182. そんなつもりはないんですが
願いは虚しく、アルブリアまでの帰路でイェードが動くことはなかった。まあ、50人もの探索者がいる中で行動を起こすのは得策ではない。ヤツからすれば当然の判断だろうが、ルーペンやペンダに悩まされている俺とペルフェにとっては苦行が続くことになった。
アルブリア近郊に着いた時点で、大半の探索者とは別れることになった。具体的に言えば、調査隊第一分隊だけが引き続きフラウルの護送を行う。大人数で向かえば、フラウルたちを刺激するというのがその理由だ。付け加えるとすれば、イェードが動きやすくなるだろうという思惑もある。
当初、“俺とペルフェ”もアルブリアで離脱する予定だった。リフレイジャの森へは、ファントムと彼に同行を許された三パーティー、つまり死氷同盟、ペンペンダー、シルバーブリザードで向かう計画だったのだ。そうなっていれば、影武者はひっこめて、俺がファントムとして振る舞えば良かった。
しかし、ルーペンが
「まあまあ、せっかくなので第一分隊で行きましょう」
と主張したため、引き続き雪精を影武者に仕立てた状態で同行する羽目になっている。
不安はあったものの、特に問題もなくリフレイジャの森を進んだ。ファントムの正体を暴こうとするような動きもなければ、イェードも大人しい。
「そろそろだよね」
「そうだな」
ペルフェの言葉通り、フラウルの住処は目前だ。
もしかすると、イェードは無関係だったのだろうか。それとも、今回は動かないのか。その判断がつかないのが厄介である。
とはいえ、イェードも疑われているのは十分承知しているだろう。その疑念が多くの探索者に共有されるのは避けたいはずだ。何らかの動きがあっても――……
「うわぁ!?」
「ガルバ、大丈夫ニャ!? お前、何をするニャ!」
俺の思考を遮ったのは悲鳴と糾弾の声。そちらに視線をやれば、腕から血を流すガルバと、彼を庇うようにしているパケネの姿があった。二人が対峙しているのはイェード。どうやら、ガルバがヤツに斬りつけられたらしい。
「イェード、お前、その腕!」
「まさか、あなた、本当に……」
シルバーブリザードのメンバーは激しく動揺している。リーダーの突然の凶行。混乱するのも無理はない……が、おそらくそれだけではないだろう。
イェードの手に武器はなかった。では、ガルバを切り裂いた凶器は何であったか。それは、鋭い刃物のように変化した腕だ。明らかに人間のそれではない。
「魔物との合成か? やはり、お前はフラウル誘拐犯の仲間だったか」
ジルジバが静かに問う。答えはない。返ってきたのは狂気的な笑い声だ。
「ふ、ふふ……ははは! なんでうまくいかないんだろうな! 俺は、俺は英雄になるはずだったのに!」
血塗れの腕を抱え、イェードが心底可笑しそうに嗤う。とても、正気とは思えなかった。
「何を言ってるニャ! 絶対に許さないニャ!」
ほぼ全員が呆気にとられる中、パケネがイェードに飛びかかる。しかし、怒りに任せた攻撃は精彩を欠いた。イェードはそれをあっさりと躱すと、先刻までとは別人のように表情のない顔で腕を振るう。
「ニャァ!?」
「パケネ!」
斬られたパケネにジルジバたちが駆け寄る。それには興味を示さずに、イェードが睨み付けたのは――ファントムだ。ただし、影武者だが。
「お前だ……お前のせいで全ての予定が狂ったんだ! ノーベイでも! アルブリアでも! 何故……何故、邪魔をする! 全ての栄光は……俺が、俺が手にするはずだったのに!」
イェードの声にははっきりと憎しみが宿っていた。
ヤツは言葉通り、英雄になるつもりだったのだろう。おそらく、黒衣の女たちと組んで、マッチポンプの形で。その理由はわからない。が、トロイスの手駒が、英雄としての地位を築けば、面倒なことになっていたはずだ。探索者への影響力を強めるという思惑があったのかもしれない。
それを悉く潰したのがファントムというわけだ。ノーベイで活躍したのはペンシルヴァの聖者だが……まあ、すでに同一人物だと結論づけられているだろうから、それはいいか。
完全に逆恨みだが、ヤツ……そしてトロイスからすれば、ファントムはかなり目障りな存在となったというわけだ。フラウルたちの護送で、イェードが動くように仕向けようと狙ったが、あまり必要がなかったようだな。最初から、ヤツの狙いはファントムだったらしい。
とはいえ、だ。今、ヤツが怒りを向けているのはファントムではない。影武者の雪精だ。しかも、アルブリアでお役御免になる予定だったので、その格好で歩けとしか指示していない。
「ユ、ユユユ? ユユ?」
突然、アドリブを求められて対応できるはずもなく、助けを求めるように影武者雪精が俺を見た。マズいと思い、他人のふりをするが逆効果だったようだ。
「ユユ! ユユユ! ユユ!」
不安になったのか、影武者雪精が縋り付いて何かを訴えてくる。どうにか誤魔化さなくては。
「どうやら、ファントムさんも動揺しているらしいな! そのせいで言葉も出てこないようだ!」
「ユユユ! ユユユユ!」
おい、首を振るな!
そこは話を合わせろよ!
だが、慣れない影武者役が続いたせいか、雪精も精神的に限界が来ているらしい。何を言っても、いやいやと首を振るような有様だ。こうなってはさすがに誤魔化すのは難しい。
「ジンヤさん。それ、あなたが召喚した精霊ですよね?」
いつの間にかそばにいたルーペンが笑顔で聞いてくる。俺が言葉に窮しているうちに、影武者雪精がこくりと頷いた。それを見て、ルーペンの笑顔がさらに深まる。
ああ、もうめちゃくちゃだ!
叫びだしたい気持ちでいっぱいだ。しかし、一足遅かった、俺よりも早く叫んだヤツがいる。イェードだ。
「俺を……俺を馬鹿にするなぁぁ!」
憎悪に満ちた目で俺を睨んでいる。どうやら、怒りをぶつけた相手が影武者だったことを知って、気分を害したらしい。
馬鹿にするつもりなんて全くないんだがなぁ。




