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130. 心を盗む 再挑戦

 巨大狼が倒れてからも戦い続けること二時間ほど。ようやく魔物寄せの香が切れたので、後回しにしていたちび狼の件を片付けることにしたのだが。


「わふぅっ! わふぅっ!」


 草木で編まれたような檻の中で、そのちび狼が尻尾をゆっくり揺らしながら吠えている。威嚇しているのだと思うが、まるで威圧感がない。


「で、なんでコイツはこんなに敵対的なんだ?」

「それがさっぱりなんだよね」

「いぬ、悪い子!」


 相当手を焼かされたのか、ルゥルリィの機嫌が悪い。ちび狼の威嚇に対抗するように傍らに生やした蔦でビタンビタンと地面を打っている。


「さっきから、こんな感じで話も出来ないんだ。だから、事情はまったくわかってないよ」


 ペルフェが肩を竦めて首を振った。お手上げのポーズだ。


「そもそも言葉はわかるのか?」

「精霊だからね。伝わってはいるはずだけど」


 ペルフェもルゥルリィも普段は俺と同じ言葉を話しているが、本来は精霊語という共通の言語で意思疎通する。それは、いかなる精霊も例外ではない。つまり、ちび狼が本当に精霊なら、こちらの呼びかけは伝わっているはずなのだ。


 見た目は狼か犬かという感じなので“本当か?”という疑念が拭えないが、それ以上に衝撃的なのが雪精だ。俺には“ユユユ”としか聞こえない雪精の言葉も、ペルフェたちからすればちゃんと精霊語として聞こえるらしい。言語と言いながらも、音以外の何かで情報伝達しているということだろうか。まったく意味がわからない。


「……さて、どうするか」


 精霊がボス格魔物に混じって襲いかかってきたことは気に掛かる。だが、相手が聞く耳を持たないのなら、どうしようもない。気が変わるのをのんびり待つというわけにもいかないしな。何しろ、ここは雪山の頂上付近。ペンシルヴァの体でも、この寒さは厳しいのだ。体を動かさないとたちまち凍えてしまう。


「ますた、あれ、やって!」


 ちび狼の処遇を考えていると、ルゥルリィが手をバタバタさせて訴えてきた。しかし、“あれ”とは何なのか。今のタイミングで必要になる“あれ”に心当たりがない。


「あれって何だ?」

「あれ! ますた、デレデレするヤツ!」

「……デレデレ? ああ、〈心を盗む〉か!」


 ようやくルゥルリィが何を求めているか理解できた。スキルドレインの前準備というイメージが強くなっていたが、本来〈心を盗む〉は魅了状態にして指示を聞いてもらうためのスキルだ。いずれ効果が切れるとしても、その間に情報を聞き出せばいい。


「そうだな。試してみるか」

「やる!」


 ルゥルリィに促されて、草木の檻に捕らわれたちび狼の前に座りこむ。


「わふっ!」


 ちび狼が俺を睨み付けてくるが、むしろ都合がいい。視線を合わせて、投げキスを飛ばしてやると――……


「わふっ? わふぅ~」


 ちび狼の顔から険しさが消えた。不思議そうに俺の顔を見上げたあと、首を傾げた拍子にころんと横に転げてしまう。


「おいおい、大丈夫か」

「わふぅ!」


 思わず檻の中に手を差し伸べると、ちび狼はぴょんと跳ね起きて、俺の手をペロペロと舐めはじめた。


 ぬぬ……なんて可愛らしい仕草だ。なかなかの破壊力じゃないか。事情を聞き出さなくてはならないが……少しだけ撫でてみよう。


「わふぅ~」

「はは、どうした大人しいじゃないか。ここが気持ちいいのか?」

「わふ、わふ!」


 ふわふわの毛並みを堪能していると、トントンと肩を叩かれた。振り返れば、ルゥルリィとペルフェが腰に手をやり全身で不機嫌さをアピールしている。


「ますた、また、デレデレしてる! ルゥも! ルゥも撫でて!」

「またジンヤはそうやって気軽に撫でるんだから! ちゃんと序列ってものがあるんだからね! 一番の相棒は僕なんだから!」


 いや、ペットくらい気軽に撫でさせろ……という言葉は二人の気迫に押されて口から出てこなかった。まあ、ルゥルリィたちも今はペンギンそっくりの見た目だ。ペットみたいなものなので、撫でるのは構わないからな。ちょっと前にも撫でてやったし。


 しかたなく順番に撫でてやる。とりあえず、申告順にルゥルリィ、ペルフェの順だ。二人を撫で終わったあとには、いつの間にか檻から出たちび狼がちゃっかり並んでいた。もう一度撫でろというのだろうか。撫でてやりたいところだが、ルゥルリィとペルフェにギラリとした目つきで注視されている。ここでちび狼を撫でると、またルゥルリィたちが騒ぎそうだ。下手すればエンドレスに撫で続けることになる。今はやめておこう。


「また今度な。ルゥルリィたちに撫でてもらえ」

「わふ?」

「ルゥがやる!」

「よし、僕も撫でてあげよう」

「わふ!」


 ルゥルリィたちが撫ではじめると、ちび狼はあっという間に二人に擦り寄っていった。まったく、現金なものだ。だがこれが一番平和状態なのかもしれん。波風を立てるのは止めておこう。


「ユユユ?」

「ユユユ、ユユ!」


 ようやく話が進められる――そもそも俺が逸らしたんだが――と思ったところで、今度は雪精たちが騒ぎだした。


「まさか、お前達も撫でろと言うんじゃないだろうな?」

「ユユ、ユユ! ユユユユユ!」


 これまでの流れから雪精たちも撫でろと言っているのかと思ったが、そういうわけではないらしい。しきりに首を横に振っている。


「……すまん、ペルフェ。翻訳してくれ」

「“撫でられたら溶けるからやめて”だってさ」

「ああ……そう」


 雪精たちは撫でられるのを好まないらしい。まあ、それならこちらとしても助かる。雪精は撫でても冷たいばかりで楽しそうじゃないからな。


「じゃあ、なんなんだ?」

「“用事が終わったみたいだから一旦帰るよ。また呼んでね”って」

「……帰る?」

「雪精たちはルゥルリィと違って共生契約じゃなくて、召喚契約なんだよ。必要なときに呼び出す感じだね」

「ああ、そういえば普通はそうなんだったか」


 精霊術士が精霊と契約するときの一般的な形式が召喚契約だ。この場合、精霊たちは普段は自分の住処(すみか)にいて、召喚されたときだけ力を貸す。雪精たちはこの山を住処とするようだ。


「ユユユ!」

「ユユ!」

「ばいばい、雪だるま」

「わふ!」


 15体の雪精を見送る。今後、【雪精召喚】を使った場合、あいつらが優先的に召喚されるらしい。いつの間にか契約を結んだことになっているようだ。せっかく育てたので、アイツらが呼び出せることは悪くないのだが……どのタイミングで契約を結んだことになったんだ?


 まあ、それはいいか。とりあえず、俺たちも下山しよう。まだ、ちび狼の事情を聞き出せてないが、〈心を盗む〉が有効なら焦る必要はない。魅了が解けたらかけ直せばいいだけだしな。



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