196. 夜逃げのごとく
「――というわけで、そろそろ活動拠点を移そうと思っている」
「そうか」
俺の言葉に、ジルジバは表情を変えることなく頷いた。予想はしていたという反応だな。
ここはアルブリアにある酒場。奇抜な外観の建物だが、死氷同盟のヤツらと会うときにはよく利用するので、すっかり馴染んでしまった。
今日は個室を借りているので、ルゥルリィやフェリルも姿を現している。二人はテンション高めのパケネとガルバに可愛がられているようだ。パケネとガルバ自身も小柄な猫人&鼠人という風貌なので、マスコットたちがじゃれているようにしか見えない。
「もう行っちゃうんだ。しょうがないか。御使い様の使徒なんだものね」
サザメは少し寂しそうな表情を浮かべた。が、言葉はさばさばしている。
探索者をやっていれば、こういう別れは数多くあるはずだ。死別ならともかく、拠点の移動程度で悲しんでいてはきりが無い。きっと慣れているんだろう。
彼女の言葉にもあった通り、俺たちはセプテトの使徒と認識されているようだ。そんな大袈裟なものではないんだが、否定はしていない。大きく外れているわけでもないしな。
「サザメたちも、そろそろでしょ?」
「ま、そうだね。私たちも充分に実力はついたし」
ペルフェの言葉にサザメが頷く。
死氷同盟はアルブリアでも実力あるパーティだ。ステップアップとして、別の街に活動拠点を移す段階にあるらしい。
「それなら、きっと再会することもあるよ」
「どうかなぁ。アナタたちの成長速度は異常だし」
「それはまあ。ジンヤが戦闘狂だからね」
苦笑いするサザメに、ペルフェが呆れ顔で頷く。
いや、俺は戦闘狂ではないし、仮にそうだとしてもペルフェには言われたくないぞ。最強のアーマニアになるって息巻いていたじゃないか。
だが、そう言えば、最近はそこまでガツガツ戦いを求めるって感じじゃないな。むしろ、ルゥルリィやフェリルみたいな戦いたがりを抑える方に回っている。不本意ながら、俺も慎重に行動するように注意されたりするし。
「イェードからは何か聞き出せたのか?」
「いや、特に何も」
ジルジバの問いには残念ながら首を振るしかない。やはり、ヤツは捨て駒だったらしい。セプテトたちの尋問でも、詳しい情報は得られなかった。当人はトロイスに会ったこともなく、あの黒衣の女――自称スペイラを介して指示を受けていたようだ。
とはいえ、黒幕はトロイスに違いないというのが、セプテトたちの認識だ。魔物を操ったり、改造したりという手口から考えれば、それ以外に考えられないらしい。女神からの呼び出しも拒否しているので、関係があるのは間違いないだろう。
「フラウル誘拐の実行犯たちはまだ捕まってないんだよな。そっちはどうするんだ?」
「アジトらしきダンジョンも吹き飛ばしたし、最近は活動も確認されてないからな。たぶん、ヤツらも活動拠点は移したんだと思うが」
ジルジバは黒衣の不審者らの存在を懸念しているらしい。だが、それを警戒してここに留まるのも意味がないんだよな。
トロイスの狙いは、世界に混沌を齎すこと。そのための手段として、創造エネルギーを過剰に湧出させたり、それを結晶体に加工する役割の探索者たちを妨害しているのではないかって話だ。それならば、場所に拘りはないと思われる。俺がここに居座っても、活動しやすいところに拠点を移すだけだ。圧倒的に人手が足りていないんだよな。
フラウルに関してはネーフェが気合いを入れて対策を講じると言っていたし心配ないだろう。きっと。
「まあ、何かあったら御使い公認のアイテム屋にでも知らせてくれ」
「アイテム屋? ギルドじゃダメなのか?」
「もちろん、ギルドにも知らせるべきだが……まあ理由があってな」
怪訝な表情をするジルジバに事情を説明する。これはあくまで念のための措置だ。
都市運営の担当者はユイット。そして、その範疇には探索者ギルドも含まれる。が、実際の管理はユイットだけではなく、彼女の部下と手分けして行っているらしい。
問題はその部下である。ユイットは彼らの中にトロイスの手が及んでいる者がいる可能性を考えているようだ。
特に探索者ギルドの担当者には疑いの目を向けている。何故ならば、コークスローの探索者失踪やアルブリアのフラウル誘拐の報告が不正確であったり、かなり遅れて上がってきたからだ。それだけで裏切りと断定はできないが、現状では信用しづらい状況らしい。
そこで、ユイットは情報が上がってくるルートを複数用意したいと考えている。その一つがアイテム屋経由のルートだ。何でも、アイテム屋はユイットの統制が届きやすい部署なのだとか。加えて、探索者ならそれなりの頻度で利用するので接触しても不自然ではないのがポイントだ。部下にトロイスの間者がいても、新たな情報伝達ルートが悟られにくい。
もちろん、探索者に大々的に働きかければ、企みが露見してしまう。なので、信頼の置けそうな探索者に限って協力を取り付けることになっているのだ。ジルジバたちならば、問題ないだろう。
「……そういうことなら了解した」
話を聞き終えたジルジバは複雑そうな顔で頷いた。まあ、上がごたついているってのはあまり歓迎したくない事態だからな。気持ちはわかる。
情報共有すべきところは話し終え、一段落したところで、サザメが聞いてきた。
「それで、いつ出発するの?」
「近日中だ。こっそり街を出るつもりだからくれぐれも内密に頼むぞ」
俺の言葉にジルジバが目を丸くする。
「夜逃げでもするつもりか?」
「まあ、似たようなもんだ。アイツら……っていうかルーペンがしつこくてなぁ」
「あぁ……なるほど」
ペンペンダーのルーペンが聖者だの御使いの使者だのがどうのと言ってしきりに話を聞きたがっているらしい。ろくでもないことになりそうなので、できるだけ避けたいと思っているのだ。
そして、宣言通り、俺はその日の夜にアルブリアを発った。




