98. 末路
「ペルフェ、あいつを落とせるか」
『やってみるよ!』
魔槌の姿へと戻ったペルフェにネイルの相手を指示する。ルゥルリィと協力しても攻めきれなかったことを考えると、ペルフェ一人では厳しいだろう。だが、意識を逸らすことができればいい。とにかく、奴の攻撃を止めたい。
しばらくすると、巨石の砲撃がやんだ。ペルフェの妨害がうまくいっているようだ。反撃に移ろうとしたそのとき、
「……こいつは!?」
「これが元凶か!」
後方からの声に振り向けば、驚きの表情を浮かべたイゴットたちがいた。コマタやシャスカもいる。いつの間にか合流していたらしい。それで少し駆けつけるのが遅れたのか。
だが、ちょうどいい。
「ナイスタイミングだ。状況についてはエメラが知っている。イゴットたちは探索者の救出に回ってくれ!」
「あ、おい、ジンヤ!」
「リーダー! それどころじゃないんだよ! 早くニーデルを助けないと!」
これで状況はかなり良くなった。イゴットとコマタの両パーティーで救助にあたれば、かなりの探索者を助けられるだろう。それを邪魔させないためにも、俺はネイルを討つ。
「ルゥルリィ、跳ぶぞ! 一度戻れ!」
「あい!」
ルゥルリィを宿環に戻して、その場で風魔術のバーストストームを使う。砂嵐恐竜との戦いで使った戦法だ。巻き上がる嵐を利用して、高度を確保する。浮かび上がったら、念動で自分の体を凶魔の上方へと動かす。だが――……
「くっ!」
僅かに届かない。【念動】スキルをあまり鍛えていなかったせいでもあるが、そもそも凶魔との距離が遠かった。だが、ヤツに取り込まれかけている探索者たちを傷つけないためには、ある程度距離を取らざるを得なかったのだ。
『ジンヤ! ぬぅおおおお!』
「すまん、助かった!」
浮上が落下に転じる直前、ペルフェが高速で飛んできた。それを捕まえることで、どうにか落下を免れる。
だが、そのせいでネイルが自由になった。
「くそっ! 来るな!」
ネイルが放つのは石弾のショットガン。ペルフェにぶら下がった状態では避けられない。
『だめ、防ぐ!』
無数の礫から俺を守ったのはルゥルリィが展開した樹木の防壁。どこから生やしたのかと思えば、宿環からだった。そんなこともできるのか。
『到着!』
「あい! ルゥも出る!」
ペルフェとルゥルリィの奮闘のおかげで、どうにかネイルへと迫ることができた。足場は不安定でときおり触手が邪魔をしてくるが、俺たちだけなら対処できる。
「観念しろ! 大人しく探索者を解放するなら、寛大な措置を考えてやろう」
と言いつつ、手にした清浄の青刃で斬りかかる。ペルフェではなく、インベントリから取り出したオリジナルだ。
降伏勧告は当然ブラフ。多くの探索者が被害に遭っているのだ。俺が許したとしても、他の者が許すわけがない。ヤツの油断を誘えればと思って、言葉にしたに過ぎなかった。
ネイルも馬鹿ではないらしい。微塵の動揺もなく、茨の防壁で俺の剣を防いだ。防壁はそのまま枝を伸ばし、俺を絡め取ろうとしてくる。
「何が寛大な措置だ! 俺は負けてない! まだ負けてない! チートを手に入れたんだ! お前らも、あいつらも、全部飲み込んで、最後に笑うのはこの俺だ!」
突然、ネイルを中心に大量の水が溢れ出してきた。これは水魔術のバーストフラッドか!
威力は小さいが、大量の水でバランスが崩れる。足下が不安定な凶魔の上では、有効な攻撃だった。踏ん張りが効かず、体が押し流される。このままではまた落とされる!
「ますた!」
ルゥルリィが手を伸ばした。その手が俺に届くことはなかったが、そこからさらに伸びた蔓が俺を掴む。ルゥルリィの小柄な体からは考えられないほどがっしりと支えられたおかげで、大水をやり過ごすことができた。
「助かった!」
「えへん!」
礼を告げると、ルゥルリィが笑顔を返す。
しかし、俺とルゥルリィとでは体格差がある。どうやって、俺を支えたのか。
よく見れば、ルゥルリィの足が根のように変化し、凶魔に食い込んでいる。【根づく】スキルの効果だろう。地面についていないと使えないはずだが、凶魔は地面判定らしい。
思わぬ攻撃に手間取ってしまった。この隙に追撃を加えられていたら危なかったかもしれない。だが、そこはペルフェがうまくカバーしてくれていたようだ。
『こっち、こっちぃ!』
「くそ、なんだコイツ!」
挑発しながら攻撃を加え、そしてすぐに飛び去る。ちょこまかと動き回るペルフェに、ネイルは翻弄されているようだ。魔術系のアーツを乱発するものの、いずれもペルフェを捉えることはできない。
どうやら、ネイルはあまり攻撃が得意ではないようだ。いや、この場合、ペルフェの俊敏さを褒めるべきか。俺も飛び回るペルフェに魔術を当てられるかと言えば怪しい。まあ、俺なら近づいてきたときに掴んで止めるが。
さて、ペルフェが時間を稼いでくれたおかげで、こちらも体勢を立て直すことができた。ペルフェ一人も撃ち落とせなかった時点でネイルに勝機はない。ヤツの守りは堅いが、少しずつ、だが確実に追い詰めていく。
「終わりだな!」
「くそっ! くそぉ! なんでだ! 何故勝てない!」
そして、ついに俺の剣がヤツを捉えた。手加減はしていない。青い刃がネイルの右腕を深々と切り裂いた。勢いよく血しぶきが舞う。サルボの血もヒュムと同じく赤いのが少し不思議だ。
「すまんが、死んで貰うぞ」
さきほどスキル看破をしたとき、ネイルの所持スキルに凶魔を操るようなものは存在しなかった。スキルで操っているのでないなら、単純にコイツの指示に従っているのだろう。となれば、指示を出させないためにコイツを殺しておいた方がいい。それがもっとも確実な方法だ。
コイツの所持しているスキルがもったいない気もするが……凶魔は危険だ。あえて、ここでリスクを冒す必要はない。
「ひぃ! や、やめろ! 助けてくれ!」
見苦しく命乞いをするネイル。だが、手遅れだ。コイツは自分の欲望のため探索者の命を奪っている。慈悲をかけていい相手ではない。
無言で剣を構えると、ネイルは尻餅をついて後ずさった。ヤツを助けるかのように触手が邪魔に入るが、そちらはペルフェとルゥルリィが対処する。もはや、ネイルには逃げ道はない。
「た、助けて……助けてください! お願いします! 助けて……」
ネイルはなおも助けを請う。だが、それは俺に向けられた言葉ではなかったようだ。
「助けて……ト……イス様! あ゛……」
ネイルが誰かの名を呼んだ。その直後、ヤツの体はどろりと溶け……凶魔に取り込まれていく。そして――……
“グオォォォオオオオ!!!”
耳を劈く咆吼が響き渡った。




