40. とりあえずドレイン
深夜。アースリルの街は寝静まっている。
住人のほとんどは地球からの転生者だとはいえ、エルネマインで日付が変わるほどの時間帯まで起きている人間は少ない。夜間に楽しめる娯楽が乏しいからだ。MMORPGならば夜にひと狩りという手もあるが、夜目の利かない人間が暗闇の中で活動するのは圧倒的に不利だ。苦労して魔物を倒したところで、今度はドロップアイテムを拾うのにも難儀する。必然的に、住人の就寝時間は元の世界よりも早い。
「さて、あそこがターゲットが泊まっている部屋だ」
俺が指さしたのは、とある宿屋の一室。アースリルにおいては高級な部類だろう。件のクズ探索者の一人、ヴィハーンが長期的に利用している部屋だ。
この情報は、ハルヨシさんが教えてくれた。奴らに恨みを持つ同志たちが、クズ探索者たちの動向を絶えず探っているらしい。奴らの自業自得とは言え、なかなかぞっとする話だ。
「はぁ。なんで僕がこんなことを……」
隣でセプテトがぼやく。とはいえ、話自体は聞いているらしい。俺が示した先をじっと見ていた。
「まだ、そんなことを言ってるのか。お互いに協力するってことになっただろう」
「そうだけど……」
渋るセプテトをその気にさせるため、俺は交換条件を持ちかけた。セプテトの要請があった場合、奴の頼みをできる範囲で聞いてやるという内容だ。できる範囲で、というのがミソである。
この条件を持ちかけたとき、コイツは意外と乗り気だったのだが。やはり、いざとなると躊躇してしまうものなのだろう。
セプテトに求める役割は転移だ。
転移がなくとも、ターゲットが眠る部屋に忍び込むこと自体は難しくない。宵闇の外套のおかげで、夜間における俺の隠密能力は極めて高いからだ。
だが、ターゲットは格上の探索者。決して油断はできない。もし、途中で気付かれたならば、ステータスの関係で逃げ切るのは無理だろう。だが、転移があれば、それも可能だ。つまり、セプテトは逃走時の保険だった。
「むぅ、しょうがない。やるよ」
ようやく決心がついたのか、セプテトが小声で宣言する。すぐに、俺たちの目前に、不気味に渦巻く空間の歪みが現れた。
ジェスチャで先に行けと示されて、恐る恐る、不気味な渦へと足を踏み入れる。一瞬、ひどい酩酊感のようなものに襲われたかと思えば、視界が暗くなった。何かと思えば、転移が完了したようだ。月明かりの下から、暗い部屋の中へと移動したせいで、そう感じたらしい。
ふいに背中を押された。セプテトも転移してきたらしい。邪魔だと言いたげだったので、少し避けて場所を確保してやる。
目の前のベッドには、誰かが寝ている。がぁがぁと鼾がうるさいが、起きる気配がないのはありがたい。
明かり取りの窓から僅かに月明かりが差し込んでいるので、完全に暗闇というわけではない……が少し心許なかった。万一、人違いだったら困るので、何かの魔物から奪った【光魔術】で〈フローティング・ライト〉を使う。光源を確保するだけのアーツで、攻撃力は皆無だ。光量を極限まで絞ったので、蝋燭よりもぼんやりとした光となった。これなら多少外に漏れたところで問題ないだろう。おそらく。
微かな明かりを頼りに、寝ている人物の顔を確認する。間違いない。こいつはヴィハーンだ。ターゲットの確認は完了。作戦は次の段階に入る。
今からコイツに罰を与えるのだ。褒められた行為ではないのは重々承知の上。とはいえ、エルネマインでは公正な裁きなど期待できない。だからこそ、天に代わって俺がコイツを誅す。
……とまあ、それらしき理由付けをしてみたところで、結局は自分が気にくわないから、私刑を下しているに過ぎない。それは自覚しておくべきだろう。じゃないと、歪んだ正義感に取り憑かれてしまう。
さて、罰を下すと言っても、命を奪うつもりはない。彼には思いっきり弱体化してもらう。そのために、使うアーツは〈レベルドレイン〉と〈スキルドレイン〉だ。
〈レベルドレイン〉は【盗む】スキルが15になったときに使えるようになったアーツである。魔物相手に使った限りでは、レベルを奪うというよりは永続弱体化を与えるアーツという印象だ。
マナ消費は意外と小さくて20。その分、一回の効果は小さい。レベルというよりは経験値を少しずつ奪っている感じだ。
「早くはじめようよ」
囁くような声は隣から聞こえた。見れば、セプテトが今か今かと目を輝かせている。あれだけ渋っていたのに、いざ事が始まるとこの態度である。なかなか良い性格をしてるな。
セプテトに従うわけではないが、さっさとはじめよう。人間に使うのは初めてだが、マナドレインならコルネリア相手に使ったことがある。おそらく、他のアーツも人間に対して有効だろう。
ヴィハーンはかなり物理寄りの前衛職。俺よりもレベルは高いはずだが、おそらく抗力はそれほどではないと睨んでいた。その推測は正しかったらしい。
「あっさりと通ったな」
「へえ、こんな風になるんだ。実装はしたけど、直に見るのは初めてだよ」
最初のレベルドレインはあっさりと効果を発揮した。俺の手には、奴から奪った結晶体がある。これが、奴の経験値だったもの、だろう。残念ながら、奪った経験値はクレアテ結晶体となるので、自分のレベル上げには使えない。だが、得られるエルネはなかなかのものだ。正直、魔物は倒すよりもレベルドレインで経験値を搾り取った方が良い稼ぎになる。
レベルドレインの効果は使う度に減衰していく。おそらく総経験値に対する割合で効果が決まっているのだろう。それでも20回も使えば目に見えて能力は落ちる。マナが不足すれば、寝ている本人からドレインすればいい。
経験値をある程度奪ったら、次はスキルだ。
スキルドレインはマナ消費が大きいので乱発できないのがネックだな。ヴィハーンのマナだけでは足りないので、奴のお仲間からも頂戴するとしようか。
それでも今日中にスキルを奪い尽くすのは無理だ。明日からは、マナ回復薬を用意した方がいいな。
「……すっごく悪い顔してるよ」
「おっと」
気がつけば、こちらを見て、セプテトが顔を引きつらせている。ちょっと、楽しくなってきて、それが顔に出てしまったようだ。とはいえ、悪い顔というのは聞き捨てならないな。お前も、さっきはワクワク顔だったじゃないか。同類だよ。




