Act 2
ディック星系第四惑星、ディック・デルタ。北大陸の東海岸に位置するデッカード市は、宇宙大航海時代の初期に建設された都市で、入植当時は美しい景観の街並みが自慢であったが、今では建物が軒並み古びてしまい、自治体の管理が行き届かないところで新たな移住者が好き勝手に違法建築を建てたためスラム街が形成され、かつての繁栄が嘘だったようにみすぼらしい街になっていた。
そういうスラム街にほど近い、治安のすこぶる良くない地域にやってきたアルンは、指定された建物の前で足をとめる。見上げた十階建ての集合住宅は、黒こげた火事の跡がいくつも目立ち、殺風景を絵に描いたようであった。
ここへ来るまでにすれちがった住人たちの胡散臭げな敵意を含んだ視線は、この地域に住まう者が最下層の生活を営んでいるのを証明していた。自分たちが貧しいのは社会が悪いのだと、その鬱憤のはけ口をよそ者や新参者に向けて精神のバランスを保つしかないかれらにいつ襲わるかわからない危険を冒してまで来たのには、むろん理由がある。ある人物と会うためである。
とっくの昔に壊れたままメンテナンスをされることなく放置されたエレベーターの横の、落書きだらけの階段を昇っていき、七階にたどり着いた。
部屋番号708の玄関ドアの前に立つ。どう見ても壊れているだろうと思しきドアチャイムを無視して、ドアをノックした。
しばらく待つと、なかから用心深そうな返事。
「だれだい?」
「アントニオの使いです」
「使いだと?」
ドアが細く開く。目つきの悪い男が、襲われないために小綺麗には見えないようボロをまとったアルンを用心深そうな顔で認め、
「入れ」
と言ってドアを細く開けた。
「そうだよな、本人がのこのこ来るわけはないか」
ホセはわめくように声を荒げ、奥へと引っ込む。アルンはその後について狭いリビングに進んだ。LSHロボットを使いにするのはごく普通のことだ。貧民層ではその割合は低かったが、ゼロに近いわけでもない。
「で、直接話したいって、なんだよ? ロボットを差し向けといて、直接もなにもないもんだがよ」
「もちろん、ロベルトからカネを取り返す算段です」
そんな皮肉には動ぜず、アルンは言った。アントニオの使いである、といった口調で。もちろんそんなわけはなく、アルンが自らの意志でここへやってきているのだが、ホセはその可能性に思い至っていない。
「ロベルトの居場所がわかりました。ロベルトからマネーカードを奪えます」
「だが簡単にはいくまい。どういう作戦があるんだ?」
マネーカードはぜひとも欲しかったが、むやみに突っ走るほど、ホセは考えなしではなかった。一度まんまと出し抜かれているのだ、ここは慎重にことを運ぶべきところであると心得ていた。
「ロベルトがフロリクス9のカジノに行く手配をしたという情報をつかみました。明後日の便でそこへ行く予定です。マネーロンダリングを企んでいるようです」
「カジノか。なるほど……よくある手だな」
電子マネーを一度チップに替え、MQRとはべつの通貨と交換する。そうすれ交換履歴が途切れてしまうから、それ以降は使ってもアシがつかない。カジノなら大金を扱っても怪しまれない。
「ロベルトがどう動くかはわかった。で、それに対して、おれたちはどうするんだ?」
「我々もカジノに行きます」
「待て、そいつはだめだろう。ロベルトはおれたちを見るなり逃げ出すだろうよ」
「変装すれば問題ないです。カネを奪うのには魔法アイテムを使います」
「なんだと?」
ホセは目を見開いた。そして頭の中で考えを整理する。
「いや、しかし、もしバレたらタダじゃすまねぇ。場所がカジノならなおさらヤバいぜ」
ディック・デルタの法律では、魔法術を使った者は極刑であった。詐欺事件のときもそうだった。魔法アイテムときいて、ホセとアントニオは震えあがった。が、ロベルトは平気だった。それで詐欺は成功した。そのアイテムがまだ手元に残っていて、それを使うのがアントニオの計画であると、アルンは言った。もちろん、アントニオとは接触しておらず、そんな計画などない、でっち上げである。
「我々はもう警察に追われている身です。いまさら怖じ気づくことはないでしょう?」
そうなのだ。逃げ隠れするようになったのも、ロベルトが、ホセたちが魔法アイテムを使ったと警察にタレ込んだせいなのだ。
「早く国外に脱出して自由を得ましょう。そのためにもカネは必要です」
アルンはLSHロボットらしい冷静な口調でたきつけるが、チンピラ上がりで極道になり切れなかったホセは覚悟というものが足りなかった。小心者なのである。
「その作戦、ほんとうにだいじょうぶなんだろうな?」
保身ばかり考えてしまうホセであった。大きな仕事のできないタイプの典型だった。
「こちらに任せてもらえば、万事うまくいきます。信用してください」
「う……ううむ……」
ホセは腕組みをとかない。だがアルンは断られないだろうと確信していた。いまのままでは八方ふさがりで、ジリ貧になるのが目に見えている。カタギになる選択は最初から除外してあるし、この話に乗らないわけにはいかないはずであった。アルンはそうみていた。
「わかった、やるよ。ロベルトの野郎に一泡ふかせてやらないと、腹の虫が治まらないからな」
ホセは、自らを鼓舞するように力強く言った。アルンは首肯した。




