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50. ハリソンの財布にオーバーキル

 結晶体一つで150億エルネ。聞き間違えかとも思ったが、試しにチャージしてみれば、システムカードの所持エルネの表示欄の桁が三つほど増えた。セプテトの言う通り、ほぼ150億エルネが追加されている。


 レベルドレインで奪取できる経験値は総量の10%のはず。ということは、ハリソンの経験値総量はエルネに換算すると少なくとも1500億エルネ。ドレインを150回以上も繰り返せば、その99%以上はクレアテ結晶体に変わっているはずだから、これを全部チャージすると1500億エルネ近くを入手できるわけだ。なんだそれは。億万長者ってレベルじゃないぞ。


「ビックリした? 高レベル探索者が保有する創造エネルギーってそれくらい大きいんだよね」


 セプテトがニコニコと笑っている。俺が驚くのを見て面白がっているのかもしれない。


 ただ、俺としては少しぞっとした。


 レベルドレインで経験値がクレアテ結晶体に変換される以上、俺たち探索者が蓄積している経験値の正体が創造エネルギーなのだとは思っていた。だが、その蓄積量が予想以上に大きい。だからこそ思ったのだ。探索者にレベルを上げさせ、それを搾り取るのが一番効率の良い創造エネルギーの集め方なのではないか、と。


 エルネマインは畜産場で、神は探索者たちを家畜と見ている。家畜を肥え太らせ、食べ頃になるのを待っているのではないかという妄想が頭を過ぎった。


 問うべきではないかもしれない。しかし、問わずにはいられなかった。考えたことを率直にぶつけると、セプテトは少し思案してから頷く。


「ある意味では間違っていないかもしれないね。でも、君が危惧しているようなことにはならないよ。君は、ある程度レベルが上がったら、家畜のように屠られてエネルギーを取り上げられるんじゃないかと思ってるんでしょう?」

「あ、ああ。だが、そういうわけではないんだな?」

「そりゃあそうだよ。だって、君たちには寿命がある。気長に待ってれば確実にエネルギーは回収できるんだよ。途中で無理矢理取り上げる必要なんてないからね」

「……そういうことか」


 探索者が経験値として蓄積した創造エネルギーを回収する。そんな仕組みがあることは確かなようだ。だが、それは生の途中で理不尽に刈り取られるようなものではないらしい。神にとって、人間の一生など大した時間ではないということか。


「それにね。探索者が魔物を倒したときに体内に蓄積する創造エネルギーって、大抵の場合、その魔物がドロップするクレアテ結晶体から得られるエネルギーよりも小さいんだよ。だから、高レベル探索者からエネルギーを取り上げるよりも、たくさん魔物を倒して貰った方がありがたいんだ」

「そうなのか」


 高レベル探索者は、言うならば有能な採掘者だ。その力を無理矢理奪うよりも、積極的に働いて貰った方が、エルネマインにとっては有益ということだな。探索者の保有するエネルギーも最終的には回収されるということならば、なおさらだ。


 そんな話をしていると、ちょんと外套の裾が引かれた。ルゥルリィだ。


「ますた。アレ、起きた。眠る花、する?」


 アレ、というのはもちろんハリソンのことだ。今は縛られた状態でもがいている。奴のレベルはすでに10未満。ルゥルリィの蔦を振りほどく力はない。ついでに、口も塞がれているので、もごもごと声にならない声を漏らすことしかできないようだ。


「いや、ちょうどいい。しばらくそのまま拘束しといてくれ」

「あい!」


 さて、奴の資産を取り上げるとしよう。と言っても、直接奴の所持しているエルネに手を出すことはできない。だから、少し工夫する必要がある。


「セプテト、手頃なのはどれだ?」

「んー。30億エルネくらいあればいいかな。それなんかいいんじゃない?」


 尋ねると、セプテトは転がっているクレアテ結晶体の一つを指さす。その価値がおよそ30億エルネらしい。他の結晶体に関してはとりあえずインベントリにしまっておくことにしよう。


「じゃあ、ペルフェ。頼むな」

『うぅ……仕方がないなぁ』


 ペルフェはふよふよと浮いて、ハリソンのそばに近づき奴の体に触れた。それを見届けて、続きの指示を出す。


「ルゥルリィとセプテトは離れておけよ」

「あい!」

「わかってるよ」

「よし、ペルフェ。もういいぞ」


 ペルフェの所持者は一時的にハリソンになっている。そのため、ペルフェからの声は聞こえない。だが、俺の指示が伝わったのはすぐにわかった。ハリソンが激しく暴れ出したからだ。


