216. 居合わせた探索者
「はぁ。陰気くさい場所だな。参っちまうぜ」
「う、うん。薄気味悪いよねぇ」
「やっぱ、俺たちには『火の河』が合ってんのかもなぁ」
薄暗い迷宮を恐る恐るといった様子で歩きながら、ゲヒトカの三人組、ヒィト、ラァミィ、リィドルがぼやく。勝手な言い様にマフェーリアのフェイラが大きなため息をついた。
「何を言ってるのよ。アナタたちが新しい迷宮に挑戦したいって言ったんでしょ」
ライラブラを拠点とする探索者は、基本的に迷宮探索を主な生業としている。しかし、活動方針は様々だ。魔物をガンガン狩るパーティもいれば、戦闘は最小限にとどめ宝箱探しに注力する者たちもいる。
潜る迷宮の選び方も様々だが、大きく分ければ二パターンだ。一つは、次々と活動する迷宮を変えるパターン。理由は様々にあるが、多くはパーティの成長に合わせて狩り場を変える。たとえば、レベル。安全を考えれば、格下の魔物と戦いたいところだが、あまりにレベル差が大きければ、成長は見込めない。安全と成長のバランスを考慮し、そのときどきで最善の迷宮を選ぶ。
もう一つのパターンは同じ迷宮に潜り続けるタイプ。どちらかといえば、成長よりも安定に重きを置く探索者たちである。一つの迷宮に潜り続ければ、当然、その迷宮には詳しくなっていく。魔物、罠、宝箱の在処。蓄積された知識で、探索を効率化し、安全な環境で一定の収入が得られる。
後者を選ぶのは安定志向の探索者たちだ。ある意味では、エルネマインでは珍しい存在と言える。
この世界へと連れてこられるのは適正がある者たち。ゲームのような世界で、ひたすら魔物を倒してレベルを上げる行為を喜々としてこなす資質を持つ。だが、実際に命を削る探索を続けるうちに、安定した暮らしを望む者達も少なからずいるのだ。
彼ら四人も、どちらかといえば、安定志向で一つの迷宮に絞って探索を繰り返すタイプだった。主に活動していたのは『火の河』。地獄のような環境も、彼らにとっては慣れたもの。危険はほとんどなく、安定した探索者生活を送っている……はずだった。
しかし、つい先日、彼らは思いもよらぬ事件に遭遇した。熟知しているはずの『火の河』に突如として謎の魔物が現れたのだ。自分たちの力がまるで通用しない相手に、改めて思い知らされた。迷宮に安定を求めるのは間違いだと。安全だと思っても、突如、牙を剥く。迷宮とはそういう場所なのだと。
だが、何より衝撃的だったのは、自分たちを助けてくれた探索者との出会いだった。彼は、自分たちには手も足もでない魔物をあっという間に倒してしまった。巻き込まれて死にかけたが、それは些細なことだ。
まさに圧倒的な実力。それを見て彼らは思った。やはり、迷宮に安定を求めるのは間違いなのだ。日々、困難に立ち向かい、実力をつけるべきなのだと。そして、いつか、彼のような探索者になるのだと……そんな憧れを抱いてしまった。
彼らを助けた探索者は完全なチート仕様だ。一般探索者ではどう足掻いても到達できない規格外である。そんなことを知らない彼らは、実力ある探索者を目指して大いなる一歩を踏みだし……早速、現実に直面していた。
「不慣れなのもあるが、立ち回りがしっくりこないんだよなぁ」
「スケルトンも意外と手強いんだよぉ」
「もっとやれると思ったんだが」
普段と違う環境。いつもより手強い魔物。理想と現実とのギャップに、ゲヒトカの三人はすっかりやる気をなくしていた。そんな彼らにフェイラが呆れた視線を送る。
「まだ挑戦を始めたばかりでしょ。もう少し頑張りなさいよ。ほらほら、元気を出すのよ~!」
両手の拳を突き上げ、三人を鼓舞するフェイラ。全身鎧なのに軽快な動きだ。
パーティの中で彼女だけがやる気を失っていなかった。というのも、彼女は、件の探索者に感化されていなかったからだ。むしろ、アレは規格外のヤバい奴だと直感していた。絶対に到達できない目標だと悟っていたので失望もない。
