178.聖者様の奇跡?
部屋に入ってきたのはペンシルヴァの九人。いや、それだけではない。死氷同盟とシルバーブリザードの姿もあった。広い部屋ではないので、入り口付近は大渋滞を起こしている。
何故よりにもよって集まってくるんだ?
と思ったが、ダンジョンの外にも先刻の爆発の音が漏れていたのだとしたらありえなくはないか。
「なんです。あの異形は……?」
「ベースとなっているのはフラウルのようですけれど」
ルーペンとパルヴァは変異フラウルを見て驚きの声を漏らした。この辺りは真っ当な反応だ。
「なんか怪しいヤツがいるぞ!」
「うーん。ここにも女の子の気配が……」
ザッペンの言う“怪しいヤツ”はまさか俺のことか? ペンダの発言も不穏だ。
「あれ? ペルフェ、いないわよ」
「……まあ、詮索はあとだ」
直前にペルフェの名前を呼んだのは失敗だったか。サザメとジルジバの会話は致命的な気がする。
さて、どうしたものか……と考える暇さえ与えてもらえない。蜥蜴頭付きの変異フラウルが新たな侵入者に牙を剥く。毒霧を封じられたヤツはルーペンたちに向かって突進を仕掛けた。
「ガウウ!」
「くっ! やめろ!」
その攻撃を体を張って止める。動き回れると面倒なので、そのまま捕まえておくことにした。フラウルと蜥蜴の頭で腕に噛みつかれるが、ダメージはないのでひとまずそのままだ。
「ん? 敵じゃないのか?」
「そのようですね。ならば、我々も加勢を!」
背後から聞こえる声はザッペンとルーペンだろうか。敵対しないというのならありがたいが、加勢も困る。
「手を出すな!」
「なぜです?」
「コイツらはまだ――……」
理由を説明しようとしたとき、それを遮るように冷徹な声が聞こえた。
「は、下らん。要はこの化け物どもの仲間ということだろう。ともに切り捨てるのみ」
ちらりと背後に目を向けると、憎々しげに俺を睨んでいるイフォがいる。シルバーブリザードのイェードだ。
「待て!」
「問答無用!」
制止をかけるもイェードは聞く耳を持たない。まるで、俺の言葉を遮るように……いや、事実そうなのだろう。黒衣の女が、あの酒場にいたスペイラだとすれば、コイツはあちら側の人間である可能性が高い。
イェードの剣が俺を背後から襲う。〈防御専心〉状態だ。放っておいても防げるだろうが――……
「わふっ!」
「なに!?」
飛び出してきたフェリルが、イェードの剣を弾き飛ばした。
「フラウルか!? いったい、どこから!」
「この子は無事みたい」
どうやら、小さくてみなの視界に入っていなかったようだ。変異フラウルのインパクトが大きかったのもあるだろうが。
「油断するなよ。コイツは俺たちに牙を向けた。すぐに向こうの化け物のようになる」
「わふわふ!」
イェードはあくまでこちらを敵にしたいらしい。油断なく構えてもっともらしいことを言う。この状況なら、確かに判断は難しい。
「ガゥガガガ……ガガ!」
「くそ! 大人しくしてろ!」
間の悪いことに支配者の檄が切れた変異フラウルたちが動き出した。再度、上書きするがイェードには格好の口実になったらしい。
「やはり、危険な化け物だ。それに、そこの不審者は、今、化け物を操らなかったか?」
「しかし、それなら何故、我々への攻撃を止めるのです?」
ルーペンの指摘にもイェードは首を振る。
「さてな、何らかの事情があるのだろう。だからこそ、今がチャンスだ。いずれにせよ、化け物となったフラウルを戻す術はあるまい? 楽にしてやると思えばいい。……やるぞ」
イェードが冷たく宣言した。シルバーブリザードはそれに従うつもりらしい。ペンペンダーはどうすればいいか戸惑っている。そんな中、ペンダが空気を読まずに叫んだ。
「やっぱりだ! あの緑の女の子がそうなんだ!」
「な、何を言ってるんスか! こんなときに」
「だから! あの緑の子が、聖者様のお供の女の子ってこと!」
「はぁ?」
あまりの脈絡のなさにイェードすら呆然としている。いや、ただ一人ルーペンだけが、興味を示した。
「それは本当ですか?」
「もちろんだよ、ルーペンさん。僕が女の子の気配を間違えるわけがない! もう一人の子も近くにいるよ!」
根拠なんてひとつもない強引な主張だが、何故かルーペンは信じてしまったらしい。俺をじっと見たあと、大きく頷いた。
「そういうことでしたら、我々は彼らの側につきます。少なくとも事情を聞くまでは危害を加えさせません」
ルーペンがイェードに向けて言い放つ。
「正気か?」
「ええ。ええ! この湧き上がる力……間違いありません! 彼が聖者様です! なぜ姿が変わっているのかはわかりませんが、ね」
冷たく問うイェードに、ルーペンが興奮した様子で答えた。
それにしても湧き上がる力って……まさか【統率】が発動したのか!?
このスキルはパッシブ発動。つまり、自動的に効果を発揮するスキルだ。しかも、引き金になるのは指示に従おうという被対象者の意志。つまり、俺にはどうにもできないのだ。勝手に統率下に入って、能力が向上するとか厄介すぎるだろ!
ペンダはルゥルリィの正体を確信しているし、この分だとペルフェの正体もバレそうだ。ジルジバたちにはペルフェがこの場にいたことも察している節がある。そうなると連鎖的に俺の正体もバレそうだ。どうしてこうなった……。
頭を抱えたくなる状況で、ようやくの朗報が訪れる。
「いけるわ! これでフラウルちゃんを戻せる!」
ぶつぶつ呟いていたネーフェがくるりと回りながら飛び上がった。彼女はそのまま俺のそばまで飛んでくる。
「どうするんだ?」
「いいから、そのまま捕まえておいて!」
ネーフェは、俺が抑え込んでいる蜥蜴頭付きの変異フラウルに掌を向けた。ビームのようなものが照射され、フラウルの首から、ずるりと蜥蜴の魔物が抜け落ちる。
「わふ!」
動き出した蜥蜴は、すかさずフェリルが始末した。蜥蜴を宿していたフラウルはぐったりとしているが無事らしい。
ひとまず、フラウルたちに関しては何とかなりそうだ。だが――……
「おお、聖者様の奇跡です! フラウルが元に戻りましたよ!」
ルーペンが興奮した様子で叫ぶ。
また頭痛の種が増えた……。




