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208. 地獄から地獄へ

 灼熱地獄のような迷宮が今や極寒地獄だ。地獄から地獄へ。あまりに極端な地形変化に体がおかしくなりそうである。


 というか冗談ではなく凍えそうだ。聖炎護法は寒冷環境には無力だからな。まさかペンシルヴァ状態が恋しくなる日が来るとは。


「何やってるんだよ、ジンヤ……!」


 半ば現実逃避で一変した環境を眺めていると、ペルフェが飛びかからん勢いで抗議してきた。小声だが、明確な怒りが滲んでいる。


「ここまでの威力が出るとは思わなかったんだよ。初めてだし、仕方がないだろ。あの状況で氷の魔術以外を使うのは不自然だったんだから」

「いや、フェリルに頼めば良かったでしょ!」


 ……なるほど、確かに!


 ルゥルリィは宿環に居る状態でも、蔦攻撃で敵を拘束することができる。同じことがフェリルに出来てもおかしくはない。外にいるときに比べると威力は小さくなるらしいが、それでも充分に対抗できたはずだ。


「すまん」

「……まあ、突発的な出来事だから仕方がないとは思うけど。それよりもどうするの、この状況」


 素直に謝ると、ペルフェはすぐに矛を収めた。まあ、口論している状況ではないということだな。


 魔法ひとつで環境を激変させるなど、普通はできない。少なくとも、『火の河』に潜るようなレベル帯の探索者には。果たして最高レベルの探索者にも可能かどうか。俺はサブ職バグによって、ステータス成長が平均より4、5倍高いみたいだからなぁ。レベル200の探索者なんて聞いたことがないし、普通に無理な気がする……。


 まあ、それに関してはある程度誤魔化せるはずだ。実力差があればあるほど、相手の正確な力量を見抜くのは難しくなる。不審に思われても、過剰評価だと言いくるめることができるはずだ。たぶん。


 とはいえ、トップ層の探索者と見られることは避けられないだろう。


 ここの四人組にそう判断されるくらいならいいが……それが他の探索者に広まるのは好ましくない。何故なら、トップ層の探索者はほんの一握り。当然、注目を集めることになる。


 ただの探索者として活動するならば、さほど問題ではない。目立つのが嫌いな人間にとっては苦痛だろうが、まあ実害は少ない。多少の煩わしさがあるだけだ。


 だが、神の使いっ走りとして動くなら差し障りがある。トロイス側に動きを掴まられるリスクが高くなるからな。


 すでに手遅れ感はあるが……一応、諦めずに努力すべきだろう。となれば、やるべきことはひとつ。誠心誠意のお話し合いだな。


 と、ここまで考えを巡らせたところで、悲壮な声が耳に飛び込んできた。


「しっかりして! 寝たら死んじゃうわよ!」


 その声に視線を向けると、全身鎧の探索者がゲヒトカの三人を平手でばしばしと殴りつけているところだった。殴られている三人の反応は鈍い。気絶しているわけではないな。もしかして……。


「そいつら、寒さに弱いのか!」

「きっと、そうよ! だって、さっきから動かないもの!」


 言いながら、全身鎧は三人を殴る手を止めない。意識を保つためにやってるんだろうが……さすがに容赦なさすぎじゃないだろうか。むしろ、あの殴打でぐったりしている気がしないでもない。


 とはいえ、ゲヒトカが寒さに弱いというのはあり得ないことではない。溶岩地帯で活動できるほどに炎熱環境に適応しているのだから、寒さには脆弱であるというのはありそうな話だ。しかも、普通の寒さではない。何しろ、スキルによって寒冷地への耐性がある俺ですら凍えそうなのだから。寒さを種族的な弱点として抱えているならば、ここはまさに地獄だろう。


「この氷、どうにかできないの!?」


 全身鎧が甲高い声で叫ぶ。


 できるかできないかで言えば出来るはずだ。全魔術で炎を生み出せば、周囲の氷を溶かし、寒さを消し去ることはできると思う。


 だが、うまく加減できるかどうか。正直に言えば、あまり自信がない。氷を消し去ろうと念じるあまり、さらなる地獄を生み出しかねない。


 ちらりとペルフェに視線を向けると、ふるふると首を振った。やめておけということだな。アイツにも同じ惨状が見えるらしい。


「無理だ。それよりもコイツらを運んだ方が早い! 氷雪地帯から抜け出せば回復するはずだ」

「そうね……わかった!」


 幸いなことに、三人は動ける。一人ずつ抱えれば、問題なく運べる。


「どっちに行けばいいの?」


 全身鎧に問われて周囲を見回す。前を向いても氷雪地帯。後ろを向いても氷雪地帯。視界の範囲において、雪と氷は途切れずに続いている。これ、迷宮全体が地形変化してるってことはないよな……?


「こっちだ!」


 まったく根拠はないが、迷宮の出口に向けて走り出す。いざとなれば、迷宮から出れば問題ないはずだ。そのときまで、コイツらの体力が保てば、だが。


 数分ほど走るが、氷雪地帯はまだ続いている。


「ねえ、まだなの!?」


 全身鎧の声音には焦りが見えた。俺だって同じだ。いざとなれば、全魔術に賭けるしかないが――――


「もうすぐだよ! 氷が溶けはじめてる!」


 ペルフェが目敏く気づいて知らせてくれる。言われてみれば、前方では環境が変わりはじめていた。氷雪地帯の終点は近いらしい。


 ほどなくして、俺たちは溶岩地帯に舞い戻った。ゲヒトカの三人にもまだ息はある。ひと安心といったところだ。


 はぁ……全魔術ってのは、とんでもないな。影響範囲が広すぎだろ。


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