223. 押しつける
「まあ、色々あったけど、みんな無事でよかった! それじゃ、乾杯!」
ヒィトの音頭で乾杯する。ここではグラスをぶつけず、掲げるだけで乾杯するのがルールらしい。いろいろな種族が集まっているので、乾杯のやり方もそれぞれ。なので、店側の提示するルールに従うのが一般的なのだとか。まあ、統一されたやり方があった方が面倒はないよな。
ゴウル砦の騒動から数日が経過している。それぞれ体調も回復したので、一度集まって情報共有……というか、改めて口止めしておこうと思ったわけだ。
参加メンバーはヒィトたちのパーティ四人と、俺たち、そしてチェルだ。ヤツをヒィトたちに押しつけるのも、目的の一つである。やりとげねば。
場所はライラブラのとあるレストラン。広めの個室があるお店ということで選んだ。やはり密談といえば個室だ。他人の目がないのでルゥルリィやフェリルも呼び出せるからな。二人はチェル救出の功労者なのだし、のけ者にするのもどうかと思ったのだ。ちょっとやりすぎな面もあったが、結果無事だったので問題はない。
「いや~、さすがの私も今回は死んだと思ったニャ。ホント助かったニャ」
グラス片手にチェルがニャハハと笑う。本当に死を覚悟したのかと思うほどの脳天気さだ。まあ、コイツが真剣な顔をしていたら、俺は別人に入れ替わったことを疑うが。
ちなみに、あの日、何があったかはヒィトたちにも話してある。俺とセプテトとの関わりも話すことになったが、やむを得ない。フェイラから要請があったのだ。まあ、仲間内で自分だけが事実を知っているとなるとやりにくいのだろう。
それは別としても、合体スケルトンのときのように新たな聖者伝説が作られたりしても困るからな。変な噂を広めないように、真実を伝えた上でしっかりと口止めした方が良いだろうと判断した。
それにチェルを押しつける上で説明は避けて通れない。さすがに、事情もわからないまま魔物のパーツになっていたヤツを仲間に加えろと言われても困るだろうからな。
「アンタも大変だったんだな」
「騙して魔物の素材にするなんて、酷いヤツもいたもんだぜ!」
「無事で良かったんだよぅ」
幸いにして、ヒィトたちはチェルに同情的だ。これなら、仲間として受け入れてもらえるだろう。たぶん。
あとはチェルの判断次第。要注意対象は一カ所にまとまっていることが望ましいので、俺としてはヒィトたちのパーティに合流して欲しいが……。
「チェルはこれからどうするんだ? というか、奴隷から解放されたのか?」
俺が気にしているのはその点だ。奴隷から解放されているなら、チェルの行動を縛るのは難しい。
「そりゃ、もちろんニャ! そのために怪しげな実験に協力したんだからニャ! ほら、これを見るニャ!」
機嫌良く頷くチェル。だが、ヤツが勢いよく取りだしてみせたシステムカードは……黒。奴隷身分を示す色だった。
「な、なんでニャ!? そういえば、奴隷から解放された記憶がないニャ……」
「やっぱりか」
実は、そうじゃないかと思っていた。もしチェルを魔物の素材として利用しようと考えていたなら、わざわざ奴隷から解放する理由がないからな。というか、実験が終わった段階で、チェルは魔物になっていたわけで……そんな状態で解放手続きができるとも思えない。
「そんニャ……私はまだ探索者に戻れないニャ? もう事務仕事はこりごりニャ……」
チェルがうなだれる。そんな彼女にヒィトたちが同情的な視線をやるが……ソイツ、昼寝しているばかりで、まともに仕事をしてなかったぞ。押しつけるのに不利になりそうだから言わないが。
「それなら誰かに借金を肩代わりにしてもらえればいい」
「おお、やっぱりその気になったニャ? 私の尻尾が忘れられないんだニャ? 仲間になって欲しいんだニャ?」
「いや、全く。これっぽっちも」
「ニャんで!?」
ドヤ顔のチェルにきっぱりとノーを突きつける。
