209. 何でもするから
極寒から極暑へ。あまりの温度差にヒートショックを起こしそうだが、レベルの高い探索者はそれほどやわではない。俺はもちろん、全身鎧も平然と環境に馴染んでいる。まあ、仲間の心配でそれどころではないのかもしれないが。
幸いなことに、ゲヒトカの三人が目を覚ますのに時間はかからなかった。
「んぁ……?」
「良かった。ヒィトも目を覚ましたわね」
「フェイラか。やたら、顔が痛いのは何でだ……?」
「あ、あはは! 何でかしらね!」
最後のゲヒトカが目を覚まし、全身鎧の探索者が安堵する。顔を殴打したことを誤魔化そうとしているみたいだが、どうせこれから事情を説明するんだから無意味だぞ。
ゲヒトカの三人組は、ヒィト、リィドル、ラァミィ。ヒィトとリィドルが男で前衛戦闘職、ラァミィが女で魔法系戦闘職らしい。格好と背丈で見分けはつくが、正直性別の差はわからない。
全身鎧の探索者はフェイラという名前で、マフェーリアという種族らしい。非常に小柄な種族で、本体は手のひらサイズなのだとか。では全身鎧は何かと言えば、家とか要塞とかそんな感じのものらしい。種族特性で、それを自在に動かすことができるそうだ。話を聞いただけではよくわからないが、とにかくそんなものだと納得しておく。
彼らは四人組の探索者。レベルは30後半で、ここ最近は『火の河』の探索を主な活動としているらしい。
「そうか。あの化け物を一撃で……」
「そういえば、一瞬目の前が真っ白になった気がするぜ」
「急激に温度が下がったから仮死状態になっちゃったんだねぇ」
三人揃ったところで、恐竜スライム遭遇後の事情を説明した。話を聞いた彼らはむぅと唸りながら、俺たちを見ている。そこには多少の怯えの色があるように思えた。不快とは言わないが、多少居心地が悪い。
だが、今回に限っては都合が良いとも言える。彼らと仲良くなりたいわけではないのだ。こちらを恐れているなら、口止めもしやすい。
「ともかく、すまなかったな。魔物を押しつけるような真似をしてしまった。だが、アンタらのおかげで助かったぜ」
ヒィトが殊勝に頭を下げて、リィドル、ラァミィもそれに続く。フェイラは一瞬きょとんとしたあと、慌てて彼らを真似てちょこんと頭を下げた。お辞儀と言うより、頷いてるように見える。マフェーリアにはお辞儀の文化がないのかもしれないな。
「こちらこそ迷惑をかけた。寒さに弱いとは知らなかったものでな」
一応、謝っておく。脅しは後でいい。円滑な情報収集のために、まずは友好的に接しておく。
「まあ、他種族の特性なんて詳しく知らないから仕方ないわよね! 咄嗟の状況だったから、仕方ないわよ! そういうときって、力が入りすぎるものだしね!」
フェイラからフォローが入る。だが、何となく自己弁護の気配がするな。ゲヒトカ三人も微妙な表情で頬を擦っている。明らかに殴りすぎだったしなぁ。
「それにしても、あんな魔物もいるんだね。アレはスライムだったの?」
少し気まずい空気になったので、ペルフェが話題を変えた。
たしかに、あの恐竜スライムは気になる。何というか、ちょっと異質な感じがした。まあ、スライムが恐竜に擬態していたってだけの話ではあるが、そんなことをする必要があるのかと言えば、疑問が残る。
話を振られた四人の表情は優れなかった。
「いや、あんなヤツ初めてだ。ラァミィ、知ってたか?」
「ううん、知らなかったよぅ。ここに出る魔物はボスエネミーも含めてぇ把握してるつもりだったけどぉ、あんなへんてこな魔物は聞いたこともないよぅ」
「あれくらい特徴的なヤツなら、噂にならないはずないと思うわよ」
「まあ、潜ってるヤツが多くはねぇから、単純に知られてなかった可能性もあるが……」
どうやら、彼らにしても初見の魔物らしい。
「強さはどうだったんだ?」
「強さって……アンタが倒したんだろ」
ヒィトが怪訝な表情を浮かべる。だが、戦闘が短すぎて強さなんてまるでわからなかったのだから仕方がない。
「他のボスエネミーと比べて、とんでもなく強いって感じでもなかったですよぅ。でも、こちらの攻撃が一切効かなかったのでぇ、あたしたちが勝てる相手ではなかったですぅ」
代わりにラァミィが答えた。
防御が強力だが、特別に強いってわけでもないのか。トロイスの暗躍の可能性も考えたが、そういうことならただの偶然なのか……?