「ルゥルリィ、蔦はもういい」

「あい!」


 俺の指示に従って、ルゥルリィが蔦の拘束を解く。自由を取り戻したハリソンがペルフェを掴み、猛然と襲いかかってきた。一番近くにいた俺に向かって。


「殺す! 殺す!」

「いや、お前には無理だよ」


 今の奴の攻撃力は侮れないものになっているだろう。だが、敏捷はレベル相応。レベル50の時点でも、俺の方が素早かったくらいなので、ハリソンの攻撃が俺にあたることはない。完全に見切っているし、ギリギリで避けることも可能だ。


 そして、わざと手にしたクレアテ結晶体にかすらせることも。


 剣先がかすめ、クレアテ結晶体がパシリと小さな音を立てて割れた。結晶体は真っ二つになる……が、それだけにとどまらない。内包していたエネルギーが破損部分から抜け落ちていくのだ。そして、残った結晶体の残骸もさらさらと砂のように崩れて消えていく。


「ペルフェ、もういいぞ」


 俺が指示を出すと、ハリソンの暴走は止まった。奴は呆然とした表情で立ち尽くしている。脱力した手から抜け出したペルフェが俺の手元へと戻ってきた。


「良くやった」

『えへへ、役に立ったでしょ~?』

「ああ、ばっちりだ」


 説明するまでもないが、ペルフェはハリソンに対して〈殲滅衝動〉を使った。それを利用して、ハリソンに俺のクレアテ結晶体を破壊させたというわけだ。30億エルネ相当の結晶体を、だ。


「な、何をした! 俺に何をしたんだ!」


 事情を飲み込めていないハリソンが喚く。だが、そんなものに取り合うつもりはない。


「それはこっちの台詞だ、ハリソン。お前は今、俺の資産を不当に消滅させた。賠償金を支払って貰う」

「な、何だと!? ぐ……! だが、証拠がない。貴族でもないお前の証言など、衛兵隊は信用せんぞ!」


 ハリソンの指摘はもっともだ。それを覆すには、俺も貴族になるという手がある。が、今回はもっと簡単な手を使おう。この場には、一応、衛兵隊よりも偉い立場の存在がいるのだ。


「セプテト」

「はいはい。ええと、ハリソンだっけ? 御使いたるこの僕が、そっちの……まあ怪しげな探索者の資産を毀損した事実を確認しました。彼が賠償を求めるなら、その契約は僕が取り持ちます」

「御使い!? なぜ、そんなものがここに!?」


 ハリソンが驚きに目を見開く。無理もない。普通ならば、御使いが直接姿を現す機会は、キャラメイク時くらいのものらしい。俺は頻繁にあっているが。


「僕がここにいる理由なんてどうでもいいことです。賠償契約についての話を続けましょう。そちらの探索者は幾らの賠償額を求めますか」

「30億エルネだ」

「な!? 何を馬鹿な!」


 当然ながら、ハリソンが抗議の声を上げる。だが、済まない。完全に茶番なのだ。すでにお前の結末は決まっている。


 セプテトと俺はハリソンを黙殺して話を進めた。


「30億エルネの賠償は妥当だと判断します。支払い猶予はどうしますか?」

「即時で」

「残念ながらハリソンの所持エルネは10億余りで、賠償額には足りません。また、貴族階級の特権として、所持エルネを上回る借金の返済は、税の支払日まで猶予されます」

「では、とりあえず、回収できる全資産を回収した上で、税の支払日まで待つ」

「わかりました。では、ハリソン、あなたのエルネは怪しい探索者へと移されます。また、所持しているアイテムも全てそちらの探索者へと渡してください。アイテムの価値は僕が算定しますのでご心配なく」


 いつもの笑顔を封印して、セプテトが淡々と告げていく。ハリソンはいつの間にか、がっくりと項垂れていた。もはや言葉もないようだ。ここでセプテトに食ってかかると余計に立場が悪くなるので、ある意味では幸運なのかもしれない。


「ああ、支払日には税金もしっかりと支払って貰いますので。不足すれば、貴族位は剥奪です。その時点で借金の返済が残っていれば奴隷落ちになりますのでご注意ください」


 無情に告げるセプテト。ハリソンの奴を平民に落とすつもりだったが……ひょっとしたらオーバーキルだったかもしれんな。まあ、同情はしないが。



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