94. ポツンとサボテン
夜。宿を抜け出したエメラをイゴットたちとともに追う。
「そもそも、門は閉まってるはずだろ。どうやって街から出るつもりなんだ?」
「探索者の身体能力なら防壁を飛び越えることもできるだろうが……」
「そりゃあ、ヒュムやサルボならできるかもしれんが、ガラデンには無理だぞ。エメラもああ見えてかなり重い」
「……お前、それ本人には言うなよ」
「ははは、心配するな。すでに何度か言って、殴られてるからな」
“心配するな”の使い方、間違ってないか? 殴られるのは慣れているという意味か。殴られないように努力しろよ……。
囮作戦に際して、エメラの【凶魔の贄】はレベルを上げてある。シャスカから抜き出したスキル結晶体を使ったのだ。不安はあるが元のレベル1では潜伏状態で症状が出てこない恐れがある。ニーデルの救出は一刻を争うので、確実さを優先した形だ。
試みは今のところうまくいっている。エメラが向かった先は街の裏門だった。
「裏門に来て、どうするんだ? 守衛がいるだろう」
「そうだな」
イゴットの言うとおり、裏門には守衛がいる。普通に考えれば夜間に探索者を通すとは思えない。だが――……
「……通したな」
「何やってんだ! あの守衛は」
守衛は一言二言話すと、エメラを通すように門を開けた。特別な事情があると聞かされれば門を開けることはあるかもしれない。だが、それにしてはあまりにもあっさりとした会話だ。距離があるので内容までは聞こえなかったが、予め取り決めでもあったかのようなスムーズな流れだった。
「そもそも守衛って何なんだ。衛兵隊とは違うのか?」
「衛兵隊ってのは御使い直属の奴らだろう? 守衛ってのは、衛兵隊に雇われてるが、ただの住人……たいていは元探索者だ」
なるほど。凶魔云々の厄介なスキルをばらまけるようなヤツならば、ただの住人を操るのは難しくないかもしれんな。
試しに、件の守衛をスキル看破してみれば、【凶魔の従者】というスキルを所持していた。間違いなく、このスキルが原因だろう。
イゴットたちには待機して貰い、宵闇の外套を纏って近づく。至近距離になっても気がついていないみたいだが、念のために眠らせておこう。
「ルゥルリィ」
『あい!』
小声で指示すると、返事とともに眠りの花が咲く。守衛は一瞬びくりと体を震わせた後、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。すかさず、その体に触れ、スキルドレインを発動する。
「よし、これでいいな」
すぐに手の中に青い結晶体が生まれる。それを確認したあと、イゴットたちを手招きで呼び寄せた。
「はぁ~……、多芸なヤツだな。眠らせたりもできるのか」
眠りこける守衛をイゴットが呆れたような顔で見ている。魔術か何かで俺が眠らせたと思っているようだ。
「まあな」
ルゥルリィのことはまだ明かしていない。すでに隠す必要もないように思えるが、悠長に説明している時間もなかった。時間を惜しんで、俺がやったことにしたのだが――……
『ルゥだよ? ルゥがやったんだよ?』
とルゥルリィがうるさかった。ペルフェがにやにやと笑っているような気配がする。ちょっと空気を読んで欲しい。
守衛の事情も気になるが、今はエメラを追わなければならない。申し訳ないが、壁際に寄せただけで、そのままにしておく。
裏門を抜け、エメラを再び追った。ランタンの火が目印になるので、見失うことはないだろう。だが、距離があると不測の事態に即応ができない。
「俺は先に行く。イゴットたちは気づかれない程度に距離を取って追ってくれ」
「ああ、わかった。エメラを頼む」
真剣な表情のイゴットに頷きかけてから、一気に駆ける。ステータスの恩恵で、追いつくのにさほどかからなかった。ひとまずエメラは無事のようだ。
「……こっちはアースリル方面だな」
『昨日助けた探索者と同じだね』
セイヤもアースリル方面に向かう街道を歩いていた。そういえば、シャスカと初めて会ったのもこちら方面だったな。やはりスキルに操られた者たちは特定の場所に向かっているようだ。これならば、失踪したニーデルが見つかる可能性は高い。もちろん、無事ならば、だが……。
それから二時間ほど歩いただろうか。それまで街道に沿って歩いていたエメラが、急に道を外れた。
「西寄り……山岳方面だな。何かあったか?」
『何度か狩りをしたけど、別に何もないよね』
『ルゥも知らない』
ペルフェの言うとおり、西の山岳地帯では何度か狩りをしている。そのとき見た限りでは特別な何かがあるようには見えなかった。岩がちで植物も疎らなエリアだ。生えているのはサボテンくらいだろうか。まあ、コークスロー周辺はそんな場所ばかりだが。
とはいえ、最近は魔物寄せの香を使って狩りをするので、狩り場を丁寧に探索したりはしていない。犯人の拠点があったとしても、見落としている可能性は十分にある。
「砂嵐か。影響はほとんどないが」
さらにしばらく歩くと、砂嵐が発生している場所にたどり着いた。以前戦った恐竜が発生させたものに比べると勢いは小さい。視界はやや狭まるが、【操砂術】がある俺にはほとんど影響がなかった。
とはいえ、エメラにとっては歩きづらい環境のはずだ。だが、彼女は躊躇なく進んでいく。もしかすると、目的地はこの砂嵐の中にあるのかもしれない。
ふいにエメラが立ち止まった。砂嵐が発生している以外に特段変わったところはない。あえて言及するなら、邪魔な岩がなく、やや開けているのが特徴だろうか。その中央には、ぽつんと一本、何の変哲もないサボテンが生えていた。




