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225. 死の迷宮モースカウブス

「死の迷宮に、また戻ってくるなんてね。ハティ……」


 感傷的にペルフェが呟く。


 迷宮モースカウブス。またの名を『死の迷宮』だ。推奨レベルは少なくとも60。階層を重ねるごとに魔物が強くなるらしく、踏破は不可能と言われている超難度の迷宮である。


 ここにペルフェの妹、ハティが出入りしているらしい。


「またってことは、前に来たことがあるのか?」

「……昔ね。この迷宮で私は死んだんだよ」


 ペルフェが呟くような声で答える。なるほど、そうだったのか。そんな場所に妹――未だにスペイラと名乗っているらしいが――が現れたとなれば気になるだろうな。


 俺たちが、ハティの情報を掴んだのは単なる偶然だった。




 ライラブラの迷宮は無数にあり、その危険度も様々だ。しかし、地域ごとにある程度傾向がある。たとえば、俺たちが拠点にしていた西地区は推奨レベル30~40くらいのダンジョンが多い。必然的に中堅クラスの探索者が集まる。


 高難度ダンジョンが多いのは北だ。レベル上げを目的としていた俺たちは、北地区の探索者ギルドでめぼしい迷宮を探すことにした。


 この辺りで活動する探索者はエルネマイン全体で見てもトップレベルの実力の持ち主だが、そんな彼らでも踏破できない迷宮が結構あるらしい。その中から旨味がありそうな迷宮を見繕うつもりである。


 いずれも格上なのでレベル上げには困らないはずなので、重視するのは魔物の多様性だ。その方が面白いスキルを得られる可能性が高まるからな。


 探索者ギルドに入ると、ペルフェがキョロキョロと視線を動かす。さきほどから……おそらく北地区に入ってから少々落ち着きがなかった。


「どうしたんだ、ペルフェ。何か気がかりなことでもあるのか?」

「え? いや、そういうわけじゃないんだけどね。ちょっと懐かしくて……」


 ペルフェが微かに笑う。


 だが、北地区に懐かしさを覚えるのか。アーマニアとして生まれ変わる前は、この辺りを拠点として活動していたってことだろうな。


「お前、もしかして、結構実力のある探索者だったのか?」

「あれ、言ってなかったっけ? 私はライラブラでもトップレベルの探索者パーティ『勇猛の剣』のリーダーだったんだよ」

「……お前がリーダーねぇ」

「なに、その目は。少なくとも、キミにそんな目で見られるほど酷くはないでしょ」


 疑惑の目を向けると、逆にジト目を返された。まあ、俺がリーダー向きじゃないのは自覚している。基本的に自分がやりたいこと優先だからな。行き当たりばったりで計画性もないし。


 ペルフェはどうかといえば……俺よりは向いているか。出会ってすぐはわりとハチャメチャだった印象はあるが、これでなかなか面倒見が良い。リーダーだったころの経験が生きているのかもしれないな。


「じゃあ、この辺りの迷宮には詳しいのか?」

「んー、そうでもないよ。北地区で活動する探索者は、目標とする迷宮を定めて、そこに全力を傾けるのがほとんどだもの。私たちもそうだったから、多少の知識はあるけど、詳しくはないかな」


 そういうものか。


 まあ、確かに攻略が目的なら、潜る迷宮をあちこち変えるのは効率が悪い。そこまでしても最難関と言われる迷宮は踏破できていないのだから、北地区の探索者のほとんどは一つの迷宮に挑み続けるってことか。


 なんにしろ、ペルフェの知識に頼るというわけにもいかないようだな。コイツの挑んでいた迷宮が俺にとって都合が良いとは限らない。地道に情報を集める必要がある。まずは職員に話を聞くことにするか。詳しい情報は得られないが、大雑把な情報を広く集めるにはその方が良い。


 と、方針を決めたのは良いが、どうも周囲から注目を集めている気がする。ルーキーの動向が気になるのかとも思ったが、それとも様子が違う。どうやら注目を集めているのは俺ではなくペルフェらしい。


「ペルフェ。お前、もしかして、北地区では有名なのか?」

「え? いや、そんなわけないでしょ。確かに『勇猛の剣』は注目されていたけど、もう50年前の話だよ。知ってる人なんてほとんどいないはずだって」

「だけど、ヤツらが盗み見てるのは間違いなくお前だぞ」

「そうだね……うーん?」


 こそこそと話してみるが、ペルフェにも心当たりがないらしく首を傾げるばかりだ。


 そんなとき、ペルフェの様子を窺っていた探索者の一人が近寄ってきた。鱗に覆われた厳めしい顔で……おそらくは男だ。当然、見覚えはない。


 ソイツはじろじろと不躾にペルフェの姿を見てから、声をかけてくる。


「なぁ、アンタ。スペイラって知っているか?」

「……っ!?」


 飛び出てきた名前にペルフェが声もなく驚く。スペイラとはペルフェがヒュムだった頃の名前だ。


「……どうしてその名前を?」

「そりゃあ有名だからな。死の迷宮に単独で挑む探索者だぞ? 北地区でアイツを意識していない奴なんていないさ」


 だが、その探索者が言っているのは別の人物のようだった。では、何故、ペルフェに向けて、その名を出したのか。ソイツが言うには、そのスペイラという人物はペルフェによく似ているらしい。


 ペルフェに似た容姿でスペイラと名乗る女。俺たちにはその人物に心当たりがある。おそらくは、アルブリアで暗躍した黒衣の女……そして、ペルフェの妹であるハティだ。


 情報を集めるまでもなく、次に潜る迷宮が決まったな。

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