181. 影武者
期限の五日が過ぎ、探索者たちが引き上げてきた。全員の無事が確認でき、目的も達成したということで帰還することになる。そう全員だ。ジンヤとペルフェも合流した……ということになっている。実際には、最初からいたのだが。
「はは! アンタ、なかなか図太いんだな! 普通、爆発音が聞こえたら見に行くだろ!」
ザッペンがペシペシと俺の腰を叩く。今の俺はジンヤスタイルだ。ペルフェが黒衣の不審者たちのアジトを吹き飛ばしたとき、第一分隊で俺たちだけが合流しなかったのでからかわれているらしい。
「いや、一応は行ったんだが、そのときには誰も居なかったんだ」
「呑気なヤツだな」
お前に言われたくはない……とは言えないので、笑って誤魔化す。
まあ、からかわれるくらいなら大したことはない。大変そうなのはペルフェだ。ペンダに付き纏われて難儀しているようだ。
「お姉さん」
「な、何かな?」
「ペンシルヴァだったことないかな?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ。どうやってなるの?」
「そこなんだよね」
女性に対する察知能力が異常に高いペンダが、顎に手を当ててむむむと唸っている。ペンシルヴァ化は御使い謹製の特殊スキルによるものだ。一般的に実現できるものではないので確信には至ってないが……いや、違うな。あれは証明する手立てがないだけで、確信しているような気がする。恐ろしいヤツだ。
本来ならば、ペンシルヴァたちに混じって行動なんてしたくはない。探索者は総勢50人もいるんだ。適当に合流した姿を見せ、あとはこそっと姿をくらませるのもひとつの手ではある。
だが、あえて俺たちはペンペンダーたちと行動を共にしていた。これはジルジバの提案だ。困ったことに、俺とファントムが同一人物であるという判断材料が揃い過ぎている。ここで別人であることを印象づけた方が良いのではないかというのだ。
どうしたものかと悩んだ結果、ファントム役に影武者を立てることにした。今、その影武者が俺たちの後方でフラウルたちに囲まれながら歩いている。ジルジバが調査隊のリーダーとして、無用な接触は控えるようにと指示を出しているので、今のところ影武者であることはバレてはいない。
ただ油断はできなかった。何故ならすっかり聖者様信者となったルーペンがいる。
「やはり、一言くらいはご挨拶を」
「待て! ジルジバから止められているだろ。やめておけ」
「しかし、それでは失礼に……」
「ならんから! むしろ迷惑になる」
「ぬぬ……あなたの方が私より聖者様のことをわかっている。そう言いたいのですか!」
「そんなこと言ってないだろ! 冷静沈着なんじゃなかったのか、お前!」
「ふふふ。そんな設定、聖者様の前では些細なことです!」
「設定って言うなよ! 自称だったのかよ!」
理由をつけてファントムに駆け寄ろうとするルーペンを止めるためにも、ペンシルヴァたちのそばから離れられないのだ。
「ところで」
さきほどまでの騒がしさを引っ込めて、ルーペンが静かな声音で言った。
「……なんだ?」
「私、あなたの前で、例の口上、言いましたっけ?」
ノーベイの街の防衛戦で、ペンペンダーの面々は名乗りを上げて自らの存在をアピールしていた。ルーペンはたしか“冷静沈着”とか“静謐の青”とか、そんなことを言っていたはずだ。だが、言われてみれば、今回の調査では聞いていないな。
素直に防衛戦で聞いたと告げるのはまずい。何せ、ノーベイはヒュムの探索者がほとんど立ち寄らない場所だ。ヒュムの姿で活動すると目立ってしょうがない。俺たちがペンシルヴァ化していたのも人目を忍ぶためだったのだから。
「ペンペンダーは有名だからな。覚えていないが、そういう話を何処かで聞いた」
咄嗟に適当な理由をでっち上げる。その間、ルーペンはじっと俺を見ていた。
「そうですか。ペンシルヴァ以外にも私たちのことが知られているというのは、嬉しいことですね」
一応、納得した様子に見えるルーペン。もし、さっきの会話が何か探っていたとするなら油断ならないヤツだな。
まあ、そのためにファントムの影武者を仕立てたのだ。何となく怪しいと思っているかもしれないが、影武者の正体がバレない限りは大丈夫だろ。
と、そのとき、当の影武者がどてっと転んだ。それだけならまだしも、立ち上がれずじたばたともがき始める。
「せ、聖者様?」
「どうしたんスかね……?」
「起こして差し上げた方がいいんじゃありません?」
なかなか立ち上がらない影武者。その様子を見たペンシルヴァたちが心配する。だが、手助けに近寄られると困るのだ。
「待て! 聖者様を信じるんだ!」
「いや、信じるとか、そういう話ですの?」
「そういう話だ!」
まっとうな指摘は勢いで誤魔化す。とにかく、近寄らせてはならない。あの影武者、実は変幻自在ツールをマネキンにしてファントムスタイルに仕立て上げただけのものだ。そばで観察されると、さすがにバレる。
俺たちが固唾を飲んで見守る中、影武者はどうにか身を起こして立ち上がった。そして安堵の声を漏らす。
「ユユ~」
「あ、馬鹿……」
あの影武者は今、雪精のひとりが宿って操っているのだ。本来、雪精にそのような能力はないが、そこは精霊の主たるネーフェに協力してもらった。アーマニアのような特性を一時的に付与してもらい、武具を操れるようになっているのだ。無理を通しているので、なかなか思い通りには動かせないようだが。
「……ユユって言ったの? 聖者様が?」
「い、今のは、由々しきことだって、言ったみたいだな。俺にはそう聞こえたぞ」
「そうだったかしら?」
「間違いない」
ペンペンダーの紅一点パルヴァが首をひねっているが……強引に説き伏せ、その場は納得させた。とにかく、リフレイジャの森に着くまでの辛抱だ。それまでならどうにか誤魔化せ……るか、本当に? ちょっと自信がなくなってきたぞ。
頼む、イェード!
行動を起こすなら早くしてくれ!




