202. ゴウルの砦
悪辣な奸計に陥れられ、俺はチェルの言う審査とやらを受けることになった。会場となったのは、『ゴウルの砦』という名前の迷宮だ。
エルネマインでは金さえ支払えば貴族になれるが、貴族で居続けるには安定して稼ぐ実力がいる。その実力を測るために迷宮で魔物を倒して見せろというのが審査内容だ。実にわかりやすく、まっとうな内容である。『ゴウルの砦』の推奨レベルは30ほどらしいので、『火の河』のような過酷な環境でなければ、難易度としても妥当なところだろう。たぶん。
準備があると言うので、審査は翌日ということになった。
「来たニャ。それでは審査を始める……前に、二人で大丈夫ニャ? 実力さえ見れればいいんニャから、仲間を連れてきてもいいんニャけど?」
迷宮の入り口で合流したチェルがこちらを見て眉をひそめた。二人というのはもちろん、俺とペルフェだ。
「問題ない。普段から二人で活動している」
ということにしておこう。ルゥルリィとフェリルを連れて歩けば、さすがに目立つ。戦力は不足していないしな。
「そういうお前はどうなんだ? 審査するだけなら戦う必要はないだろ」
先日と違って、チェルは完全に探索者としての装いだった。俺の問いに、ヤツはニヤリと笑う。
「それはもちろん、いざというときに助けに入るためニャ。そして、私の実力を見せつけてやるのニャ!」
なるほど。実力云々はともかく、緊急時のために戦える状態にしておくというわけか。受付としては不真面目な態度だったが、探索者としてはしっかり働くつもりらしい。
……と思ったが、ヤツの言葉には続きがあった。
「きっと、あまりの実力に是非仲間になって欲しいと願うに違いないニャ。そしたら、借金を肩代わりさせて、晴れて私は自由の身だニャ~! 最悪の場合、尻尾を撫でさせてやれば簡単に説得できるはずニャ。まさに完璧なプラン!」
空に向けて拳を突き上げるチェル。どうやら話している途中から妄想の世界に旅立ってしまったらしい。なかなかのポンコツっぷりだ。
というか、俺がそんな雑な計画にひっかかるわけがない。御使いや神からの依頼で動くこともあるので、素性のわからないポンコツを仲間にするなどありえないのだ。
だというのに、ペルフェが俺を見る目はどこか不安げだった。
「ジンヤ……お願いだから尻尾に惑わされないでね」
「惑わされるか!」
全く失礼な話だ。もう、あの尻尾に未練はないというのに。
気を取り直して、審査を始める。こうなったら、チェルが手を出す間もなくさくっと片付けてしまおう。
名前が『ゴウルの砦』というだけあって、出現する魔物はゴウル系統ばかりだ。アースリル周辺で戦ったことがある緑色の鬼たち。様々な兵種がいるらしく、何より数が多い。確かに、探索者二人で対処するには厳しい難度だ。
だが、それは適正レベルだったらの話。俺たちにとってはどうということはない。
「ゴウルの大群ニャ。あれを二人でやっつけるのは大変ニャ。私が加勢を――」
「必要ない」
チェルの言葉を遮り、走る。向かってきた一体を手にした剣ですくい上げるように斬り上げると、ソイツはたちまち霧散した。動きを止めずに、次の獲物に斬りかかる。動揺しているのか、ゴウルたちは動きが鈍い。斬り放題だ。十体やそこらを切り捨てるのに三十秒はかからなかった。
「終わったぞ」
「み、見ればわかるニャ! 少しはやるようニャけど、まだまだ序の口ニャ!」
呆然とするチェルに声をかけると、途端に喧しく騒ぎはじめた。実力は充分に示したと思うが……もうしばらく付き合ってやるか。正直、貴族階級に至る探索者の基準がよくわからないからな。
「次、行くニャ!」
というチェルの掛け声に続いて、迷宮を進んでいく。だが、わかっていたことだが、このレベルの迷宮で俺が苦戦することはない。
「次はアレが相手だニャ。集団で魔法を使ってくるから手強い――」
「終わったぞ」
「魔法まで使うニャ!?」
ゴウルの魔法使い集団を先制の魔法で吹き飛ばし
「ジェネラルとウィザードだニャ。この組み合わせは油断ならないニャ。いくら、アンタでも――」
「大差ない」
「ジェネラルが真っ二つニャ!」
鎧兜の頑丈そうなゴウルを鎧ごと切り倒し、返す刀で魔法使いまで切り飛ばし
「キングなら! キングなら快進撃を止めてくれるはずニャ!」
「お前、目的が代わってきてないか?」
「うわーん、キングぅ!? 雑談混じりで切り捨てるなんてひどい扱いなのニャ!」
迷宮の最奥らしき場所にいたちょっと偉そうなゴウルを手下ごとボコボコにした。
予想通り、大した難度ではなかったな。ペルフェなんか、やることがなくて暇そうだ。
「これで充分だろ。もちろん、審査はパスだよな?」
「むぐぐ……私の実力を見せる暇がなかったのニャ。というか、男爵希望にしては強すぎニャ。こうなれば……!」
手続き完了を迫ると、何故かチェルはくるりと背を向けた。
「審査は合格でいいニャ。その代わり、私を奴隷から解放して欲しいニャ。私を仲間にすれば、この尻尾が触り放題ニャ~」
ふるふると尻尾を揺らすチェル。まさか、本当にそれで俺を説得するつもりなのか。馬鹿にされたものだな。
「ジンヤ、惑わされちゃダメだ! くっ……こうなったら!」
今度はペルフェが必死な声を上げた。視線をやると、その手には……尻尾?
「おい待て。それはどうした?」
「変幻自在ツールだよ! こうなったら僕が体を張って……」
「いや、やらんでいいから」
お前は俺を何だと思ってるんだ。たかだか尻尾で余計なお荷物を抱えるわけないだろう。
「強がるのはよくないニャ~? 本当は撫でたいはずニャ」
「ぐぅ……やっぱり僕が頑張らないと」
なおもアピールするチェル。そして、苦しげな表情で対抗しようとするペルフェ。
仕方がない。本当は比べるようなものでもないが、こうでも言わなければ納得しないだろう。言うしかない。
「いいか、ペルフェ。ソイツの尻尾よりフェリルの尻尾の方が撫で心地が良い」
「え? あ、そうなんだ。だから?」
俺の言葉にペルフェは戸惑っているようだ。察しの悪い奴だな。
まあ、わからないではない。尻尾は良いものだ。多少劣るとはいえ幾つあってもいいという考えは理解できる。だが、余計なリスクを抱えることが許容できるほどではない。
「わからないか? すでに至高の尻尾は確保してある。だから、ポンコツを抱えるリスクを冒してまで新しい尻尾を求める必要はないんだ」
「ジンヤ。キミって本当に……」
何故かペルフェの視線が急に凍てついた気がする。だが、とりあえず対抗して尻尾をつけるのはやめたらしい。
一方で、チェルは打ちひしがれていた。
「負けたニャ。なんだかわからないけど、負けたニャ……」
すまんな。比べる相手が悪かったんだ。お前の尻尾も悪くなかったよ。




