54. コークスロー初日の夜
シャスカの言葉通り、コークスローの正門はすでに閉じていた。巨大で重たい鉄の門だ。気軽に開閉できる感じではない。何があっても、この扉が朝まで開くことはないだろう。
完全にうっかりしていた。言い訳をすると、アースリルでは夜でも門扉が閉ざされることはなかったのだ。だから、まさか夜になると街に入れなくなるという発想が頭になかった。
だが、考えてみれば当たり前だ。街の中にはエルネマインで生まれた住人だっている。探索者としての活動経験がない住人は当然戦闘力が低いのだ。アースリルのごく近くに生息する弱い魔物ならともかく、最低ラインがレベル20以上推奨となるコークスロー周辺の魔物と戦うのは難しいだろう。見張りの人員が不足する夜間には門を閉ざすのは当然のことだ。
正門から入ることを諦めた俺は、裏門へと向かった。そして、守衛に事情を話し、どうにか街の中に入れて貰う。非常時の通用は裏門からとなっているらしい。シャスカに聞いていたからどうにかなったが、そうでなければ途方に暮れていたことだろう。
もっとも、裏門も基本的には夜間の出入りは禁じられている。アースリルから出てきたばかりの新人が困っているからという理由で入れて貰えたが、夜間の活動は自重するようにと釘をさされてしまった。
ちなみに、シャスカとはあの場で別れたので、その後どうしたのかはわからない。夜の街の外にいったいどんな用事があるのだか。朝まで戻らないつもりなのだろうか。本当に謎だ。
さて、それはともかく、無事に街に入れたので、宿を取りたい。時間も遅いし細かい条件は気にせず、目についた宿屋の扉を開く。
「お、客か? こんな遅くまでご苦労なことだな。あんたはヒュムか。ヒュムの見分けは難しいが、あんたは初めてだよな?」
扉の正面にはカウンターがあり、そこに座っていた宿の主人らしき存在が、かなり親しげに声をかけてきた。低めでよく響く良い声であるが、性別はわからない。全体的に体がゴツゴツとしており、まるで石で出来ているような体つきをしている。
アースリルは地球からの出身者が集められた街だ。住人も地球からの転生者か、その子孫。それに合わせてか、衛兵も地球人と同じような外見をしていた。
だが、コークスローは違う。エルネマインに転生してきた様々な種族が暮らしているのだ。アースリルに近いので、地球出身者の割合はそれなりに大きいが、それ以外の種族も少なくはない。宿の主人も、地球外出身の種族なのだろう。
「まずは部屋を頼む」
「ああ、そうか。一人部屋でいいんだよな? ほらよ」
鍵を受け取ってから、システムカードで決済をする。名義はもちろん“ジンヤ”だ。
「それで、ヒュムっていうのは俺たちの種族のことであってるか? 俺はアースリルから来たんだが」
「そうだぞ。ちなみに、俺はガラデンという種族だ」
宿の主人が言うには、コークスローの主な住人は、地球出身であるヒュム、鉱物の身体を持つガラデン、サボテンのようなサルボの三種族であるらしい。アースリル以外にも転生者が集まる都市が近くにあって、そこからやってきているようだ。
情報収集のためにしばらく話に付き合っていたが、とにかく話が長い。どこかで遮らなければ際限なく喋り続けそうだったので、少し強引に話を切り上げた。
「すまないが、まだ食事も摂ってないんだ。ここで食事はできるか?」
「なんだ、そうだったのか。すまんが、うちの食事の提供時間は終わっている。酒場なんかならまだ開いてるだろうが」
「ああ、そうか。それならいい」
どうしようか一瞬だけ迷ったが、一食くらい抜いても問題ないと、部屋に引き上げることにした。夜の酒場は深酒ですっかりできあがっている連中ばかりだ。コークスローに辿り着いたばかりだというのに、あの騒がしい中で食事をする気にはなれない。
インベントリに食料を入れられれば、このような悩みはなくなるんだがな。生憎と俺のインベントリ・チャームは、ダンジョン産のアイテムでなければ収納できないのだ。高性能のインベントリアイテムならばダンジョン産以外のアイテムも収納できるらしいが、生憎とお目にかかったことはない。高級品なので、駆け出し探索者の拠点であるアースリルには出回らないようだ。
用意された部屋は何の変哲もないごく普通の一室だった。多種族が入り交じっているとはいえ、その辺りは共通の仕様らしい。それとも、種族ごとに案内する部屋を変えているのだろうか。
ベッドに腰掛けて、システムカードからセプテトを呼び出す。コークスローに到着したら連絡しろと言われているのだ。
だが、何度呼び出しボタンを押しても、まるで反応がない。反応があったのは、これで最後にしようと考えていた五度目のコールのあとだった。
「ああ、もうなんだよ! うるさいな!」
空間の歪みから現れたセプテトが、不機嫌そうな顔で抗議する。だが、文句を言いたいのはこちらだ。
「お前が呼べと言っていたんだろうが」
「……え? ああ、そうだったね! 開発に夢中ですっかり忘れてた! ごめんごめん」
全く謝意の感じられない軽い口調で謝るセプテト。とはいえ、指摘したところでヘラヘラと躱されるだけだ。話を進めた方が面倒がないだろう。
「それで、コークスローで何をすればいいんだ?」
「それなんだけどね――」
セプテトが言うには、コークスロー周辺で創造エネルギーの湧出量が増加しているらしい。エネルギー採掘の面では悪いことでは無いように思えるのだが、事はそう簡単ではないそうだ。
「創造エネルギーは魔物やアイテムといった形をとることで安定化するんだけど、湧出量が増えすぎるとバランスがとれなくなっちゃうんだよね。場合によっては想定以上に強力な魔物が出現したり、それどころか想像もつかない現象が発生したり……とにかく、あんまり望ましい状況ではないんだよ」
「なるほどな。で、結局、俺はどうすればいいんだ?」
「できれば原因を解明して欲しいけど……とりあえずは魔物を大量に狩って欲しいかな。君はそういうの、得意でしょ?」
それならば、やることはいつもと変わらない。何をやらされるかと思ったが、たいしたことではなくてひと安心だ。
ちなみに、この依頼は本来のセプテトの管轄ではないらしい。コイツの役割は、探索者の戦闘職業やスキルの設計、管理なのだそうだ。だが、それらは一度実装した後には、あまりやることがない。そんなわけで、たびたび、こうした雑用が割り振られるのだとか。
セプテトとしては雑用ばかりやらされる状況は本意ではない。そのせいで、他の御使いから一段下に見られているんだとか。できることなら、他の御使いを見返してやりたいと思っているようだ。
そのために、セプテトが取り組んでいるのが、新システムの開発だ。
「で、どうなんだ。開発状況は?」
尋ねると、セプテトは誇らしげな顔で口の端をつり上げた。
「まだまだ完成とは言えないけど……目処はついたよ。お試し版の実装になるけど……サブクラスシステム、試してみる?」