すでに倒してしまったので、詳細はわからない。まあ、あとでセプテトに報告しておくか。
「ところで」
と声を上げたのはフェイラだ。その視線はペルフェに向いている。
「アナタ、噂の金髪ヒュムよね? ソロで活動していると思ったのに、こんなに強い仲間がいるなんて知らなかったわ!」
「噂……?」
ペルフェが首を傾げる。当然ながら、俺にも心当たりはない。
そもそもライラブラに来たのは数日前だ。その間、探索活動はほとんどしていないし、ペルフェが単独で行動していたこともない。
「あら、人違い? 噂のヒュムじゃないの?」
俺たちの表情から、それを察したらしい。フェイラが小首を傾げて聞いてくる。
「いや、そもそも、俺たちはその噂を知らないんだが」
詳しく聞いてみると、誤解するのも無理はないと思った。噂の探索者とやらはヒュムの女性で、しかも金髪らしい。それだけ特徴が重なっていれば、他の種族からは区別がつかないのだろう。
その探索者はときおりふらりと現れては、高レベルのダンジョンにひとりで潜るらしい。だから、凄腕なのだと思われている。と言っても、誰とも絡まないので、その実力を見た者はいないのだとか。
「それは僕じゃないよ。ここに来たのはつい先日だから」
「あら、そうなの。それじゃ違うわね」
ただの興味本位だったのか、ペルフェが別人だと告げると、フェイラはあっさりと引き下がった。
さて、聞きたいことはあらかた聞けたかな。では、そろそろ口止めをしておこうか。
「アンタらに頼みがあるんだ。俺たちの実力はさっき見た通りなんだが、あまり大っぴらにしたくなくてな。なので、さっきのことは人に話さないで欲しい」
まずは、穏便に頼む。すると、ヒィトたちは微妙な顔で顔を見合わせた。不平があるって感じじゃないな。困っているように見える。
「何か問題があるのか?」
「いや、黙っているのは問題ないが……あのまんまじゃ話題になるのは避けられないぞ」
ヒィトが視線を向けるのは、未だに溶けずに残っている氷雪地帯。たしかに、何か異変があったことは明白だ。
「ここに潜るのはたいてい同じメンバーなんですよぅ。だから、きっとアナタたちは注目されていたと思いますぅ」
ラァミィが言葉を続ける。
つまりは、こういうことか。いつもと違う人物が迷宮に入って、いつもと違う現象が起きた。となれば、両者を結びつけて考えるヤツがいたとしてもおかしくはないと。
「……わかった。アレは何とかしておく。だから、アンタたちは黙っておいてくれ。何でもするから」
「え、今、何でもするって言った?」
俺の言葉にフェイラが反応する。コイツ、お調子者の気配がするな。まあ、今回は食いついてくれて助かるが。話を進めやすい。
「ああ、何でもするぞ」
と言いつつ、剣を手にニヤリと笑ってみせる。秘密を守るために手段を選ばないという意思表示だ。
「絶対に、口外しないわ!」
焦った様子でフェイラが宣言する。
よしよし。正しく意図が伝わったようだな。もちろん、単なる脅しだが。これでコイツらから情報が漏れる可能性は減ったはずだ。
あとは全魔術の影響をどうやって消すか。まあ、何度か試せば上手く打ち消せるだろう。たぶん。




