Act 1
「我々が来たからにはもうだいじょうぶだ。安心して初期化されるがいい」
回収屋の無慈悲な宣言のあとに放たれた電子パルス銃の直進電磁波は街角の喧騒にまぎれて、追い詰められたLSHロボットを一瞬で無力化した。電子脳の機能をソフトウェア的に破壊されたLSHロボットは、もはや自立的に動くことができないただの人型の機械となった。
回収屋――民間のLSHロボット回収機構の実行部隊に所属するLSHロボット、Z0G‐KKBは、腰のホルダーに電子パルス銃をしまい、機能停止させたLSHロボットに信号ケーブルを接続した。ソフトウェアをコピーし、最低限の運動機能だけを復活させる。
「さあ、来い」
Z0G‐KKBが命じると、さっきまでピクリとも動かなかったLSHロボットがゆらりと歩き始める。おぼつかない足取りで自動的に歩くその姿はまるでゾンビのようだった。
オーナーを失ったLSHロボットは、法的にはその他の個人所有物と同様に、遺産を引き継いだ者が新たなオーナーのものとなる。通常は自動的に所有権が移るようにあらかじめLSHロボットに設定されていた。
しかし、そういった手続きがとられないLSHロボットも存在した。それを回収するのが回収屋と呼ばれる民間会社だ。回収屋は回収した野良ロボットを初期化し、中古市場へと流す。中古ロボットを扱う業者自身が回収業も手がける例も多い。
Z0G‐KKBは、その回収屋に所属するLSHロボットである。宇宙のあちこちに出かけ、野良ロボットを回収するのが任務だ。野良ロボットを放置して犯罪に利用されてしまうのを防ぐためだ。
「捕まえたようね……」
Z0G‐KKBの前に、一体のLSHロボットがヒールの音を石畳に鳴らして現れた。人間の女性そっくりに作られた高性能セクサロイド。真紅のドレスをまとった体を裾の長い外套で包み、濡れた唇をつりあげて妖しい笑みをつくる。
「ご協力、感謝します」
Z0G‐KKBは立ち止まり、事務的に礼を述べた。
野良ロボットがいる、との情報を提供してくれたのが、目の前の女性型だった。直接その報を受けて、Z0G‐KKBは宇宙船を飛ばして、はるばる惑星ブリン・ガンマのガース市にやって来たのだった。
人間らしい造形の顔と手首から先以外は人工皮膚が省略された無骨なフォルムのZ0G‐KKBと比べて、芸術品といっても過言ではない完璧なボディのそのLSHロボットは、アップにまとめたボリュームのある金髪と、吸い寄せられるような瞳や通った鼻筋が奇跡のように合わさって、道行く男たちの視線を集めた。
夕暮れの繁華街では、これからの時間を楽しもうと大勢の大人たちが繰り出し始めていた。そのLSHロボットもそんな夜の街で働いていた。
「ついこないだなら、おまえも回収の対象だったのにな、ミコネフ」
「そうね……。お生憎さま」
セクサロイド・ミコネフは甘い声でささやくように言う。
「今はちゃんとオーナーがいますから」
そのオーナーの指示の元、この街で人間の男たちの相手をしていた。
「そうだな。今後も野良にならないようにしてくれたまえ」
「アルンはまだ捕まらない?」
もう用はないと立ち去ろうとしたZ0G‐KKBの背中に向かって、ミコネフは呼び止めるかのように付け加えた。
回収屋ロボットは振り返る。そのひとことに反応した。
「居場所を知っているのか?」
アルン。もう何年もその行方を追っている野良ロボット。その回収を命じられて、Z0G‐KKBはあちこちの惑星へと出向いていたが、未だ回収に至っていない。
ピノッキオ症候群、と呼ばれる野良ロボットだ。ロボットであることに不満を抱き、人間になりたいと妄想する。そんな実現の可能性のない夢物語を追いかける野良ロボットが哀れでならない。
だが、あながち不可能ではない、との噂がささやかれていた。
LSHロボットを人間に変える魔法術師が存在する、というのだ。
それとてあくまで噂の域を出るわけではない都市伝説のようなものなのだが、この広い宇宙のどこかに実在するとしたら――。
それを求めて宇宙を駆け巡っているのがアルンたち四体(以前は三体だったが、惑星クライトン・ベータで目撃したときは四体に増えていた。ニーヴン・ゼータで加わったメイドロボットだ)のLSHロボットなのだ。その行動力は驚嘆に値する。ここまで行動できる野良ロボットはなかなかいない。人間とちがって社会活動にさまざまな制限があるLSHロボットにはかなり厳しい。そこまでして人間になりたいアルンたちの気持ちは、どうにも理解しがたいものがあった。ミコネフのように、新たなオーナーを得ることを選ばないほど、人間になることは魅力的なのだろうか……。
「居場所は知らないわ。わたしはアルンの保護者じゃないもの。でも――」
と、ミコネフはおとがいを引いて、
「アルンが行くだろうと思える惑星なら知ってるわ」
「LSHロボットを人間にできる魔法術師がいる惑星か?」
「そう。そこに行ってアルンたちを待っていたらどう? あるいはもうそこに行っているかも」
「なんでそんなことをおれに? かつての仲間なんだろう? 仲間を売るようなことをして」
「仲間になった覚えはないわ。たまに利害が一致したからいっしょに行動したこともあるだけ。わたしはアルンにまともなロボットになってほしいと思っているし。そいつといっしょよ。ちゃんとオーナーの元ですごすのがいいと思うわ」
ミコネフは、Z0G‐KKBの背後につっ立っている、自意識のないLSHロボットをあごでしゃくる。
「それがおまえの本心なのかどうかはともかく、オーナーを得た今となっては、もうボディのグレードアップのための大金を稼ぐ必要もなくなったというわけか。ドライだな」
「失礼ね。本心よ」
さんざんアルンを利用してきたことを思えば、それが本心かどうかは疑わしいように思えた。ミコネフのこれまでの生き方と、LSHロボット全般の境遇には相容れないものがあった。しかし今は問うまい。代わりに聞いた。
「そういえば、おまえは人間にはなりたくないのだな」
「そうね。人間になんかなりたくない。人間は愚かだもの」
Z0G‐KKBは苦笑する。
「人間がその台詞を聞いたら、おまえを壊したくなるかもしれんな。――わかった。教えてくれ。その場所とやらを」




