48. スキルだいじに!
魔物寄せの香を焚くと、どこからともなく魔物たちが押し寄せてくる。その多くは白猿だ。香によって好戦的になっているらしく、ハリソンにも恐れることなく飛びかかっている。
「くそっ! 面倒くせぇ! こんな時間稼ぎをしても無駄だぞ!」
ハリソンは魔法だけで対処するのが難しいのか、拳も交えて応戦している。高レベルだけあって、白猿くらいなら素手でも一撃で屠れるらしい。
だが、こちらへと攻撃する余裕は消えた。いずれ、対応してくるかもしれないが、そんな余裕を与えるつもりはない。
「アイツを狙え!」
【咆哮】スキルのアーツ〈支配者の檄〉を使う。このアーツは一部の魔物を従え、簡単な指示を与えることができる。
説明だけ聞けば強力なアーツに思えるが、無条件に使えるわけではない。有効な魔物は獣系もしくは人型に限られる上、格下相手にしか効果を発揮しないのだ。しかも、俺の場合は種族適性によってスキルが弱体化している。適正レベルの狩り場では、全く使えないアーツだった。
今回使ってみたのも、白猿相手ならばもしや……という程度の期待しかなかった。だが、結果として大成功だ。俺に襲いかかっていた白猿たちは、一斉にハリソンへと向かった。
「ああ、うぜぇ! 邪魔なんだ……よぉ!」
群がる白猿たちの隙をついて、ハリソンが魔法を放つ。例の衝撃波だ。その直線状にいた白猿たちはまるで溶けるように次々と光の粒に姿を変えた。しかし、そうしてできた隙間に、他の白猿が殺到する。
「っち、これじゃあ意味ねえな。これが狙いか!」
その通り、と内心で同意しておく。奴が放つ衝撃波の最も危険な点はやはり見えないことだろう。だが、白猿が盾となることで、その軌道がはっきりと可視化される。おまけに多少は威力も減衰するはずだ。
もちろん、狙いはそれだけではない。大量の雑魚モンスターはドレインアーツによる補給源になる。かなり格下なので回復効率は悪いが、それでも香の有効時間内ならほぼ無尽蔵だ。消費を気にせずマナを使える利点は大きい。
続いて、インベントリから仮面と外套を取り出す。これで俺がファントムであることが完全にバレてしまうだろうが、もうほぼバレているようなものなので問題ない。
装備を調えたら、自己強化だ。【獣力解放】のアーツ〈剛獣ノ心〉と〈迅鳥ノ心〉を発動した。それぞれ、筋力、敏捷が上昇する代わりに被ダメージが増えるというデメリット付きのアーツだ。
被ダメージ上昇は痛いが、そもそもハリソンの攻撃は一撃でもくらえば致命的だ。【痛覚耐性】や【頑強】の特性を持っているとしても、まともに動くのは無理だろう。ならば少しでもステータス差を埋めておいた方が良い。
「っ……!? どこに行きやがった! 逃げたって無駄だぜ! お前がアースリルで活動する限りな!」
〈ダークミスト〉を使って霧に紛れると、ハリソンが喚き散らす。宵闇の外套の効果で俺を見失ったのだろう。
奴の言葉はアースリルで活動しなければ逃げ切れると言っているようなものだ。まあ、逃げるつもりなどないが。目の前の宝の山を逃すなんてあり得ないだろ。
ハリソンは、白猿を殴り飛ばしながら、油断なく短杖を構えている。俺を見つけ次第魔法を放つつもりなのだろう。だが、奴の死角を意識して近づいているので、そう簡単には姿を捉えさせない。
『ていっ』
「くそっ、邪魔だ!」
ときおり、ルゥルリィが蔦でハリソンにちょっかいを掛けるが、もちろんそれは陽動。俺のいる場所とは無関係の場所から蔦を生やすことで奴の混乱を誘っているのだ。
そうして奴の背後に忍び寄った。まだ、奴は気がついていない。この条件なら【暗殺】が乗る!
