176. 趣味の悪い置き土産
降り注ぐ大量の瓦礫。それらを振り払いながら崩落が収まるまで耐える。幸い……というには散々な状況だが、怪我もなくやり過ごせたようだ。
まあ、周囲で積み上がった石塊はせいぜいが腰辺りまで。ただの落石で怪我を負うほどヤワなステータスはしていないので、棒立ちでも無傷だったろうが。生き埋めにさえならなければ。
「うわぁ……」
この騒動を引き起こした張本人は、他人事のように周囲の惨状に眉をひそめている。いや、お前がやったんだからな。
「焦るのはわかるが落ち着け! 下手したら生き埋めだったぞ」
「いや、それは……ジンヤなら大丈夫かなって」
慌てて言い繕うペルフェ。だが、絶対に嘘だ。さっきは完全に頭に血が上っていただろ。
「結果的に無事だったから構わないが、もっと慎重に頼むぞ」
「……それをジンヤが言うの?」
「そりゃ言うさ。こういうのはお互いに注意し合うもんだ。それが相棒ってもんだろう」
「そっか」
俺の言葉にペルフェはただ静かに頷いた。今は幾分か落ち着いているように見える。アジトの崩落と引き換えに冷静さを取り戻したか。
さて、魔物の足止めとダンジョンの崩落でずいぶんと時間は取られてしまった。気配察知では、すでに黒衣の女らしき反応は感じ取れない。俺の気配察知の範囲から逃れたのか。それともすでにダンジョンの外に出たのか。いずれにせよ、今からヤツに追いつくのは難しいだろう。
とはいえ、ここを調べても意味はないしな。連中のアジトらしきこの場所は、研究室のような雰囲気があった。ヤツらの企みの手がかりが見つかる可能性もあったが……すでに消し炭である。苦労して瓦礫をどかしたところで得られるのは徒労感だけだろう。
「先に進むぞ。今度こそ冷静にな」
「わかってる」
瓦礫の山を乗り越えて、黒衣の女が逃げた方の出口へと進む。崩落の影響はほぼこの部屋に限定されているようで、そこから広がる通路にはほぼ被害はなかった。
「わふ! わふわふ!」
通路に入ったところで、フェリルが宿環から飛び出してきた。通路の左手側にある扉に向かって頻りに吠えている。
「フェーの友達、ここにいるって」
「ほら、アナタ、早く扉を開けなさいって」
フェリルを追いかけるように、ルゥルリィとネーフェも姿を現す。どうやら、この扉の向こうにフラウルたちが閉じ込められているらしい。気配察知にもいくつかの反応がある。
ここに来た目的を考えればフラウルたちの救出を優先しなければならない。だが、そうなると、黒衣の女に追いつくのはまず無理だ。
「ペルフェ」
「大丈夫、わかってるよ」
呼びかけると、ペルフェは冷静さを保ったまま頷いた。すでに追いつくのは難しいとわかっているのだろう。
「開けるぞ」
「うん」
トラップが仕掛けられている可能性も考えて、慎重に扉を開ける。一応、【罠解除】スキルを持っているが、全然育っていないから過信はできない。だが、特に問題もなく、あっさりと扉は開いた。
「酷いわ! これじゃ、まるで牢屋じゃない!」
「わふぅ……」
部屋の中を見たネーフェが憤っている。フェリルは悲しそうな声で鳴いた。
石の壁と床。つくり自体はさっきの部屋と変わらない。だが、いくつもの檻が置かれていて、ネーフェの言うとおり、まるで牢獄のようだ。
その一つ一つにフラウルが閉じ込められている。その数はおよそ10。体の大きさはまちまちだが、さすがにフェリルほどのちびはいないらしい。概ね普通の狼と同じくらいのサイズだ。
「すぐに助けてあげるわね!」
「がぅ……がう」
ネーフェの言葉に、捕らわれたフラウルが力なく答える。
フラウルたちは黒い首輪をしていた。それが彼らの力を封じているらしい。檻の格子扉を開けるにも、首輪を外すにも鍵が必要になるが、当然そんなものは持っていない。
「仕方ない。フルステータスで強引にぶち破るか」
そう宣言すると、みな一様に不安そうな目を向けてきた。普段は細かいことを気にしないルゥルリィまでもが、だ。まあ、言わんとすることはわかるが。
「動かない対象だし、フラウルたちとは逆側にひっぱるだけだ。力加減を間違えても特に問題はない」
そこまで言っても、不安は消えないらしい。ネーフェが心配を隠さずに訴える。
「絶対にフラウルちゃんたちを傷つけないでよね? 絶対によ!」
必死の念押しなのだろうが“絶対に”を強調するとフリに聞こえるぞ。いや、さすがにやらないがな。
檻の方は問題なかったが、鎖の方はなかなかてこずった。どうも特殊な金属で加工されているらしい。並の探索者ならビクともしないだろう。
だが、チートなステータスに筋力上昇のバフまでかければ、さすがに耐えきれなかったらしい。強引に引っ張ると、首輪は派手にはじけ飛んだ。もちろん、フラウルたちは無事である。
「攫われたフラウルはこれで全てか?」
「少なくとも、ここに連れられてきたのはこの子たちだけみたいね! よくやったわ!」
ネーフェが腕組みをして、一応労いらしき言葉を掛けてくる。
黒衣の女の正体については掴めなかったが、当初の目的については果たせたらしい。そう安堵したところに異変は起きた。
「わ、わふ!? わふわふ!」
フェリルの焦ったような吠え声に視線をやると、一体のフラウルが苦しげな声を上げて伏せている。
「ガ……ガルゥ……ガ、ゲ……」
「おい、どうしたんだ!」
「ねえ、大丈夫? ねえ!」
少なくとも怪我らしきものはないが、毒の類いだとすれば治療が必要である。探索者用の回復アイテムなら持っているので、ひとまずはそれを与えてみるか?
そんな中、ペルフェがぽつりと呟いた。
「ねえ……なんか、体が大きくなっていってない?」
苦しげな呻き声をあげているフラウルはもともと他の個体よりもやや大きかった。だが、言われてみれば体が少しずつ大きくなっている。
とはいえ、それは成長というよりも、まるで膨張するかのようだ。そのままはじけ飛ぶのではないかと危惧したとき。
――――ズビャリ
フラウルの背中を裂いて何かが現れた。いや、生えたというべきか。人型の魔物の上半身だけが、フラウルの背中から現れたのだ。
「まさか……フラウルを素体にした合成獣か!?」
ずいぶんと趣味の悪い置き土産を用意してくれたものだな。




