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183. 反転の呪い

「この人数を相手に何ができる。無駄な抵抗はやめろ」


 ジルジバがイェードへと呼びかける。言葉は冷静だが、仮面のような顔に浮かぶのは怒り一色。それでも投降を呼びかけるあたり、人が良い。


 だが、相手が悪かった。そんな言葉を素直に聞き入れるヤツが悪行に手を染める黒衣の連中と手を組むはずがないのだ。


「ははは! 人数差などどうにでもなる!」


 イェードは醜悪な笑みを浮かべると、どこからともなく――インベントリだろうが――見覚えのある黒い筒を取り出し、ばら撒いた。勘違いでなければ、あれは黒衣の女がアジトから逃亡する前に使用した筒だ。


「合成魔獣だ! 気をつけろ!」


 慌てて警告を発した直後、予想通り筒からは異形の魔物が現れた。


 熊らしきボディの首からは頭の代わりに巨大な腕が生えている。岩のような肌の空飛ぶサメの腹部から生えているのは蔦だろうか。見た目の異様さもそうだが、攻撃手段がはっきりしないのも厄介だ。


 そんな合成魔獣がおよそ20。もし、あの筒がまだあるのなら、追加もあり得る。


「イェード! 何故だ! 何故、そんな姿に……」


 シルバーブリザードの盾使いが悲痛な叫びを上げた。見れば、イェードの異形化も進んでいる。体は金属質の物体に置き換わり、無数の棘が生えていた。面影が残っているのは顔くらいで、もはやイフォとしての原型はほとんど残っていない。


「俺は英雄になァる。だ、だからァ、力を貸してくれる組織の手を取ったァ! それだけだァ!」


 異形化の影響か、キィキィと耳障りな声でイェードが答える。もはや人とは思えない有様だが、当人は気にした様子もない。


「ああァ、お前たァちも力が欲しいのかァ? ならば、俺がァ、掛け合ってやってもいいぞォ? キイヒィィ!」


 異形の怪人がキィキィ笑う。その様子にもはや言葉も通じないと見たのか、シルバーブリザードの面々も武器を構えた。それでも怪人の哄笑は止まらない。すでに、人としてのまともな感性は残っていないのだろう。


 戦いは合図もなく始まった。合成魔獣は、イェードの統制を受けているようには見えない。とにかく、暴れ回っているという印象だ。下手をすれば、敵味方の判断すらついていないかもしれない。


 だが、強い。一体一体がボス格に相当する強さである。アルブリアのベテラン探索者といえども苦戦は免れなかっただろう。本来であれば。


「ふふ……ふふふ! なかなか手強いですが、聖者様の加護を受けた我々の敵ではありません!」


 ルーペンが振るう金属線が敵を切り裂く。強力な合成魔獣を相手に、危なげなく戦えているのは、ヤツの言うとおり、【統率】の影響下にあるからだろう。ペンペンダーに限らず、死氷同盟やシルバーブリザードのメンバーも動きがいいので、彼らにもバフがかかっているのだろう。


 ちなみに、影武者をやっていた雪精はすでにマネキンから飛び出して戦っている。ぐったりと横たわるファントムは明らかに抜け殻だ。つまり、ヤツらの認識としては、肝心の統率者がそばにいない状態のはずなのだが……。


 ならば、何故、統率の効果が出ているんだ?

 ヤツらは誰に率いられていると認識している?


 ……まあ、完全にバレてるんだろうな。こうなっては仕方がない。


「ルゥルリィ、あの金属みたいな人間を拘束しろ。逃がすな」

「あい!」


 ルゥルリィも呼び出して、雪精も追加で召喚だ。黒衣の女には逃げられたからな。イェードはここで確実に仕留める。


「ふふふ、やはり、あの方こそが!」

「やっぱり、あの子が!」

「お前たち、今は戦いに集中しろ!」


 やにわに興奮したルーペンとペンダに、ジルジバの叱責が飛ぶ。あとで、アイツらに対処しなければならないと思うと気が滅入るが、ジルジバの言うとおり、今は戦いに集中しなければ。


 雪精も呼び出したことで、数の上でも優位に立った。異形化したイェードの強さは未知数だが、【統率】によって強化された探索者がこれだけいるのだ。俺が出るまでもなく、こちらの勝利は揺るがないだろう。


 そう思ったのだが、イェードにも秘策があったらしい。


「キィヒィイイ! やはァり、その加護はァ、厄介だァな! しかし、これはァ、どうだァアア?」


 イェードが再び黒い筒を取り出す。放り投げたそれから現れたのは、ひょろりとした人型の魔物だ。見た目では脅威とも思えない。事実、ソイツは、現れた直後にジルジバが放った魔術によって、首を飛ばされた。だが――……


「ギィエエエエ!」


 死の間際、ソイツはおぞましい絶叫を響かせた。同時に、体から禍々しい闇の塊が飛び散り、周囲を覆う。周囲一帯が、どんよりとした薄暗い霧のようなものに包まれた。おそらく、死を引き金にして発動するデバフのようなものだと思われる。


 思われるのだが……これはいったい?


「くっ……体が重い」

「これは呪い……?」


 困惑する俺を余所に、他の面々は苦しげな表情を浮かべている。合成魔獣を相手に劣勢を強いられているようだ。


「キィヒィイイ! 反転の呪いはァどうだ? 加護とやらァが強力なほど、お前たちを苦しめる。キィヒィイイ!」


 酷く聞き取りにくい金切り声でイェードが笑う。反転の呪い。それが、この場に仕掛けられたデバフの正体か。


 なんてこった。やけに力が漲ってくるのはそのせいか。俺は【弱化の澱】の影響でステータスが50%カットされている状態。それが呪いのせいで反転したということは――フルステータスから50%増しされてるってことになるな。



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