「ふっ!」
『スラーッシュ!』
「がっ!? くそっ、いつの間に!」
ダメージは与えられた。奴の体を切り裂いた感触が、ペルフェを通して伝わってくる。だが――浅い。
『ひぇ、かったいなぁ』
「倒せそうか?」
『うーん、これは大変かも』
【暗殺】は背後からの攻撃や、視認されていない状態での攻撃に補正がかかるというスキルだ。最近習得したばかりだが、クズ探索者から奪ったものなのでレベルも高い。加えて、〈剛獣ノ心〉の筋力アップに、ペルフェの【突撃】も考慮すると、ダメージ倍率はかなり高くなっているはずだ。
それでも、ハリソンの防御力を上回るのがやっとというところ。だが、ダメージを与えられるなら、倒すことも不可能ではない。
「くそっ、くそっ、くそっ! なんだお前は! なんなんだ!」
思わぬダメージを負って錯乱したのか、ハリソンが風の刃を連発している。が、動揺のせいか狙いが甘い。その攻撃が俺に当たることはなかった。
「俺は! 俺は貴族だぞ! レベルだって50はある! アースリルなんぞで活動している程度の探索者が俺に傷を負わせるなんてこと、ありわけがねえ!」
ハリソンはすっかりと余裕をなくしている。圧倒的なレベル差で、負ける……どころか傷ひとつ負うはずがないと高を括っていたのだろう。それが予想外の手傷を負って、取り乱しているわけだ。存外と心の弱い奴である。
いや、おそらくは堕落してしまったのだ。奴がどの程度アースリルに君臨していたのかはわからないが、その間、まともに戦ってこなかったのではないだろうか。ステータスは低下せずとも、その心は徐々に腐っていたのだ。
「レベル50でこんなものか。意外と大したことはないんだな」
「なんだと!?」
俺の言葉は本音でもあるが、その狙いは挑発だ。
意図したとおり、激昂したハリソンがアーツを連発してきた。大した威力だが、冷静を欠いた攻撃はやはり精度が甘い。そんな攻撃ならばいくらでも避けられる。そして、そのたびに、奴のマナは無駄に消耗するわけだ。
さて、マナ切れを狙う手もあるが、回復薬くらいは持っているだろう。無駄に長引かせるのも面倒だな。
「仕方がない。これを使うか」
『ん? 何のスキル?』
俺が取り出したのはスキル結晶体。それをペルフェへと差しだした。
『えぇ、このスキル!? いいの?』
「お前の意志でオンオフできるんだろ? 攻撃のタイミングに合わせて有効にできるか?」
『もちろんだよ!』
それなら問題はない。あとは、先程と同じ手順だ。ダークミストで姿をくらまし、奴の背後に近づく。そして――……
「今だ!」
『いぇい! 殲滅だー!』
ペルフェが発動したのは【殲滅衝動】、狂乱の精神異常を付与するとともに、攻撃力を大幅上昇させるスキルだ。ペルフェが初期から持っていたスキルである。危険なスキルなので取り上げていたが、エルネに変えずに保管しておいたのだ。
発動の瞬間から俺の心の底から沸々と煮えたぎるような衝動が沸き上がる。
生きとし生けるもの、その全てを、殺せ、壊せ、破壊しろ、根絶やしニシロ、全テ、全テダ、何モ残サズ、破壊ヲ――――!
気がつけば、ハリソンに斬りかかっていた。直前で気付いたハリソンが右手でガードするが、その腕をほとんど抵抗なく切り飛ばす。
「ば、馬鹿な、そんな馬鹿なことがあってたまるかぁ!」
狂乱状態が伝染したかのように、ハリソンが吼える。一方で、俺の方は少しだけ冷静さを取り戻した。【状態異常耐性】と仮面の精神異常耐性の効果が発揮されたのかもしれない。沸き上がる衝動を感じつつも、それを冷静に俯瞰する自分もいる……といった感じだ。
だが、体は俺の意志を離れてハリソンに攻撃を続けていた。一撃ごとに奴の生命を確実に削り取っている。むしろ、意志を総動員して、どうにか奴の致命傷を避けている状態である。
「が……やめ……や……」
すでにハリソンはズタボロだ。これ以上続けるとまずい。奴の命とスキルが失われてしまう!
「ペルフェ、止めろ!」
『あ! うん、わかった!』
指示すると、すぐに衝動は収まった。胸中を占めていた感情が急に抜け落ちるので、よくわからない喪失感を覚えるが、それもすぐに消える。特に問題はないようだ。
ハリソンはというと、右手は切断され、満身創痍といった様相だ。気絶したらしくピクリとも動かないが、一応は生きている。
『大丈夫そう?』
「ああ、ギリギリな」
『良かったね! スキルが無駄にならなくて!』
そうだな……と同意したいところだが、さすがに口には出さないでおこう。客観的に見ると相当酷い奴だ。




