47. 物理による説得
「俺はファントムではないぞ。人違いだ」
素直に認める義理もないので、そう言ってやったのだが、ハリソンは面倒くさそうに片手を振るばかりだった。
「ああそうかい。まあ、ファントムかどうかは別にどうだっていい。重要なのは、お前が非常に厄介な能力を持っているってこった。スキルを消す……いや、盗むか? そんなことができる奴が敵にいたんじゃあ、枕を高くして眠れないだろ? なぁ?」
その言葉に嘘はないのだろう。奴が気にしているのは、あくまでスキルを盗む敵対者の存在。それが、何故ファントムに結びついたのかは不明だが……まあ、よくわからん噂が飛び交っているからな。怪しげなことは全てファントムの仕業、となってもおかしくはなかった。
ともかく、ハリソンにスキルを見通す力があるのなら、言い逃れはできない。
「で、アンタは俺に何の用なんだ?」
「なぁに、簡単な話さ。敵対しているから面倒なんだ。だったら、仲間に引き入れりゃいい。って、わけでどうだい? 俺の部下にならねえか? もちろん、さっきの連中よりも良い待遇で迎えてやるぜ?」
正気か?
部下になったからと言って、素直に従うという保証はない。寝首を掻かれる危険性を考えないのだろうか。ひょっとしたら、部下に忠誠を誓わせる手段でもあるのかもしれないが……。
いずれにせよ、答えは決まっている。
「断るよ。趣味じゃないんでね」
人の弱みにつけこんで金を稼ぐ。悪趣味にもほどがある。人道に悖るし、そもそも何が楽しいのかさっぱりわからん。奪うなら相手は悪党に限るってものだ。
「ま、だよな。こっちも素直に従うとは思ってねえさ。そこは、今後の話し合いでわかってもらうつもりだぜ?」
話し合いといっても、真っ当なものではあるまい。それは、奴の目に宿る剣呑な光からも知れる。
「ほらよ」
ふいに、ハリソンが何かを投げて寄越した。白い小石のようなものだ。
もし、もっと勢いよく投げられていたならば、避けるか弾くかといった対応をとっただろう。だが、小石はゆっくりと弧を描き、絶妙な速度で俺の手元に飛んでくる。警戒しなかったわけではないが、思わずそれを掴んでしまった。
その瞬間だ。手の中で小石が砕けた。代わりに、ぐにゃりと視界が歪む。訪れる酩酊感。俺の名前を呼ぶアイリの声が聞こえた気がしたが、それも一瞬のこと。次に聞こえてきたのは草木のざわめきだ。
「ここは……?」
森の中だった。正確な場所はわからない……が、おそらくは白猿の森だろう。遠くに、それらしき影が見える。
少し遅れて、背後に気配が生じる。歪んだ空間から現れたのはハリソンだ。
あの小石は転移用のアイテムだったのだろう。俺を移動させた後、奴自身も追ってきたというわけだ。
「あの場所じゃあ、衛兵連中がうるさいだろ? 説得の邪魔をされたら面倒だからなぁ?」
ハリソンは顔をニヤつかせている。衛兵の助けはこないという脅しのつもりだろうか。だが、酒場で戦うのは俺にとっても避けたいところだった。この場所ならば、周りの人間を巻き込む心配をしなくていい。思いっきりやれる。
「さっきも言ったが、お前の下につくつもりはないぞ」
「はは、せっかちな奴だなぁ。今から丁寧に説得してやるから、答えは後で聞かせてもらう……さ!」
言葉を尽くす……なんて考えはないようだ。ハリソンは短杖を構えて何らかのアーツを放ってきた。話が早くて実に結構。
奴が放ったのは、さっきハルヨシさんを攻撃した不可視の衝撃波だろうか。見えない上に早いのが厄介だ。が、狙いが俺だとわかっていれば軌道は読みやすい。タイミングさえ失敗しなければ避けるのは難しくない――はずだった。
「がはっ……!?」
余裕を持って大きく避けたはずが、それでも俺の体を何かが掠めていった。想像よりも衝撃波の攻撃範囲が広かったようだ。直撃は免れたが、それでも体が引きちぎれそうな衝撃が俺を襲った。まともに食らえば、それだけで致命傷だ。
「はっは! 惜しかったなぁ? ここなら俺も本気でやれるんだ。悪く思うなよ?」
そうだ。ハルヨシさんへの攻撃は、衛兵隊の介入を嫌って、手加減したものだったはず。それを計算にいれていなかったのは俺のミスだ。いや、計算に入れたところで、避けられたかどうかはわからないが……。
「しかし、一撃で決められんとはなぁ。あの場にいたのは転生一年にも満たない奴ばかりって話だったんだが……お前もそうなのか? だとしたら、末恐ろしいぜ。やはり、今のうちに部下にしておかないとなぁ?」
ハリソンは余裕げに笑っている。今の一撃で戦力差をある程度見極めたつもりなのだろう。実際、奴の攻撃をまともに受けたなら、俺はひとたまりもない。俺一人で奴に勝つなんて絶望的だ。
もちろん、一人で戦ってやるつもりはさらさらないが。
「ペルフェ、ルゥルリィ」
『拘束でしょ、了解!』
『あい。ますた』
俺の呼びかけに、頼もしい相棒たちが応えた。二人が操る蔦がハリソンに襲いかかる。
「ぬぉ!? なんだ、そのスキルは?」
ハリソンは蔦から逃れつつも驚きの声を上げた。スキルを見通せる奴だからこそ、予想外だったわけだ。残念ながら、それは俺のスキルではないので見抜けるはずもない。
だが、さすがに高レベル探索者。蔦に絡め取られることもなく、風の刃でそれらを切り裂いている。
まだ、手数が足りないか。ならば、追加で呼び出すことにしよう。
俺がインベントリから取り出したのは、魔物寄せの香だ。