「俺じゃなくて、ヒィトたちにどうかと思ってな」
「俺たちのパーティに、か?」
ヒィトたちが驚いた様子で顔を見合わせた。フェイラだけは何か言いたげにこちらを見ているが……まあ、無視でいいだろう。
「最近、火の河だけじゃなくて、他の迷宮に潜るようになったのは、探索者として次のステップを踏み出そうとしているところなんじゃないか? コイツはこう見えて、優秀な探索者……らしいぞ?」
「そういうことか」
次のステップ云々は半ば当て推量だったが、大きく外れていたわけでもないらしい。ヒィトたちの顔には納得の表情が浮かんだ。悪くない手応えだ。
同じ感想を持ったらしいチェルも自分を売り込む。
「そうなのニャ! 私は優秀な探索者なのニャ。レベルは54なので、戦力になること間違いなし! それが今なら、たったの300万エルネのお買い得ニャ!」
こいつ、そんなに高レベルなのか。確かにそれなら戦力としては充分だろうな。ステータスだけが強さではないが、立ち回りがまずければ高レベルまで生き延びられない。つまり、ヤツは本当に優秀だったのだ。あくまで探索者としては。
だが、驚くべきはそこではない。何だ、借金額300万エルネって。エルネマインに転移したばかりの探索者の背負う額ですら1000万だぞ。
もちろん、それは5年かけて返済するもので、新米探索者にとっては膨大な額だ。とはいえ、高レベルの魔物がドロップするクレアテ結晶体はかなり高額になる。レベル50にもなる探索者なら300万なんて、わりと簡単に回収できるはずなのだが。
「なんで、そんな端金で奴隷落ちしてるんだよ……」
「マタタビカクテルで日頃の憂さを晴らしていたらすっからかんになったのニャ。まさか、次の日が税金の徴収日だなんて、夢にも思わなかったのニャ」
俺の冷たい視線を物ともせず、チェルが悲劇のヒロインのように悲痛な顔で世の無常を訴えた。いや、徴収日はシステムカードで確認できるだろ。ちゃんと把握しておけよ。
「仲間はいなかったのか? 貸してもらえば良かっただろ」
「ぐぬぬ! アイツらなんて仲間じゃないのニャ! なにが、何度言っても治らないので愛想が尽きた、ニャ!」
チェルは憤っている。が、どうやら自業自得っぽいな。どうやら、徴収日を失念していて税金が払えないのは初めてではないらしい。何度かやらかして、仲間にも愛想をつかされたようだ。
このカミングアウトはまずい。ヒィトたちも微妙な顔をしている。流れを変えなければ。
「ま、まあ、だらしないところはあるみたいだが、戦力として優秀なら多少は目をつぶってもいいだろう。300万で50レベル超えの探索者を仲間に加えられるチャンスはそうそうないぞ? 心配なら、金の管理はお前たちがやればいいんじゃないか? それなら、勝手に奴隷落ちする心配もない」
必死のアピール。だが、空気を読まないヤツのせいで、それも台無しになった。
「何を言ってるニャ! 私の金は私のものニャ! 勝手なことを言うんじゃないニャ!」
「馬鹿か! 今が、お前を押しつけられるかどうかの瀬戸際なんだぞ! 余計なことを言うな!」
「押しつけるって、なにニャ!? 私くらいになると、どこのパーティも欲しがるはずニャ! 引っ張りだこニャ!」
「嘘つけ! それなら仲間から見捨てられるわけないだろ! ギルドでもお荷物と思われてるはずだぞ」
「ニャンだと~!」
俺とチェルが言葉を交わすたびに、ヒィトたちの瞳から光が消えていく。これはまずいな。チェルと言い争っている場合じゃない。
その後、必死の説得のかいあって、どうにかチェルをヒィトのパーティに押しつけることに成功した。役立たずなら勝手に奴隷落ちするだろうから、それで縁を切れるだろうという言葉が決め手になった気がする。なにやらチェルが涙目になっていたが……そういう扱いになるのは自業自得だ。今後は少し反省した方がいいぞ。




