Act 2
シモンズ・シュライクの町並みが緑の耕作地の向こうに霞んでいた。背の高い建物は見えない。土地は有り余るほどあるし、一カ所に人材を集中してでも行わなければならない業務もないためだ。
船内に搭載してあった四人乗りのコンパクトカーを格納庫から引っ張り出した。人型に変形できるよう改造されたカスタムメイドである。呆れた魔改造だが、アルンたちの危機を幾度も救ってくれた頼もしいメカだった。
運転席にはワシェンゴ、その隣にゲイスン。後部座席はアルンとマーヤだ。
出発する。
舗装されていない道が耕作地を切り裂き、シュライクの町へとほぼまっすぐに続いている。ちなみにシュライクという町の名は、この町を作る中心となった二人の男の姓から名付けられたらしい。その一人であるライカーはすでに死亡していたが、もう一人のシューマッハは現在も町長を務めている。年齢はもう五十を超えていた。
コンパクトカーは踏み固められた轍に沿って走る。スピードはそれほど出せないが、それでも一〇分も走れば建物密集地に入れた。
日干しレンガを積み上げた壁にこの惑星に自生する植物材で作った屋根を置いただけの建物が並んでいる。なにもない文字どおりのサバイバル生活よりはマシといった程度の生活水準がしのばれたが、それでもここまで至るのに相当苦労しただろうことは想像に難くない。
「待て!」
シモンズ・シュライクの建物密集地に入ったとたん、五、六人の男たちに囲まれた。
前方に飛び出してきた背丈の高い屈強な男に行く手を遮られてブレーキを踏んで停止すると、どこに隠れていたのか、わらわらと男たちが現れたのである。おそらく、長岡天神丸が着陸したときから見張っていたのだろう。
「おまえら、だれの代理で来た?」
最初にクルマの前をふさいだ男が詰問する。白髪が目立つが、ここでの労働が彼の肉体を鍛え上げているのか、盛り上がった筋肉が上半身を鎧のように覆っていた。
「この惑星にLSHロボットはほとんどいない。だれがユーザーなんだ? ユーザーはどこにいる?」
日焼けした顔に凄みのある目つきは対する者を威圧した。どんな犯罪をやって監獄惑星に放り込まれたのかはわからないが、相当な修羅場をくぐり抜けてきた極道の匂いがした。だがこの男が、囚人たちをまとめて町を興し、今も町長として絶対的な信頼を集めているシューマッハその人であるのは顔を見てわかった。犯罪者のデータなら公開されてだれでも見ることができた。
アルンがクルマを降りる。
「おれたちは魔法術師を訪ねてやってきた。ユーザーはいない」
「なんだと?」
男たちは互いに顔を見合わす。どんな強敵を迎えてもひるむことなく闘えそうな男たちの表情に、畏怖に似た感情が影のように浮かんだ。
「おまえら、魔法術師のところへ行くのか?」
「ああ、そうだ……」
「ユーザーのいない野良ロボットが?」
アルンはうなずく。
「こりゃ、おもしれぇ!」
表情がこわばったのは一瞬で、シューマッハは破顔一笑した。
「魔法術師なら、あの丘の上にいるぜ」
町長が指さす町の奥、立ち並ぶ家並みの向こうに、ごつごつした岩の目立つ殺風景な丘が見えていた。丘の頂上には建物がいくつか建っているようである。
「まぁ、用があるんなら仕方ないが、せいぜいがんばりな」
男たちが道をあけてくれた。
「そいつはどうも」
アルンは座席に戻る。ワシェンゴがクルマを出す。
「さっきの、どういう意味か聞かなくてよかったの?」
クルマが走り出してから、マーヤが聞いた。せいぜいがんばれとは──。
あの男がそう言うのなら、なにかとんでもないことが待ち受けているような予感がする。
「まぁ、そんなこったろうと予想してたけどな」
さほどたいしたことでもなさそうなアルンの口調だが、感情のないLSHロボット故、額面どおりには受け取れない。
「なにがあるの?」
「マーヤのユーザーは魔法術師だったよな?」
「はい、親方さまです」
「なんで親方さまがあんなところに住んで、他人との接触を極力避けていたのか知ってるか?」
「知りません……」
マーヤは聞いてはいなかった。LSHロボットは与えられた仕事に関する事象以外にユーザーに質問することはない。ユーザーから言ってもらわなければ、人となりなど知りようはずがないのである。そして親方さまは自らを語りたがらなかった。その代わり他人の悪口はさんざん聞かされた。だからただの人嫌いだとマーヤは理解していた。
が、アルンがここでそんな話を出してきたということは、親方さまの個人的性格とは関係なさそうだった。
「魔法術師というのはな、能力に個人差はあるが、他人の心が読めるんだ」
アルンはさらりと言った。
「それがどういうことかわかるかい?」
「心が読める……」
LSHロボットの思考は合理的な判断の連続で成り立っていた。同じ思考材料を与えられたら、どのLSHロボットもおおかた同じ結論を導き出す。そこに「読まれたら困ること」などなにもない。しかし人間はちがう。それが人間の個性であるし、ミステリアスな部分でもあった。それが他人に読まれてしまう……。マーヤには想像がつかなかった。
「人間にはだれにもプライベートがある。侵さざるべき領域がな。むき出しの心と心は絶対に嫌悪感しかもたらさないんだ。親方さまもそうだったんだろう。だからLSHロボットだけに囲まれた生活をせざるを得なかった」
「そうなんですか……。わたしには理解できません」
マーヤは素直に答える。
「魔法術師といえども犯罪者として裁かれ、この惑星に連れてこられた。いや、むしろ魔法術師だからこそ法によって犯罪者にされてしまい、この惑星への流刑となった。しかしここでは一人では生きていけない。なにもないから他人と協力しなければならない。だから仕方なくシュライクに住んでいるが、それでもなるべく他人と接触しないようにしたい。となれば、どうするか……」
「丘の上に一人で住んでいるのは、そのため?」
「そうだろう。だが、おそらくそれだけではすまない。きっと人が近づかないように対策しているにちがいない。おれたちはそれを突破するんだ」
「どんな対策なの?」
「過激な方法をとっていると思うけどな。だからこっちはこのクルマで来たんだ。心強い味方だぜ」
「ねぇ、アルン……」
マーヤはうなずいて、改めてアルンに聞く。
「アルンは理解できるの? 心が読まれる嫌悪感というのを?」
「おれもわからんさ。人間にならない限り、わからんだろうな」
「そろそろ着くぜぃ」
そこへゲイスンが割り込んできた。




