48. 兄弟子と妹弟子は永遠を誓う
宴に出席するティア達を見送ってから、長い時間、ローランはバルコニーの手摺りに腰を下ろし月を見上げていた。
雲ひとつない夜空には満天の星。そして大きな満月の光が柔らかくローランを照らす。
遠くから宴で流れているのだろう音楽と、人々のざわめきが聞こえくる。
「この選択に後悔はない。セウェルスの、そしてクルドヴルムの未来の為、今はこの選択しか無いと思うから…」
それは誰に向けての言葉なのか。月を見上げたままのローランに、控えたスチュワードは黙ったままだ。
「俺達の我慢が、いつか両国の平和に、皆の幸せに結びつくなら、こんな幸せな事はない」
自分を納得させるように言ってから、ローランは胸を抑え身を縮めるようにして呻く。
「この痛みは、いつか優しい想い出に代わる事が来るのかな…」
このまま永遠にティアの元で生きていけるなら、王族の地位など全て捨ててもよいと思う反面。王族としての責務は、ローランの心と身体に深く染み付き消える事はない。
苦々しく笑うと、自嘲気味に空を見上げ呟く。
「愛しているよ」
「わたくしもよ、ローラン」
幻聴かと思い声のした方へ振り向くと、真紅のドレスを身に纏う愛しい人が立っていた。
宴の音はまだ聞こえる。何故主役がここに居るのか分からないと、ローランは目を丸くする。
「オスカーが行って良いって。最後の夜は二人で過ごしなさいって」
ローランの疑問に気付いたティアは、そう言ってはにかんだ。
するりと手摺りから降りたローランの中に、当たり前のように収まるティアを見ながら苦笑する。
「あいつ、何考えてるんだ」
「…オスカーは貴方が好きなのよ」
「そりゃ俺だって好きだけど…」
腕の中に収まっているティアは目を伏せる。
(多分、オスカー本人もその事に気付いてないわ。わたくしが気付けたのは、ローランだから)
ローランは気付いていない。きっとオスカーだって気付かない。
ティアの知るオスカーは良い意味でも悪い意味でも合理的だ。そのオスカーがローランを国に留めようとしたり、今もまた面倒な役割を買ってでもローランの元にティアを寄越したり…合理的なオスカーには考えられない行動。
ティアはローランの背に腕を回しながら、この事は彼らが気付くまで自分一人だけの秘密だ、そう誓った。
「…今は、オスカーの事を考えないで。わたくしだけを見て」
ティアは顔をあげると、少しむくれた顔をしてローランを見る。
その顔が可愛くて、ローランは嬉しそうに微笑んだ。
「オスカーの好意に甘えよう。俺は初めからティアしか見てないけど」
「ふふっ、ねえ、わたくし貴方を見たいわ」
ティアの願いに気付いたローランは逡巡した後、溜息をつく。
「いいけど、バレないかな…」
そう言いつつ、解呪の言葉を呟いた。
本来あるべき姿に戻ったローランを見て、ティアは花が咲いたように笑う。
「あの姿も素敵だけど、このローランが一番素敵ね!」
そしてローランの背中から手を離すと、そのまま両手を精霊の石へ移動しそっと触れた。
「これからも貴方の色を纏って生きていくわ。だけど今だけは…」
ローランは腕の中に収まるティアの変化に言葉を失う。
切なそうに赤い瞳を揺らしながら、腰に回していた腕を解いてから跪いた。
見上げたローランの瞳には、繊細な刺繍が施された純白のドレス姿のティアが映る。
結い上げられた黄金色の髪、そしてティアの顔を隠すように純白のレースが覆っていた。
あのとき夢に見た姿が蘇り胸が熱くなる。
ティアの手を取り両手で包み込むようにして、その手に口付けると
「ローラン・ヴェド・クルドヴルムはティターニア・ルグ・セウェルスに永遠の愛を誓う」
そう言って祈る様にティアを見つめた。
ティアは幸せそうに微笑みながら、その目には涙が浮かんでいる。
「ティターニア・ルグ・セウェルスはローラン・ヴェド・クルドヴルムに永遠の愛を誓います」
涙声になりながらティアも誓いを返す。
ローランは無上の喜びを感じさせる柔らかな笑みを浮かべた。
ローランは立ち上がり、ティアから手を離すと自身の心臓がある位置に片手を触れた。
「クルドヴルムには永遠の伴侶と決めた相手に贈るものがある。それは”生命の欠片”と呼ばれ、自分の生命を分けてる創る」
ローランはそれだけ言うと瞳を閉じた。
ティアは”生命をわける”という台詞に驚く様子を見せるが、黙ったまま見守っている。
ローランが何かを呟くと、手を置いた場所が淡く光った。
「俺の体は近くにないけれど、俺の心は永遠にティアの側にある」
ローランが差し出したのは小さな赤い宝石が嵌め込まれた指輪。
ティアの左手を取ると、愛おしそうに目を細めながら、薬指に指輪をはめた。
ティアはそろそろと手を顔の辺りまであげ、はめられた指輪を見つめ、ポロポロ泣き出した。
「本当は嫌なの。本当は離れたくないの…。本当は…」
「俺と一緒に逃げる?」
ローランはティアの顔を覆うベールをあげると、微笑みかける。
「クルドヴルムの家族に会った時、姉上から失敗したらティアを連れて来いって言われたんだ。そうしたら俺達を守ってやる。全部任せろ…って。ああでも俺の立場が無いね。うん、やっぱり旅に出ようか」
ローランもティアも分かっている。それが叶う事などない事を。それでもローランは言うのだ。
「ふふっ、素敵ね」
涙に濡れながらティアが微笑んだ。
「ねえローラン。わたくしにも夢があるの」
「何?」
ティアはローランの首に腕を回しながら、ローランを抱き寄せた。
前のめりになりながらも、ティアに体重を掛けないように押しとどまるローランの耳に口を寄せると、
「わたくしを妻にしてください」
消え入るように囁かれた言葉の意味にローランは足元が崩れそうになるのを何とか堪えた。
恥ずかしいのかティアの体が僅かに震えている。
ローランはティアから体を離すと、頬を染めながら俯いているティアの顔を自らの両手で包み込む。
「わかって言ってるの?」
ローランは静かに尋ねた。
ティアは涙で潤んだ瞳でローランを見ると小さく頷く。
「本当に…ティアは…」
ローランは切なそうに微笑みティアに口付ける。
そしてティアを抱き上げると、そのまま二人は部屋に消えた。