だが、のんびり屋の三人の冒険心を呼び起こしたことには少しだけ感謝している。フェイラはパーティの中では唯一上昇志向が強いタイプだ。パーティの仲間に不満はないが、別の迷宮にも挑んでみたいという気持ちは強かった。これを機会に活動スタイルを変えることができればと密かに思っている。だからこそ、ここで三人のやる気を途絶えさせてはならない。
「むぅ。まあ、もう少し頑張ってみるか」
「そうだな。幸い、火魔術はスケルトンにかなり有効らしいし」
「でも、避けられると無駄撃ちになっちゃうよぅ。ちゃんと引きつけてねぇ」
どうにか三人のやる気を奮い立たせて、探索を続ける。何だかんだ言っても、活動歴の長い探索者たちだ。最初はぎこちなかった動きも次第に洗練され、迷宮に適応していく。
やれやれこれなら何とかなりそうだ。フェイラは密かに息を吐いた。
「様子がおかしいな」
ヒィトが呟いたのは、五階層に到達してすぐのことだ。その理由はフェイラにもすぐわかった。
「スケルトンが一斉に移動してるみたいね」
周囲から絶えずカラコロと音がする。スケルトンの移動音だ。しかし、それらが向かう先は彼らのもとではなかった。何故か全て同じ方向に向かっている。今までにはない動きだった。
「何が起こっているのぉ?」
ラァミィが不安げに辺りを見回す。しかし、薄闇に覆われていて周囲を見通すことは不可能だ。
「……行ってみようぜ」
掠れた声はリィドルの物だ。
無謀だとフェイラは思った。だが、ゲヒトカ三人は顔を見合わせて頷いている。また変なやる気スイッチが入ったらしい。反対したいところだが……ここで引き返せばまた延々と『火の河』に潜る毎日に戻ることになるかもしれない。そんなことが頭によぎった彼女は、三人を止めるタイミングを失った。
そして、白い化け物に遭遇することになる。
「ひぃ!? 何だ、コイツは!」
「化け物だよぅ」
「早かったんだ! やっぱり、俺たちには早かったんだ!」
闇の中に薄らと浮かぶ白い壁。それは巨大な骨の化け物だった。
幸いなのは、すでに他の探索者と交戦状態にあったことか。そのおかげで、骨の化け物は、こちらに注意を払っていない。このまま立ち去れば、逃げ出すことはできそうだ。
「みんな! ここは退くわよ!」
「あ、ああ。そうだな」
呆然とする三人に声をかけ、フェイラは化け物から距離を取る。しばらく走って、ようやく安全を確保できたと考えたときだった。
眩い光がフロアを覆う。
予想外の事態。だが、幸いなことに、光は彼らには何の害ももたらさなかった。それどころか、その閃光はどこか優しく彼らを包み込む。
気がつけば、迷宮の風景は激変していた。薄らとした闇は払われ、柔らかな光が周囲を照らしている。何もない荒野ではあるが、どこか牧歌的で、戦場跡と称される迷宮の中とはとても思えない光景だった。
「な、何だこりゃ!?」
「たぶん、浄化の魔術だよぅ」
「すっげぇな。『火の河』で見た氷の魔術とどっちがすげぇかな?」
「どっちもだよぅ。凄すぎて、ラァミィには比べられないんだよぅ」
「結構居るものなんだな。こんな規模の魔術が使える探索者って」
「そうだな。ってことは、俺たちもいつかなれるかもしれないってことだな!」
「ラァミィも頑張るよぅ」
無邪気に驚くゲヒトカ三人組を見て、フェイラはいやいやと内心でツッコミを入れる。
絶対にそんなわけがない。迷宮の環境を一変させる魔術など、普通は使えるはずがないのだ。この現象を巻き起こしたのは、件の探索者に違いない。
とはいえ、今回のことで彼らのモチベーションが高まったことは事実だ。ならば黙っておくべきだろう。前回のことも口止めされているので、その方が良い。
ただ。
こんな調子でほいほい大規模魔術を放っておいて、口止めも何もないんじゃないだろうか。
フェイラは一人静かに首を捻った。




