39. 御使い召喚
その日の夜、俺はさっそく召喚の儀式に入った。手順は簡単。装備を怪人スタイルに変えて、システムカードの偽装を解き、宿屋で部屋をとるだけだ。
召喚の地に選んだのは、かつて召喚実績のある某宿屋。転生初日に利用したところだ。あの日と同じく、宿屋の主人は俺が入ったことに気付かずに頬杖をついている。
「部屋を取りたいのだが」
「うぉ!? ファントム!? いや、アナタは!」
仕方なく声をかけると、宿屋の主人は酷く驚いたらしく、大声を出した。かなり混乱しているようだ。
彼は“ミツカイ・セプテト”という名前での決済履歴を確認した唯一の人物だ。そのあと、俺が“ファントム”として活動しはじめたので、俺の正体を計りかねているのだろう。
「静かにな?」
彼の心情は理解できるが、騒がれては困る。人が増えると面倒も増えるからな。静かにするように要請すると、彼は無言でコクコクと頷いた。
「で、部屋は?」
「は、はい。こちらの部屋を」
彼が寄越した鍵は、偶然にも前回と同じ部屋番号だった。それを受け取り、システムカードで決済をする。履歴を確認したのか、男が目を大きく見開いた。咄嗟に自らの両手で口を塞いだのは賢明な判断だろう。
満足げに笑いかけてやってから、指定の部屋に向かう。あれから、半年が経過したが、部屋の様子は変わっていなかった。まあ、宿の一室なのだから当たり前だが。
そして、ベッドに腰掛けて一息ついたところで、目の前の空間が歪みはじめた。これも、あの日と同じだ。
「ちょっとちょっと! 何やってるのさ! 僕の名前で決済するのはやめてって言ったでしょ!」
歪みから現れたのは、もちろんセプテトだ。他の御使いが現れたら面倒だったので少し安心する。
といっても、自己保身能力だけは高そうなコイツのことだ。名前が使われるリスクがある状態で、警戒を怠るとは思わなかった。
「仕方がないだろ。他にお前を呼び出す方法がわからなかったんだから」
「いや、僕、御使いだよ? そんなにホイホイと呼び出さないでよ」
ぶつくさとうるさいセプテトの愚痴を聞き流して、本題に入る。
「ちょっと協力して欲しいことがあってな」
「何で僕が協力しないといけないんだよ」
「お前、言ったよな。俺たちは一蓮托生だって」
「うぇぇ!?」
セプテトは、自分の事情に合わせろというつもりで言ったのだろうが、残念ながらそれだけでは済まないのだ。俺が迂闊な行動をとれば、チートアーツ諸々が神にバレてセプテトにも累が及ぶ。それを防ぐためにもセプテトは俺に協力せざるを得ない。
「ぼ、僕に何をしろっていうの?」
「まず聞きたいのはボス格魔物の出現条件だな」
「ああ、ボスの。それくらいなら大丈夫かな」
セプテトから聞き出したところ、ボスモンスターの出現条件は様々だった。わかりやすいのは、同系統の魔物を狩り続けると出現率が上がるというもの。白猿なんかが、そうらしい。ただ、白猿のボスも出現までに一ヶ月かかった。そう考えると、一ヶ月で、要求されたドロップアイテムを揃えるのは厳しいかもしれない。
「出現率を上げる方法はないのか?」
「あるにはあるよ。詳しい原理は説明を省くけど、魔物が出やすい条件を整えると、ボスも出やすくなるんだ。魔物寄せの香とかを使えば良いんじゃないかな」
「そんなものがあるのか?」
「え? 普通に売ってるんじゃない?」
そ、そうだったのか……。
俺の場合、エナジードレインとマナドレインがあるため、回復アイテムいらずだ。その上、状態異常耐性のおかげで毒なんかの治療アイテムもほとんどいらない。そのせいで、消耗品のチェックを怠っていたのだ。まさか、そんなアイテムがあったとは。それさえあれば、レベルアップがますますはかどっていたのに。
まあ、この半年間で他の探索者が使っているところを見たこともなければ、それらしき話を聞いたこともないので、それほど使い勝手の良いアイテムではないのだろうが。明日にでもチェックしておこう。
「次の質問は貴族についてだ。アイツらは別に、この地域を支配してるってわけじゃないんだな?」
「そうだよ。街の管理はユイット――僕とは別の御使いの管轄だね。貴族は単に特権を持っているだけの探索者だよ」
名称のせいで勘違いしていたが、貴族は別に領主であったり行政官というわけではない。それらに働きかける影響力はあるので、特権階級には違いないが。
とはいえ、あくまで俺たちと同じ探索者なのだ。彼らは税金を搾り取る側ではなく、税金を搾られる側である。しかも、その額は平民階級とは比べものにならないほどに大きい。
現在、アースリルで活動している貴族探索者は、クズ探索者たちの後ろ盾になっている奴のみ。名前をハリソン・バーグレイという。爵位は男爵。貴族階級の中では下っ端らしい。それでも、アースリルにおいてはトップの実力を持っているのは間違いない。
さて、そんな男爵様が稼ぎづらいアースリルで何をやっているかと言えば、手下を作ってお山の大将ごっこだ。ルドルフたち――例のクズ探索者もそんな手下の一派らしい。
ハリソンは手下を使って金を集めさせ、アースリルの屋敷で放蕩生活を送っているらしい。そんな生活を続けていれば肉体が衰えそうなものだが、エルネマインでは事情が異なる。一度身につけた戦闘能力はほとんど減衰しないのだ。それがステータスの厄介なところである。
だが、これならハリソンを蹴落とすことはできそうだ。
「で、聞きたいことはこれだけ? それなら僕は帰るけど」
「何を言ってるんだ。本題はこれからだぞ」
「えぇ?」
俺が少々考え込んだ隙に帰ろうとするセプテト。その肩に手を置いて引き留めた。
まだまだ、帰られては困る。コイツには協力して欲しいことがあるからな。なに、直接手を下せとは言わないさ。
さあ、まずはハリソンを蹴落とすための下準備兼予行演習といこうか。




