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心夢見て宇宙《そら》を翔《ゆ》く  作者: 赤羽道夫
第5話 神の棲まわぬ惑星
32/61

Act 1

 切り立った崖が壁のようにとり囲み、まさしく陸の孤島という呼び名がこれほどぴったりくる場所も他にないだろうとだれもが思うだろうその里に、一体のLSHロボットが単独でやってきた。

 Z0G‐KKB。LSHロボット回収機構から委託された業者所属の実行員──こいつもLSHロボットである。

 この場所への唯一のルートである崖の隙間の細い道をワンボックスで抜けてきたZ0G‐KKBは、迷うことなく先へと進む。舗装されていない土の道の左右には畑が青青と広がっており、葉の間から小さな実がのぞいていた。

 人が暮らす里だった。周囲を崖で囲まれてはいたが、たしかにここには人間ひとの営みがあった。

 前方に大きな建物が見える。この里における、たったひとつの建物である。農作物を貯蔵する倉庫だが、用途はそれだけではない。食品加工の工場でもあり、そこで働く人全員の住居でもあった。つまりここでは人は皆、共同生活を送っているのである。

 クライトン星系第二惑星、クライトン・ベータの宗教法人「スフィア」の本部。

 銀河に輝く恒星の数より多いといわれる、ありふれた新興宗教のひとつだ。信者の数はここに住む百五十人ほど。とるに足らぬ規模であり、こんな俗世と断絶した生活をするかれらに接触する理由はなにもなさそうであった。Z0G‐KKBも最初、そう思った。

 が……、回収機構のAIは、アルンの出没の確率が高いと判断し、業者に回収を依頼した。LSHロボットであるZ0G‐KKBの電子脳では出ない答えだったが、その依頼に従ってやってきた。

 畑で農作業にいそしむ信者たちが、見慣れぬクルマを見て不快な表情を浮かべる。信者以外は敵という感覚は新興宗教にありがちだ。とくに警察などの権力者となると、自分たちに害を成す存在だと忌避する。家族からの訴えで信者を取り戻そうとやってくる例が過去、何度もあったからだ。我々の敬虔な宗教心など異教徒にはわかるはずもない、と反発する。

 Z0G‐KKBは警察ではないが、むろんかれらの気持ちなどわからなかった。LSHロボットには、そもそも神の概念がない。宗教は人間だけのものだ。

 もっとも、理解できるかどうかなど、Z0G‐KKBにはどうでもよかった。関心があるのは職務だけで、アルンたちを回収できればそれでよいのだ。そのために荷物を載せられるワンボックスに乗ってきた。

 建物の玄関前に着く。横付けしたワンボックスから降りると、玄関ドアの横のインターホン・ボタンを押した。呼び鈴が鳴って、しばし待つ。

 たっぷり一分ほどしてから応対に出てきた。若い女だった。二十代前半といったところか。短めの髪。学生かもしれなかった。LSHロボットよりも表情が乏しく、感情がないかのようだった。

 Z0G‐KKBは身分証を提示する。

「さきに連絡さしあげました、回収業者の実行員です。教祖さまにお目にかかりたい」

「うかがっております。こちらへどうぞ」

 女はニコリともせず、Z0G‐KKBを屋内へと招き入れた。

 玄関に入ると、正面の壁一面に掲げられた写真に出迎えられた。教祖、ハイマンであった。年齢は五十歳ぐらいだろうか。艶やかな顔面にはシミがいくつか浮いていた。微笑みをたたえた優しい双眸。いい人そうに見える。

 案内係の女について、建物の奥へと入っていく。廊下は奥へとまっすぐにのびており、明るい照明の下、壁や天井には古代ヨーロッパ風の装飾が散見された。簡素な外観からは想像できない内装だ。

 やがて廊下は突き当たる。両開きのドアの片方を開けて、

「教祖さまはこちらにおわします」

 女は振り向き、先にZ0G‐KKBを通した。

 礼拝堂だった。

 高い天井にはステンドグラスがはまり、天国を思わせる美しい花々が描かれている。教会のような長椅子はなく、ひんやりとしたタイル張りの床が広々としていた。正面の奥は教室の教壇のように一段高くなっており、そこに玄関の写真の男がただ独りで立っていた。

「お待ちしておりましたよ、ロボットの回収屋さん」

 教祖ハイマンのその声は礼拝堂に響き、幾重ものこだまとなって耳に届いた。



 高さ三メートルはあろうかと思える祭壇のなかに問題の物が安置されているとハイマンはいう。

 御神体として教団が崇めているその彫像は、名工マルカムの手による価値ある美術品で、アルンが狙っているとAIが予想したものだった。過去のマルカム作の彫像の市場価格から、この御神体も五十万MQRはくだらないだろうと思われた。アルンが狙うのも道理だろう。

「あの像は神の宿りし像です」

 教祖ハイマンは、落ち着いた口調で説明する。

「この像を汚す者には神の天罰が下るでしょう」

「本気でそう信じているのですか?」

「異教徒には神の声が聞こえぬのです」

「この彫像を狙っているのはLSHロボットです。ロボットは神が理解できない」

「異教徒と似たようなものです。神を冒涜してはなりません。しかし、ああ、神を信じられないロボットたちはなんと不幸なのでしょう」

「現実的な問題として、教祖さまはどう対処するおつもりでしょうか?」

 なんとなくかみ合わない会話でもZ0G‐KKBは我慢強く続ける。

「御神体はこの祭壇の内部なかにあって、その鍵は私がいつも肌身離さず持っていますから安全ですよ。それに――」

 教祖ハイマンは、力強く、自信に満ちた口調で言った。

「スフィアの信者たちが全力で御神体を盗っ人の手から守るでしょう」

「だといいですが……」

 アルンがどんな手を使ってこの彫像を盗み取るかわからないが、Z0G‐KKBは、ともかくアルンたちを回収できればいいのであり、御神体の警備体制がどうであるかは関心外であった。問題はいつアルンがやって来るのか……という点であるが……。

 LSHロボットであるZ0G‐KKBはどれほど待たされても苦にならず、どれだけ遅くなろうともいつまでも待てた。とはいえ、AIが予想したのだからそう遠い未来ではないだろう。

「やつらが来るまで、この教団内で待たせてもらってもいいですかな?」

「この礼拝堂でお祈りの儀式に参加するといいでしょう。もしかしたらLSHロボットであっても神の声が聞こえ、スフィアの教えを理解して帰依できるかもしれません。いいえ、きっと神を信じられるようになるでしょう」

「…………」

 宣言するかのように言うハイマンの本心を、Z0G‐KKBは推し量りかねた。宗教家の心はLSHロボットの理解の外にあった。

 わかりました、と回収屋はこたえた。

「そうさせてもらいます」

 そんなことで信仰心が芽生えるわけがないと思いつつ、ここで邪魔者扱いされると行動の自由がなくなることを恐れて素直にそう言った。


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