めることはできない。赤い巨人が強引に腕を振ると、蔦はあっさり千切れてしまった。
正直に言えば、甘く見ていたと言わざるを得ない。さっきまでとは別物だ。
「止まらない……」
足止めはできて数秒。大した妨害にならないと思ったのか、ルゥルリィは肩を落とす。だが、俺の考えは違う。ルゥルリィの妨害が果たす役割は極めて大きい。
「いや、とにかく蔦で動きを止めてくれ!」
サブシステムバグによって強化された俺のステータスはレベル標準よりもかなり上を行く。だが、そんな俺よりも赤い巨人は明確に素早い。そして、巨体から繰り出される攻撃は強烈。回避の難しい高威力の攻撃は、耐久よりも回避を重視する俺とは相性が悪い。とにかく、ヤツを自由にさせないことが重要だった。
「あい! ルゥ、やる!」
詳しく説明している余裕はなかったが、俺の指示でルゥルリィはやる気を出したようだ。次々と蔦を生み出しては巨人にちょっかいを出している。それらはすぐに振り払われるが、巨人としても無視はできないらしい。おかげで、多少の余裕ができた。
「さて、これはどうかな?」
赤い巨人は人型だが、その顔に目や鼻といったパーツはない。そのため、どうやってこちらを認識しているかは不明だ。宵闇の外套の認識阻害が効果を発揮するという保証はない。それでも、試してみなければわからないと、ダークミストを発動させてみるが――……
「発動しない!?」
ダークミストが不発に終わった。使えなかったわけではない。マナを消費する感覚もあった。だが、効果が出ない。
『ジンヤ、この砂だよ! この砂がヤツの領域になってる!』
「なるほど。ヤツの操砂術か!」
思えば最初から砂嵐が吹き荒れていた。ネイルと凶魔のどちらが使っていたのかはわからないが、最初から奴らの領域にいたわけだ。
「領域を上書きできないのか?」
『知らないけど、上書きするにしても、アイツの能力を上回ってないと駄目なんじゃない?』
「そいつはちょっと難しいな……」
領域の優先度が能力値によって決まっているのなら、覆すのは難しい。攻撃系のアーツの威力を増加させるスキルはあるが、魔力という能力値そのものを上げるスキルはない。
“グオォ!”
そのとき、巨人が短く吠えた。嫌な予感がして咄嗟に右方へと身を投げ出す。ほぼ同時に地を裂くような轟音が響いた。距離を取りつつ振り返ると、そこには俺の倍ほどの高さのある石の尖塔が立っている。
これは巨人の魔術か?
遠距離攻撃まであるとは、ますます厄介な相手だ。




