193. ポンコツ疑惑
そのあと、ユイットとネーフェにも同じような折檻が行われた。ユイットはセプテトのミスを知っていて報告しなかった件について、ネーフェは精霊のことばかりに感けて他の仕事をしないことについての罰だ。その間、女神は俺の方を見て、ずっとニコニコしていた。
……もしかして、これって警告か? 調子に乗ってるとこうなるぞ、と?
もちろん、俺は女神の意向に逆らうつもりなどない。清く正しく生きていこうと誓った。そして、何かあったときの盾にするためにセプテトのことはもっと大切にしよう。
「さて、今日はお客がいることだし、この辺りにしておこうか。そろそろ本題に入ろう」
息も絶え絶えでぐったりとテーブルに倒れ伏す御使い三人をよそに、女神が話を続ける。彼らへの折檻は本題ではなかったらしい。いったいどんな話をするつもりなのか。
女神の顔から笑みが消えた。その目がスッと細められる。直後に告げられたのは、あまりに衝撃的な言葉だった。
「君、このままだと精神が崩壊してしまうよ」
心当たりは当然、ある。アイゼンピードとの戦いで俺は強烈な破壊衝動に襲われた。まるで自分が自分でなくなるような感覚。もしかすると、あれが自我の崩壊の兆しなのかもしれない。
「その反応だと、心当たりはあるようだね。いや、当然かな。正直に言えば、よくその程度で済んだと思うよ。なかなかの逸材と言っていいかもしれない」
女神が一瞬だけ笑みを浮かべる。だが、すぐに表情を正すと話を進めた。
「原因については理解しているかい?」
「……推測ですが、ステータスが上がりすぎたことが原因かと」
「そう。その通りだよ」
俺の答えに女神が満足げに頷く。
「付け加えるとすれば、成長速度の問題もある。人間の魂は、急激な変化に耐えられないのさ。だから、レベルアップも緩やかになるようにしていたし、ステータスも一定の範囲内に留まるように調整していたんだがね……」
女神に冷たい視線を送られ、セプテトがぶるりと体を震わせる。とはいえ、さらなる折檻をするつもりはないらしく、女神は小さく息を吐いて、再び俺へと視線を戻した。
「君は……まあ、色々とおかしなことになっているせいで、成長速度が異常な状況だ。すでに私が想定していた限界値も超えている。このままだと確実に精神が崩壊するよ」
これは明確な死の宣告だ。いや、肉体的には死なないのかもしれない。だが、精神が崩壊し、俺が俺でなくなった状態で生き続けても意味がない。
とはいえ、絶望するにはまだ早い。わざわざ、俺の状態を伝えるためだけにここに招いたということはないはずだ。女神にとって俺はエルネマインに大勢いる探索者の一人に過ぎない。そんな俺に、丁寧に危機を伝えたからには、きっと何か理由があるはず。
「では、どうすればいいでしょうか?」
率直に尋ねると、女神がニヤリと笑った。
「最も単純な解決策は、探索者をやめることだ。もっとも、これを君が選ぶことはないだろうが。そんな人間なら、短期間でここまで成長するはずもない」
いやいや。さすがに生きるか死ぬかって状態なら、引退を選ぶぞ、たぶん。いくらゲームのようなこの世界が楽しいからといって、死んでは元も子もない。おとなしく街を支える住人としての生き方を受け入れるはずだ。
……いや、どうかな。ちょっと自信がない。色んな場所を巡って、魔物を狩る。危険はあるが、毎日が充実している。そんな生活を今更捨てられるだろうか。
それにあの女神の口ぶり。他の解決策があることをほのめかしている。もし、探索者をやめずとも生きながらえることができる方法があるのなら、きっと俺はそれを選ぶだろう。
そんな心の動きを見透かしたように女神が笑った。
「次の方法もシンプルだ。人間であるが故に急激な変化を受け入れることができないのならば、人間をやめてしまえば良い」
「……は?」
人間をやめる? まるで悪魔の囁きのようだ。
女神の言う人間は、ヒュムのことではない、よな。例えば、俺がヒュムではなくペンシルヴァになったところで、魂が変化に耐えられるとは思えない。女神の言う人間はヒュムを含めた探索者たちの種族全体を指しているに違いない。それをやめるとなれば、おそらく――
「気づいたようだね。その気があるなら、君を御使いに……」
「お断りします」
「……まだ言葉の途中なんだけどね」
「失礼しました。では、今度は話を聞いた上で断ります」
「頑なだね?」
いや、冗談じゃないぞ。御使いになるということは、女神の正式な部下になるということだ。それはつまり、先ほどのような折檻の対象になるってことである!
よくわからないが、アレは避けたい。絶対ろくなもんじゃないぞ。
「いいじゃないか、ジンヤ。一緒に御使いやろうよぉ?」
「あなたもこちら側においでなさぁい?」
「そうよね! なってみたら悪くないと思うわよ! ねぇ?」
胡散臭い笑みを浮かべて、セプテトたちが呼びかけてくる。だが、コイツらの思惑は明らかだ。お前だけ折檻から逃れるのは許さないという強い意志を感じる。
「ははは。部下たちもこう言うくらいだ。悪くない職場だと思うよ。どうだい?」
女神が朗らかに笑う。この状況を見て、どうしたらそんな言葉が吐ける?
……まさか、アンタもポンコツなのか?




