Act 2
「すごいところですね」
その里への唯一の道であるトンネルを抜けたところで、マーヤは立ち止まってしまう。
人を寄せつけない、高さ五〇メートルはあろうかという崖は、圧倒的存在感をもって里を威圧するかのようだった。
「なにもこんな不便なところに住まなくても……」
「修行僧は古来、俗世から離れたところに住むものらしい」
ワシェンゴがマーヤの傍らで言った。元は土木作業用のLSHロボットだったので、図体はでかいしフォルムも無骨だ。家事手伝い用のマーヤの横に立つと親子、というよりボディガードのようだった。
実際、ワシェンゴが今回マーヤといっしょにいるのは護衛の意味もあった。今回の案件は危険が伴うのではないか──念のためにとアルンが判断したのだ。
静かな里であった。畑が広がっており、一見するとただの山郷のようだが、巨大な建物がひとつきり、ほぼ中央に異様な雰囲気を持って建っていた。なんの装飾もなく、倉庫か工場建屋のようである。他に建物はなく、収穫した作物の貯蔵か加工場を連想するところであるが、しかしこの建物はれっきとした人の住む「家」なのだった。
新興宗教スフィア。
その出家信者が住む施設だ。LSHロボットに神の概念は理解できない。元来、用のない場所であるが、そこに今回狙うトレジャーがあった。それを手に入れるため、ここへ来たのである。
しかし正面から堂々と盗みに入るわけではない。まずは建物内のどこに目当ての彫像がしまわれているのかを調べるのだ。しかるのちに、彫像を持ち出す。そのためにマーヤとワシェンゴを入信させようというのだった。
とぼとぼと歩く二人はすぐに呼び止められた。
「待て、そこのロボット。どこへ行く?」
畑で農作業をしていた数人の男女に取り囲まれた。
「ここは個人の敷地内だ。勝手に入ってくるな」
殺気立った口調である。相手がLSHロボットだというのも、胡散臭さに輪をかけていた。何者かの使いで来たとなると、ろくな目的ではないと判じられた。一体は女性型の汎用型家庭用でおとなしそうだが、もう一方の大柄の男性型は人間よりもパワーがありそうで、破壊活動にもってこいなボディーだと、見る者にいらぬ想像をさせた。
そんな信者たちの反応はあらかじめ予想していたので、マーヤは状況が悪くならないうちにと、来訪目的を告げた。
「スフィアに入信にきました」
「我もである」
それを聞いて、信者たちが互いの顔を見合わせる。そして吹き出した。
「笑わせやがるぜ、LSHロボットが入信だとよ」
鍬を持ち、土で汚れた作業服の青年が嘲った。
「本当です。わたしたちは過酷な労働によって仲間を失いました。このままではいけないと、逃げ出してきたのです」
「ばかな! LSHロボットはオーナーの命令には絶対だ。自分の意思で逃げ出すなんてありえねぇ。なにも知らない田舎者だと思って、なめんなよ」
「オーナーは死んだ」
よく通る声で、ワシェンゴが言った。
「我らは新たな生き方を見つけなければならない」
青年の顔からバカにしたような笑みが引いた。
ボロをまとった二体のLSHロボットがどんな経験をしてきたかはわからない。だがロボットがどんな使われ方をされているかは広く知られている。人間の代わりを務める限り割を食うのは、ロボットが誕生した当初からの宿命であるわけで、生き物でもない故、どんな扱われ方をされても同情されることはないとはいうものの、客観的に哀れではあった。
しかしそれでもLSHロボットが宗教に救いを求める、というのも前代未聞だった。そもそもLSHロボットは神を信じない。電子脳はプログラムコードによって状況を判断して出力を行っているにすぎず、いくら高度な知性を有するように見えても、そこに心はないのである。にもかかわらずスフィアに入信したいとは、どうしたことか。
「ねぇ、ここは教祖さまにおうかがいしたほうがいいんじゃないですか?」
青年の傍らの太った中年女が意見した。
すると他の者も、そうだそうすべきだ、と口々に言い出した。
「そうだな……」
そうなると、訝しげな表情の青年もうなずいて、
「よし、おまえら、おれについてきな」
きびすを返す。
「ありがとうございます」
マーヤが礼を言うと、
「だが教祖さまがどうおっしゃるか、わからねぇぜ」
青年は釘をさした。




