131. シンプルな命名
雪山からノーベイに戻ったころには、すっかり日が暮れていた。雪山が街から離れているせいもあったが、雪精の召喚や検証に時間をかけ過ぎたのが一番の原因だろう。
暗視のおかげで、ただ歩くだけなら不自由はしない。だが、時間が時間だけに、街の門は閉まっている可能性が高い。そう思っていたのだが、予想に反して門は開いていた。それどころか、意外にも出入りする人間が多い。しかも、探索者らしく、今から狩りに出るような格好である。
出入りするのは大半がユテンとイフォだ。ペンシルヴァはおらず、昼間とは種族の比率が逆転している。
ペンシルヴァが多い街なのかと思っていたが、実はそうでもなかったらしい。おそらく、ユテンとイフォは昼夜問わず活動できる種族なのだ。ひょっとしたら、夜の方が得意なのかもしれない。夜目の利かないペンシルヴァとそのパーティメンバーは昼に活動し、そうでないユテンとイフォは夜間に活動するということだろう。
これはつまり、時間帯ごとに人が分散するということだ。となれば、ノーベイの周辺の狩り場は意外と人が少ないのか? いや、昼間の印象ではそうでもないな。コークスローやアースリルに比べると、そもそもの人口が多いのかもしれない。
門のそばに歩哨として立つのはいつものペンシルヴァではなく、見覚えのないユテンだった。夜間担当の人員だろう。ちび狼を連れていたが、特に咎められることなく街に入れた。
早いところ宿を取ろう。魅了状態は数時間持続すると考えているが、検証例は多くないので過信はできない。種族や個体差によっては、すぐに解けてしまう可能性もある。
宿はいつもの場所。結局、ペンシルヴァ用の宿に一泊した以外は、ずっと同じ場所に泊まっている。やはり、ヒュム用の個室があるのが大きいな。主人がお喋りなこと以外はとても快適だ。
ちなみに、ヒュム用個室はペンシルヴァ状態でも交渉すれば簡単に貸してくれた。その部屋は使用率が極めて低く、持て余しているらしい。俺は助かるが……よくそんな状態で経営できてたな。
ちび狼を部屋に入れることもあっさりと認められた。宿泊費を一人分余分に取られたが、それだけだ。
まあ、このエルネマインには色々な種族がいるからな。堂々としていれば、そういう種族だと勘違いしてくれるのかもしれない。
「だいぶ慣れたとはいえ、やはり元の体の方が落ち着くな……」
部屋に入ったらまずはヒュムの姿に戻る。ペンシルヴァ状態でも、特に不自由するわけではないが、やはり元の姿に戻るとほっとするものだ。
「ルゥ、ペンギン嫌いじゃないよ。ポカポカ!」
「まあ、寒いときにはいいよな」
寒さに弱いルゥルリィはペンシルヴァ化が気に入っているようだ。そう言いながらも、今はドライアドに戻っているが。
一方、ペルフェはペンシルヴァ化を解除する前に変幻自在ツールへと戻っていった。今の姿は魔鎚だ。巨大狼と戦ったときに大盾にしたあと、普通に戻した。盆栽にしなかったのは慣れさせないためだ。盆栽の姿に慣れてしまってはお仕置きにはならないからな。
『さて、ちびちゃんに話を聞かないとね』
「わふっ?」
ちび狼はよくわかっていないようで首を傾げている。それでも、意図は伝わっているし事情くらいは聞けるだろう。そう思ったのだが――……
「結局、理由はわからずじまいか」
『きっと生まれてすぐの個体だね。どうも認識が曖昧みたい』
事情を尋ねても、ちび狼の話は要領を得なかった。ペルフェによれば、ちび狼が生まれて間もない精霊であることが原因らしい。
『生まれたばかりの精霊はエレメントと同じように自我が薄いんだ』
「エレメントって、雪精とかのことだったな」
『そうだけど……ジンヤの召喚した雪精は特殊例だからね?』
ペルフェから呆れたような視線を向けられるが、実際に接した存在がそれしかないのだから仕方がない。正確に言えば、ルゥルリィやペルフェが召喚した雪精も見てはいるんだが、どうも印象が薄い。やはり俺にとってエレメントと言えば“ユユユ”とうるさい連中である。自我が薄いと言われても今ひとつピンと来ない。
とはいえ、それでは話が進まないので、ひとまずおいておこう。ともかく、生まれて間もない精霊は自我が薄く、その当時のことを把握していないのだと言う。通常は、同種の精霊が集う場所で生まれるので、先達と接するうちに自らがどういう存在であるかを認識していくはずなのだとか。
『なのに、この子はあの雪山にいた。たぶん、あの山で生まれたんだろうね。自己の認識が曖昧なときに、自分と似た姿のジルウーヴェを見つけて同族だと思いこんじゃったのかもしれない』
「……なるほど」
もし、このちび狼がジルウーヴェ――例の銀狼たちを家族のように思っていたなら、俺たちはその家族を消滅させた仇になる訳か。間違ったことをしたとは思わないが、何となくやりきれない気持ちになるな。
「せめて、同族の住処まで送ってやるか」
罪滅ぼしというわけではないが、何かの縁だ。それくらいはしてやってもいいだろう。
『この子はフラウル――氷の力に縁のある精霊だから東部方面に住処があるんじゃないかな』
「とすれば、アルブリア方面かもな。この周辺に精霊が出るって狩り場があるとは聞いてない」
ちび狼を帰す算段について話していると、ちょんちょんと服の袖が引かれた。袖を引いたのはルゥルリィだ。ルゥルリィはちび狼を掲げるよう両脇を抱きかかえると、俺に目の前にずいっと差し出してきた。
「ますた、いぬ、名前つける!」
「わふ!」
どうやら、しばらく行動をともにするなら名前をつけろということらしい。たしかに、いつまでも“ちび狼”では可哀想だ。ルゥルリィに至っては“いぬ”だし。
ルゥルリィもペルフェも元から名前があった。本来は年長の同族が名前をつけるものらしいが、コイツの場合は事情が事情なので仕方がないだろう。
狼といえば第一に連想するのはフェンリルだな。ゲームにも良く出てくるので有名だ。
とはいえ、そのまま名付けるのも微妙か。完全に名前負けしているし、そういう種族が他にいるかもしれない。
「そうだな。それなら、フェリルという名前はどうだ?」
「わふ!」
フェンリルから“ン”を抜いただけの安易な名前だが、本人はルゥルリィに抱えられたまま頻りに尻尾を振っている。不満はないようだ。
「いい、名前!」
『フェリルか。悪くないんじゃない?』
ルゥルリィとペルフェからも異論はないので、ちび狼――フラウルの幼体の名前は正式にフェリルとなった。




