222. 裏切者かそれとも
「あれが出たってことは、またトロイスの手下が何か企んでるってことかな?」
「さてな」
渋い表情のセプテトに向けて首を振る。キメラ化と言えば、トロイスの手下である黒衣の女が用いていた技術だ。単なる探索者が持つには過ぎた力なので、御使い由来なのは想像に難くない。それを考えれば、ヤツらの仕業と判断するのが自然ではあるが……今回の件については断定できない。何故なら、別の御使いが関わっている可能性がある。
「実は、これをやらかした犯人には心当たりがある。御使いのバーハは知っているか?」
ヤツの上司であるユイットもいる。話を聞くタイミングとしてはちょうど良い。
「ああ、あの子……。アナタはバーハが関わっていると言いたいのかしら?」
「そうだ。バーハは数日前からこの迷宮で実験をしていたらしい。ついでに言えば、そこで気を失っているピュトンとも面識がある。証拠はないが、極めて怪しい」
「なるほどね」
俺の推測を聞き、ユイットは小さく頷く。部下を疑われたというのに、その顔には怒りも驚きもない。が、しばらくして少し顔を歪めた。
「私の部下にトロイスとつながる者がいるかもしれないって言ったこと、覚えているかしら?」
そう言えば、そんな話を聞いた記憶がうっすらとあるな。
ユイットの業務担当は街の運営。各地に部下を配置しているので、必然的に各地の情報が集まってくるのだとか。にもかかわらず、トロイスが起こす事件では察知が遅れている。だから、部下の中に、情報を攪乱する者がいるんじゃないかと疑っているんだったか。
「つまり、バーハがトロイスに寝返った裏切り者だということか?」
当然、そういう話だと思ったのだが、ユイットは肩を竦めた。
「その可能性を検討してみたのだけど、判断がつかなかったのよ。バーハはあの性格だから……」
ヤツは端的に言えばマッドサイエンティストの類だ。倫理観の箍が外れているので、興味が赴くまま、とんでもない実験をやりかねないらしい。つまり、トロイスに関係なくキメラを作り出す実験をやってもおかしくないそうだ。
一方で、トロイス側についた可能性も否定できない。バーハが興味を持つのは自分の研究だけなので、トロイスの思想や信条に共感して配下になるということはないはずだ。だが、裏切る見返りとして彼女の研究に影響をもたらす技術や能力を与えると約束されたらどうだろうか。あっさりと寝返りそうな気がする。完全な偏見だが。
まあ、どちらにしろ、バーハが直接的な犯人である可能性は否定されなかった。むしろ、疑惑は深まったと言える。
「そもそも、なんでそんなヤツを御使いにしとくんだよ」
「一応、擁護しておくけど、あの子が問題を起こしたことはほとんどないわよ。それこそ、兄様の方がよっぽどよ」
「ちょっと!? 僕を引き合いに出さないでよ!」
いきなり飛び火したセプテトが喚くが当然スルーだ。それよりも、マッドサイエンティスト気質のバーハがほとんど問題を起こしたことがないというのが意外だった。
「そうなのか?」
「ええ。倫理観に問題はあるけど、自分の行動が人にどう評価されるかは理解しているみたいね。私やクレアドルサ様の不興を買えば、地位を剥奪され、好き勝手に実験できなくなることもわかってるのよ。だから、問題となりそうな行動は自重しているわ」
なるほど。あくまで自分の研究のために、欲望を抑えているってことか。
「だが、それなら何で今回は暴走したんだ?」
「何らかのきっかけがあったんでしょ。それがトロイスからの寝返りの打診だったか、それとも衝動を抑えきれないほどの研究成果だったかはわからないけどね」
そう言われて思い浮かぶのは、スキル結晶体の合成だ。渡りに船だったので、ついつい装置の改造を依頼してしまったが……まさか、アレがきっかけってことはないよ、な?
恐竜型スライムと宝箱から生えた牛人間、それに合体スケルトンもいたか。思い返してみれば、妙な魔物に遭遇するようになったのは、バーハに合成装置を改造してもらったあとからだ。特に問題なのが、今回の巨人ゴウル。ヤツは何故か全魔術らしきものを使っていた。そう考えると、バーハが全魔術を魔物に使わせるために実験をしていたのではないかと思えてくる。だとすれば、やはり、スキル結晶体の合成技術を開発したことがきっかけになったのかもしれない。
……よし、気づかなかったことにしよう!
何が原因なのか知らないが、バーハの暴走にも困ったものだ!
「ああ、そうだ。関連があるかどうか不明だが、さっきのヤツ以外にも妙な魔物に遭遇しているんだ」
一応、恐竜スライムなどについても報告しておく。十中八九そうだと思っていたが、やはり、本来、そんな魔物は存在しないらしい。
「いずれにせよ、バーハを捕まえて尋問しないことには始まらないわ。アナタも何かわかったら教えてちょうだい」
「ああ、わかった」
現段階でわかっていることは共有できたということで、ユイットたちは帰っていった。俺たちにできることは、チェルから話を聞くことくらいか。
とはいえ、コイツ、どうするかな。ダンジョンに置き去りにするわけにもいかないが、仲間に加えるなんて論外だ。誰か引き取ってくれるヤツがいればいいんだが。
「なんで……? なんで、私の前で重要そうな話をするのよ……。知りたくなかったわ。喋らないけど、絶対に喋らないけど!」
セプテトたちが帰ったことで、緊張が緩んだのか、フェイラがぶつぶつ呟きはじめた。そういえば、御使いの裏切りとか、口外しない方が良さそうなことも気にせず喋ってしまったな。まあ、しっかりと口止めしておけば問題はない。
お、そうだ。チェルはフェイラたちに引き取ってもらおう。戦力増強だぞ。良かったな。




