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心夢見て宇宙《そら》を翔《ゆ》く  作者: 赤羽道夫
最終話 それでも人間になりたいか
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Act 3

 元LSHロボットといっても、ミコネフのような、どこか浮世離れしたような美人ではなかった。どこにでもいそうな普通の女性であった。金色の髪が肩までのびた、青い瞳をした白人系で、年齢は二十代なかごろといった外見。

「はじめまして。私は回収機構から委託された回収業者でZ0G‐KKBと申します」

 身分証を開いて見せた。

「エレナです。どうぞこちらに……」

 彼女は身分証を確認し、Z0G‐KKBを室内へ通した。

 室内は整理されていた。調度品はあちこちからかき集めてきたものらしく、統一感はない。窓の白いカーテンごしに外光がやわらかく差し込み、照明あかりをつけずともほどよく明るい。

 幾何学模様のカーペットに置かれたテーブルセットに椅子は二脚しかなく、そのことからも他に同居人はいないようだ。

「座って話していいかしら?」

「はい、どうぞ」

「LSHロボットはずっと立っていても平気ですものね」

 エレナはテーブルに置かれたティーポットを傾ける。カップに注がれた紅茶から湯気が上がる。

「どこでわたしのことを知ったのかしら?」

「はい。とあるLSHロボットから聞きました」

 立ったまま、Z0G‐KKBは答える。

「そう……。隠していても、どこかで噂が漏れるものなのね……」

 エレナはふっと息をつき、カップの紅茶を一口ふくんでゆっくりとソーサに戻す。

「野良ロボットが魔法で人間になることが許せないのかしら?」

「いいえ、そういうわけではありません。私の仕事はあくまで野良ロボットの回収です。野良ロボットがなにを目標として動いているかなどは問題にしません。しかし、ピノッキオ症候群のロボットの動向を分析することでその動きを読むのは有用なことと考えます」

「人間になる前に回収してやろうという魂胆ね。見逃してやることはできないのかしら」

「だからここへ来たのです。ロボットを人間にできる魔法術師など、この世に存在しているという確実な情報をまだ聞いたことがない。実際に見たことも電話で通話したこともない。本当に実在しているのかどうかたしかめたい」

「存在はしています。それもこのイーガン・ベータ(このほし)に。だからわたしは人間になれた。わたしがいることがその証拠です」

「なるほどね……。しかし魔法術師のところへ行く前に、実際に人間になった話を聞きたいと思いました。なぜ人間になりたかったのか、人間になったことで、どのような感想を抱いているのかを聞いて――」

「聞いて?」

「LSHロボットが人間になることが幸福なのかどうか、それを知りたいのです」

「もし幸福になるとわかったら、あなたも人間になりたい?」

「私には回収業者のLSHロボットであり、法人オーナーがおります。オーナーの命令に背くことはできません」

「LSHロボットとは、そうでしたわね。自由がなくて、命令には従わなくてはならない」

 エレナはもう一口紅茶を味わう。味のわからないZ0G‐KKBに見せつけるように。

「人間になってみて、これまで感じたことない感覚が心に響いて、それはそれは新鮮な驚きだったわ」

 でも、とエレナの口調のトーンが下がる。

「それは人間の赤子が感じる単純な刺激にすぎなかったの」

 そしてエレナは語った。



 LSHロボットのとのちがいに最初に気づくのは、五感が敏感すぎるということなの。それはセンサーの精度が上がったというだけの話ではなく、心がそれを感じるとき、恐怖が伴ってしまうの。驚きや戸惑い、さまざまな感情が押し寄せ、わたしは混乱してしまったわ。人間がこんな複雑な感情の波にさらさているなんて知らなかったから、人間というのが情緒不安定で行動が安定しないのも理解できたわ。感情の起伏によって気分が高揚したり沈んだり、それはもう忙しい。

 それに加えて、これは想像していたことだけど、生命維持活動の煩雑さね。食べたり飲んだり眠ったり、それをしないと生きていけないのは承知していたけれど、案外面倒なものでね。食べ物の味も驚きだったわ。種類が多くて目が回りそう。やたらと辛いものがあって、それは困りものだったわ。困りものといえば、お酒もそう。酔ってしまって、どうにもならなくなるの。無理して飲まなくていいようだけど。とにかく、LSHロボットのときに知識として知っていたのと経験するとではすごくちがっていたわ。

 もっとも、今言ったそれらはすべて感覚的なもので、ひとりで大騒ぎしていればすむことなんだけど、一番戸惑ったのは人間どうしのつきあいよ。

 LSHロボットのときと同じところが残っていたせいね。善悪のちがいや美的感覚は相変わらずわからないままだったの。だから話が通じなくて。いえ、そんなことよりも……。

 わたしは、自分がかつてLSHロボットだとは公言していません。それを言ってしまうと、相手はいまだにわたしをLSHロボットとして接するのではないか、と危惧していたから。それを明かしてしまったら、人間的な差別感情に巻き込まれて、立場がどうなるかわからない。それでなくても感じたままの本心を言ってしまって相手を傷つけたり、人間どうしの好き嫌いに振り回されたりして、混乱しつづけた。気がつけばいくつもの職場を転々としていたわ。

 正直、これからも人間としてやっていけるかどうか、わたしには自信がない。人間らしい仕事はコミュニケーション能力を必要としたから、そこでつまずくとなかなかなじめない。

「でも、それでも人間になったことを後悔はしていないわ」

 エレナは最後に力強くそう言った。

 LSHロボットには永遠に理解したり経験したりすることのない人間としての生き方――。それは十五年という製品寿命から、百三十年という人間の寿命を得た以上のメリットがあった。それは間違いのないことだと、エレナは断言した。

「よくわかりました。お話をお聞かせくださり、ありがとうございました」

 Z0G‐KKBは、人間になることの素晴らしさと同時に、単なる憧れだけではすまない現実を聞き、エレナの家を後にした。

 もうすぐ小惑星と衝突してしまうが脱出はできるのか、と最後に尋ねると、外国の援助船が間に合うと聞いていますと答えてくれた。

「これをきっかけに新しい惑星とちへ行ってやり直したいです」

 そう締めくくったエレナの表情は晴れやかだった。


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