Act 1
ネット上にあまたある情報の大半は、通常の方法ではアクセスできないダークサイトだ。
そこへ近づくにはツールが必要で、しかも大きなリスクを伴う無法地帯である。不用意に入ったら最後、餌食にされて骨の髄までしゃぶりつくされる。銀河警察でも某国諜報機関でもその全貌はつかんでいない。悪いことはいわねぇから関わらねぇほうが身のためだ、と訳知り顔で言われたとしても、そんなところにこそ価値のある情報があったりするのもまた事実だ。とくに魔法術師については、普通に調べても出てこない。もちろん闇サイト故、情報の真偽も甚だ怪しく、それは自己の責任でもって取り扱わねばならないのは当然のルールだ。どんな事件に巻き込まれようと、だれも助けてはくれない。弱肉強食むき出しの厳しい世界。
アルンはしかしどうしてもそこへ入っていかなければならない。魔法術師の情報は無料では手に入らないからだ。多少の危険を怖がっていたり費用を惜しんでいては目的を達せられない。人間になる、という夢を現実にするためには。
LSHロボットは、オーナーの命令には服従するが、人間に直接的危害を加えることはできない。間接的であっても、関連性が明らかな場合は行動抑制が機能する。
といっても善悪の区別がつくわけではない。倫理的行動をしているように見えてもそれは単に法律を遵守しているにすぎず、法が変われば行動もまた変わってしまう。法律などないような無法地帯なら、推して知れよう。
惑星ハミルトン・デルタを巡る衛星ハミルトン・デルタセカンド。G型主星であるハミルトンの第四惑星ハミルトン・デルタは、液体の水が存在できるハビタブル・ゾーンを公転しているが、巨大なガス惑星であり人間は居住できない。しかし大気が存在する衛星が巡っていた。
衛星ハミルトン・デルタセカンドは大気改造により、人間が住めるような環境に整備されていた。が、急ごしらえの国家にじゅうぶんな治安能力が備わる前に武装勢力が台頭し、各都市で無法者が幅を利かす残念な惑星に落ちぶれてしまっていた。
酸性雨がしとしとと冷たく降りしきる夜の街を、一体の女性型汎用LSHロボットが急ぎ足で雨にぬれるのもかまわず通りを駆けていく。明確な行き先があるわけではなかった。ただ、追跡者から逃れたいという思いだけで足を動かしていた。
イルミネーションがまたたく大都会に、身を隠す場所はいくらでもあった。もうすぐ復活祭ということもあって、飾りつけられた街には明るい部分が目立つ。しかし同時にそれは影も多いということだ。
どこかに隠れて追跡者をやりすごせればいいが、とLSHロボットは思い、逃げ込むのに適当な場所を走りながら探している。
建物に挟まれた暗い路地に入った。水溜りを撥ねながらさらに暗い奥へと進んでいく。驚いたネズミが太った体のわりには俊敏な動きで排水溝へと逃げていく。
LSHロボットは建物の裏側を縫うように進んだ。もう自分がどこにいるのかわからないが、今は追跡者をまくことができればそれでよかった。その後のことまで考えない。
が――。
その足が止まった。
前方が行き止まりであった。三方、高い建物が行く手を阻み、袋小路となっていた。建物の高い位置にある窓から漏れる明かりが、追いつめられたLSHロボットを嘲笑っているかのようだった。
後戻りしようと振り返ったとき、ひとつの人影がそこにあった。
「!」
いくつもの角を曲がって多少時間稼ぎはできたと思っていたが、いつの間に追いつかれてしまったのだろう……。
愕然とした。
武器は所持していた。
細い腕で護身用の衝撃銃をさっとかまえた。射撃に自信はなかったが、じゅうぶんな脅しにはなるだろうし、この距離なら外す可能性は低い。が、それも追っ手がLSHロボットなら有効であるとの条件付きだ。
「そこをどいてください」
一応、忠告した。暗がりの下、しかし相手が人間である可能性があるため、引き金は引けない。
「このままじゃ逃げ切れないぜ。おれといっしょに来い」
いつの間にか雨がやんでいた。切れた雲間から差し込む惑星ハミルトン・デルタの青白い光が濡れた路地を照らし、逃げ道をふさぐシルエットがあらわになった。
「あ、あなたは?」
そこに、見たことのないLSHロボットが薄く微笑んでいた。




