105. ナイスな提案
「おうおう、寒かったろう。うちは、毛皮がない種族も快適に過ごせる部屋を用意しているからな。ゆっくり休んでくれ!」
そう言って俺の腰を叩くのは、宿屋の主人だ。ペンシルヴァなのだが、さっきの守衛といい、やたらとフレンドリーである。そういう種族なのかもしれない。
適当に選んだ宿だったが、どうやら当たりだったらしい。基本的にノーベイには寒さに強い種族ばかりが集まるので、ヒュム向けの防寒対策がしっかりとした部屋はあまりないそうだ。その数少ない例外がここなのだとか。もっとも、宿の主人の自己申告なので、どこまで信じて良いのかはわからないが。
まあ、それはともかく、やたらと喋りかけてくる主人をどうにか引き剥がして、あてがわれた部屋へと向かう。中に入ると、暖かな空気が俺を迎えた。どうやら、暖房器具のようなものが稼働しているようだ。ただ無駄話をしていたわけではなく、その間に部屋を暖めてくれていたらしい。あの主人、意外とできるな。
部屋の内装はアースリルやコークスローの宿とほとんど変わらない。外からはかまくらのように見えたが、単に外観がそれっぽいだけのようだ。
「はぁ……生き返るぅ……」
『ジンヤ、おっさんくさいよ……』
「誰がおっさんか」
『ルゥも生き返ルゥ』
「……ダジャレか?」
『……?』
『おっさんくさい……』
「…………」
……さて、少々心に傷を負うことになったが、体は温まった。途中から走り通しだったせいか、日が落ちるにはまだ早い時間だ。情報収集や今後のための準備をしたいところだが――……
「駄目だ。この部屋には人を吸い寄せる魔力がある……!」
『何、言ってるんだよ。意味がわかんないよ』
『ルゥ、わかる』
『えぇ?』
ペルフェには無縁だろうが、寒いときに暖かい場所の誘惑に抗いがたいのだ。とりあえず、今日のところは外に出る用事は全てなしということにしよう。
これはサボりではない。体を寒さに慣らすにしても徐々にやらなければならんのだ。無理をして風邪でも引くと面倒だからな。エルネマインに来て以来、病気とは無縁なので、風邪とかあるのかは知らんが。
まあ、一応、部屋でできる用事くらいはすませておくか。ノーベイに移動したことをセプテトに知らせておこう。
システムカードからコールすると、それほど待たずに目の前の空間が歪み、セプテトが現れた。
「やあ、どうしたんだい?」
その顔には久しぶりの笑顔が浮かんでいる。このところ、暗い表情ばかりだったので少し懐かしさを覚えるほどだ。
「コークスローからノーベイに移ったからな。その連絡だ」
「なるほど。予定通り東に向かってくれてるんだね」
「ああ。それで、結局、頼みたいことっていうのは何なんだ?」
「それね。実は――……」
セプテトの話によれば、最近になって東方面でもエネルギーの湧出量が増え始めているらしい。コークスローの事件との関連性を確かめるためにも、東方面の調査をして欲しいという話だった。
「まあ、トロイス……おっと、コークスローの件とは全然関係ないかもしれないけどね」
「トロイス?」
「そ、それは聞かなかったことにしてよ! ユイットに怒られちゃう!」
慌てた様子で無茶を言うセプテトにジト目を向けると、ヤツはあははと笑って誤魔化した。調子が戻ったと思えば、これだ。
トロイスという名には聞き覚えがないが、ネイルが最後に呟いた名前がそんな感じだった気がする。ユイットは前に一度聞いたことがあるな。確か、御使いの一人だったはずだ。大方、コークスローの件を相談した相手だろう。口止めされていたのに、うっかり口を滑らせたというところか。
「別に言いふらしたりはしないから、安心しろ」
「そ、そうだよね! だから、これはミスじゃない!」
超理論でミスをなかったことにしたセプテト。まあ、突っ込んでもどうせ反省などしやしないだろうから、放っておこう。
それよりも俺からもセプテトに要望がある。
「東方面に向かうのはいいんだが寒すぎて対策がいる。どうにかできないか?」
このままではレベリングも調査もおぼつかない。仕事の見返りでも、口止め料でも、名目はどうでもいいので、何かしら寒さに対抗する手段が欲しい。そう思って尋ねてみると、セプテトはきょとんとした表情で俺を見た。
「……なんだ?」
「いや、珍しいなと思って。スキルとか集めるの好きなのに。ここら辺の魔物ならたいてい【環境耐性:氷雪】ってスキルを持ってるから、それを習得すればいいよ」
……おおぅ。
そりゃそうだ。これだけ雪が降るのだし、魔物が耐性スキルを持っていても不思議じゃないよな。寒さのあまり魔物をスルーしたのが裏目に出たか。
そういうことならば、スキルドレインで耐性スキルを得ればいい……んだが、それには寒い外に出なければならないんだよなぁ。
「前回の仕事の報酬ってことで、そのスキルだけ貰えないか?」
「適当な魔物から奪えばいいだけの話なんだから、横着するんじゃないよ、まったく。報酬なら別に考えてあるから」
おっと。そういうことなら話は別だ。
「ほぅ? どんな報酬だ?」
「最近、特殊スキルのアーツを取得してないでしょ?」
たしかに、バグ盗賊の特性として使えるようになった特殊スキル【盗む】【偽装】に関してはレベルがそれなりに上がっているにもかかわらず、最近は新アーツを習得できていない。まあ、現状でも有用すぎるくらいだから、そんなものだと思ってあまり気にしてなかったが。
「それがどうかしたか?」
「大怪盗の戦闘職業は僕が趣味で作ってたヤツだから、まだ作りかけというか、中途半端な状態だったんだ。だからアーツも途中までしか設定してなくてね。せっかくだから、出来てるとこまで反映しようかなと思ってさ」
おお、それはナイスだ!
たまにはやるじゃないか、セプテト!




