174. 黒衣の女
「……何だかつまんないわね」
「勝手についてきて文句を言うな」
何故か俺の頭の上で愚痴をこぼすネーフェ。抗議すると、「だってぇ」と足をばたつかせた。とても邪魔だ。
まあ、言わんとすることはわかる。調査も今日で四日目。最初は新鮮に思えた景色も、毎日見ていれば見飽きてくる。遭遇する魔物もほとんど変わらないので、新しい発見もないしな。
「ルゥ、ちょっと暇」
『まあ、そうだよね』
「わふぅ」
我がパーティーの戦闘大好きっ子たちもご不満の様子だ。探索にかかるほとんどの時間は歩き回っているだけだから、俺を含めて退屈しているというわけだ。
「もう少し戦闘頻度が高ければ経験値稼ぎと割り切って楽しめるんだが」
「いや、何を言ってるのよ。調査が順調なことを喜ぶところでしょ、そこは。ねえ?」
思わずぼやくと、ネーフェから突っ込まれた。正論だが、退屈だと愚痴をこぼしてたヤツに言われたくはない。
今のところ、はぐれフラウルに繋がる手がかりはない。成果が上がらなければ士気も下がるというものだ。それもこれもクルージャ氷窟が無駄に広いのがいけない。
「せめて、何か調査に進展が――」
あればなぁ。そう口にしようとしたところで、フェリルがわふわふ吠え始めた。
「どうした? 魔物か」
「わふぅ。わふわふ」
「ん? 違うのか」
魔物の気配でも捉えたのかと思ったが、それにしては緊迫感がない。何となく戸惑いを感じる。
「ここら辺、ちょっと変、だって」
そう言って、ルゥルリィが示したのはそばの壁だった。見た目は他と変わらない氷の壁だ。
「変って、何がだ?」
「わふ? わふわふ!」
「友達の匂い、気配するって」
「友達? まさかフラウルか!?」
だとすれば、無視できない情報だ。俺の頭の上で愚痴をこぼしていたネーフェもやる気を出したらしい。ふよふよとそちらに向かって飛んでいった。
「あら、本当だわ。っていうか、魔物ね。コイツ」
「はぁ?」
そんな馬鹿なと思いつつ壁に向けてスキル看破を使ってみれば、確かにリストが表示された。スキル構成からすると氷柱もどきの亜種みたいなヤツだ。ただ、【氷壁擬態】というスキルを持っている。試しにスキルドレインで抜き取ってみると、擬態がとけた姿は氷柱もどきと大差なかった。多少でかいくらいである。
「わふぅ?」
「ああ、倒して良いぞ」
「わふ!」
【氷壁擬態】以外に特別なスキルを持っていなかったので許可を出すと、フェリルががじがじ囓ってあっという間に倒してしまった。氷柱もどきは動く素振りも見せなかったので、擬態が解けたことにも気づいていなかったのかもしれない。ちょっと哀れなヤツだ。
「なんだここは?」
『ダンジョン……かな?』
俺の言葉に、ペルフェが自信なさげに答えた。
ダンジョンというのはエルネマインの狩り場を全般的に指す言葉だが、ペルフェが言ったのはもっと狭い意味でだろう。つまりはコークスローで潜ったような地下迷宮型のダンジョンのことだ。
たしかに、氷壁の隙間にぽっかりと開いた狭い穴はダンジョンの出入り口に見える。
「どうする? って、まあ聞くまでもないか」
「わふわふ!」
「フラウルちゃんが閉じ込められているなら助けないとね!」
フェリルが友達の気配がすると言っていたのだ。フラウルと無関係ではあるまい。俺たちの目的を考えても、スルーするという選択肢はなかった。
「うん? これ本当にダンジョンか?」
穴の中は暗かった。クルージャ氷窟と性質が違うのか、薄ぼんやりとした光すらない。宙に浮く光球だけが頼りだ。
「家みたい」
「まあ、そうだな」
ルゥルリィの言葉に頷く。やはり明らかにさっきまでとは雰囲気が違う。壁は氷ではなく石材を積み上げて作ったような石壁だった。ルゥルリィが家みたいと称したのは、人工物っぽい造りだからだろう。
「怪しいな」
『そうだね。あの黒装束たちの隠れ家とか?』
ペルフェの推測を否定する材料は見つからなかった。黒衣の襲撃者が誘拐犯なのだとしたら、フラウルたちが閉じ込められているここは、ヤツらのアジトである可能性が高い。
だとしたら困ったこともある。実は入り口を潜った瞬間、俺の気配察知に幾つかの反応があったのだ。どういう理屈かわからんが、この場所に入るまでスキルが遮断されていたらしい。
ここがアジトなら見張りくらいはいるだろう。もし、そいつが気配察知持ちなら俺たちの侵入は悟られているはずだ。
「なんで立ち止まってるのよ。さっさとフラウルちゃんを助けなさい」
一応気を遣っているのか、ネーフェが小声で急かしてくる。まあ、すでに侵入がバレているのなら、今更どうしようもないのは事実だ。
「そうだな。進むか」
気配察知では、この先のすぐ近くに誰かがいることがわかっている。他の反応と離れてポツンと一人だけなので、見張りの可能性が高い。こそこそしても無駄だと居直って、明かりもそのままに堂々と歩けば、すぐに扉が見えてきた。反応はこの向こうだ。
俺たちはアイコンタクトでお互いに準備ができていることを確認してから、一気に扉を開け放った。
扉の向こうは、それなりに大きな部屋だった。通路と違い、十分な明かりに照らされていて、中の様子がはっきりとわかる。幾つもの机と椅子に雑然と置かれた謎の器具。どこか研究室めいた部屋だった。
中に居たのは予想通り例の黒衣の不審者だ。何かの作業をしているようだったソイツは、こちらを見て驚きの声を上げた。
「ファントム? 何故、貴様たちがここに!?」
アジトにいるせいか、ソイツは覆面をしていなかった。金髪で30代ほどの女性だ。反応からすれば、リフレイジャの森で遭遇したリーダー的な襲撃者なのだろう。だが、その顔には他に見覚えがある。
ソイツはアルブリアで見たスペイラと名乗る女性によく似ていた。




